5月7日、韓国・大邱で記者会見を開き、支援団体を批判した元慰安婦の李容洙さん(写真:YONHAP NEWS/アフロ)


(武藤 正敏:元在韓国特命全権大使)

 元慰安婦の問題に中心的役割を果たしてきた活動家の李容洙(イ・ヨンス)さんが、7日記者会見を行い、韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)など慰安婦関連団体を相手に批判を繰り広げたことで韓国中が騒然となっている。韓国の主要紙は連日、尹美香(ユン・ミヒャン)元常駐代表側との陰湿なやり取りを報じている。

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「利用されるだけ利用されてきた」

 李さんの批判を総合すると、「元挺対協の尹美香(ユン・ミヒャン)代表は、政治的、個人的目的のために自分たちを利用してきた」ということに尽きる。発言要旨は次の通りだ。

「学生たちが(慰安婦のために)出した義援金はどこに使われているのかもわからない。現金が入ってくることを知ることはできないが、義援金や基金などが集まれば被害者に使うべきなのに、被害者に使ったことはない」

「30年間にわたり騙されるだけ騙され、利用されるだけ利用された」

「来週から水曜集会(日本大使館前で毎週水曜日に行われている、慰安婦問題に対する日本政府の対応を糾弾する集会)に参加しない。集会は学生たちに苦労させ、わずかばかりの金だけをなくさせ、まともな教育にもならない」

「尹美香代表は私欲のため的外れなところに行った」

「慰安婦問題は挺対協代表だった尹氏が来て解決しなければならない。尹氏は国会議員をしてはならない」

 李さんは過去28年間、国内外で慰安婦が被った被害を証言してきた人で、2017年に公開された映画『アイ・キャン・スピーク』の主人公として広く知られた人物だ。1928年に大邱(テグ)で生まれ、16歳の時に台湾の慰安所にいたことが知られている。2007年には、米国議会下院の公聴会に出席し「世界で起きている性暴行・蛮行を根絶するためにも日本は必ず謝罪しなければならない」と証言した。文在寅大統領は、トランプ大統領を招いた国賓晩さん会に李さんを招待し、李さんはトランプ氏とハグをした。

 また、2018年慰安婦被害者をインタビューして出版された『Remember Her』にも参加した。ただ、李さんは会見でこの本についても、「内容検証がきちんと行われずに出版されて販売されている」と批判した。

尹氏サイドが始めた李氏に対する人身攻撃

 これに対し、尹美香氏を先日の国会議員選挙で比例代表候補に加え当選させた「共に市民党」の禹希宗(ウ・ヒジョン)共同代表は、「李さんの周囲にいるチェ氏(「行こう平和人権党」の代表で、同党は市民党の比例代表公認から排除されている)という方によって、記憶が少しゆがめられているようだ」と述べ会見事実を否定した。

 さらに、挺対協の後継組織である「正義記憶連帯」のハン・ギョンヒ事務総長は「李さんは92歳で、心身がひどく弱っている状態だ。李さんの記憶は歪曲された部分がある」と述べた。

 だが、韓国国内から「これまで李さんを前面に出していた与党の人々が、不利な告発で豹変した」との声が上がっている。尹氏の側は、李さんの批判に正面から答えているようには見えない。

 ちなみに、正義記憶連帯のホームページによると、この4年間で集めた寄付金は49億7344万ウォン(4億3500万円)だという。そのうち元慰安婦に支給されたのは、9憶2014万ウォンほどであり、17年には計8人に1人当たり1億ウォン支給した。もっともそれは、「和解・癒やし財団」に日本が拠出した10億円の中からの資金を受け取らせないためのものだった。昨年は23人に2433万ウォンを支給しただけである。

 連帯によれば、「募金は慰安婦を支援し、関連本を出版するなど、活動全般に使われた」という。しかし、寄付金の大部分の使途は解明されていない。

尹美香氏に向けられた4つの疑惑

 尹氏らに疑念を抱いているのは李容洙さんだけではない。50以上の日本による動員被害団体が8日、尹美香氏に対し、国会議員当選辞退を要求する声明を出したのだ。

 朝鮮日報は、尹美香を巡る疑惑を4つにまとめて提起している。

 第1は、李容洙さんの会見内容が物語っているように「少数の慰安婦を懐柔して反日に逆利用した」ことだ。

 第2に、「尹氏は骨の髄まで反米、反日運動の急先鋒に立っているのに、娘を米国に留学させた」ということだ。娘の留学先はカルフォルニア大学バークレー校で、非市民であれば学費だけで年間約439万円。どこから留学費用は出ているのだろうか。

 第3に夫の金三石氏がかつて北朝鮮の「兄妹スパイ団」事件で、国家保衛法違反により懲役4年を言い渡されている、ということだ。日本との関係を悪化させることも活動の一端か。

 付け加えると、この金氏は兄妹スパイ団事件の再審で一部無罪の判決を受け、国から刑事補償金を受け取っている。11日に尹氏は、娘の留学資金にその補償金などを充てたと主張し始めている。

 第4に、金氏が運営するインターネット・メディアに挺対協がバナー広告や広告性記事が多数掲載されているということだ。挺対協が集めた寄付金がこうした事柄に使われていないことを望む寄付者は多いことだろう。

挺対協が妨害してきた慰安婦問題の解決

 朝鮮日報は社説で、「市民団体は慰安婦問題解決という全国民的願いを口実に、ある瞬間から『問題解決』よりも『問題維持』と私欲を満たすことの方により力を入れるようになった。女性たちの恨(はん)は何も解決されていないが、団体の関係者は次々と政界と公職に進出した。折衝が避けられない国際社会の現実に背を向けたまま、政治目的の反日扇動に便乗し、却って問題解決を一層難しくしたとの批判も受けている。そのために李さんの暴露に対しては市民団体とその周辺から『ついに来るべき時が来た』との反応も出ているのだ」と指摘している。

 李さんの指摘も、こうした挺対協と正義記憶連帯の体質を考えれば的を射たもののように思われる。

2015慰安婦合意が秘密裏に締結されたというウソ

 尹氏は、2015年の慰安婦合意について、「合意の前日、記者にばらまいた内容で一方的に知らされた」と述べた。尹氏は、こうした主張に基づき、「被害者の意思を吸い上げていない拙速合意」として無効化を主張した。尹氏によれば、「当時被害者への相談が全くなかった。(合意は)解決だと見ることはできない。被害者は知らないままで、加害者がこのようにするつもりだといって解決されたと見ることはできない」のだという。

 しかし、野党・未来韓国党当選者の趙太庸(チョ・テヨン)氏は、「青瓦台のNSC(国家安保室)第一次長であった当時、尹氏に事前に説明した」と外交部から、はっきり聞いたと反論している。中央日報紙も「当時の外交部幹部が直接尹氏とあって事前の合意内容を伝えたと説明した」と報じている。

 慰安婦問題を解決させたくない尹氏にとって、日韓合意の10億円は邪魔だったのだろう。

 元慰安婦のAさんは、慰安婦合意によって日本が拠出した10億円の中から慰安婦に支払われる1億ウォン(現行レートで874万円)を受け取る意思を示したところ、挺対協の代表だった尹氏から受け取らないよう説得されたという。尹氏は被害者の意見も取りまとめないまま成立した合意だとして、支援金の受け取りに反対してきた。

 しかし、尹氏は日本からの10億円を事前に知っていたというのが、李さんの主張だ。李さんの主張通りにならば、この事実を他の元慰安婦には伝えなかったのだろう。その意図は、合意をぶち壊そうとしたということである。

 文在寅政権は、政権発足後、外交部に「被害者及び関連団体の反発」を理由にタスクフォースを設け、「合意が被害者中心主義から外れており欠陥が重大だ」という結論を下し、康京和(カン・ギョンファ)外相は、当該合意で慰安婦問題は解決されなかった、と宣言した。外交部は真実を知っていながらも、このような結論を下した背景には、挺対協およびこれに寄り添う文政権の意向が色濃く反映していると言わざるを得ない。

 文政権が交代した後には、こうした判断をぜひもう一度検証してもらいたいものだ。それが日韓関係を立て直す前提となるであろう。

 挺対協は「女性のためのアジア平和国民基金(アジア女性基金)」を巡っても、慰安婦問題の解決を妨害した。日本は95年に同基金を設立して、各国の慰安婦にそれぞれ200万円を配布した。当時同基金からお金を受け取った被害者が7人いたが、そのうちの一人が前出のAさんだったという。Aさんによれば、それによって7人は、挺対協などから批判され、まるで裏切り者の烙印を押されたように大きな苦しみを味わったと伝えられている。

 こうした実態について韓国の中央日報は、私が2016年、交流訪問した韓国の記者団との会見で、「挺対協は基金からのお金を受け取った7人のおばあさんに、韓国政府の支援金を与えず(注:日本からの200万円を受け取らない代わりに挺対協が韓国政府に働きかけて、支援金を支出させたもの)、悪意の批判を繰り返した。これがおばあさんを心から助けたい人々がする行動か」と批判したことを紹介している。

 記事にはないが、私はさらに「支援団体であれば、『日本からのお金はつき返しなさい。その代わり韓国政府の支援金を上げる』としたであろう」と述べた。挺対協のとった行動は、日韓合意に反対するための政治的なものだと思う。

挺対協による慰安婦問題の”事実”だけが真実とする韓国社会

 李さんの発言に戻ろう。李さんは今回、元慰安婦をインタビューして出版された本『Remember Her』について「内容検証がきちんと行われずに出版され販売されている」と批判している。

 韓国における慰安婦の“真実”は、挺対協が元慰安婦をインタビューしてまとめたものが唯一といっていい。この“事実”に基づけば、日本軍は、元慰安婦の人々を強制的に連れて行ったということになる。

 私は、いまここで慰安婦の歴史的真実を議論するつもりはないが、この際指摘しておきたいことは、挺対協の彼らが作り上げた歴史以外何も認めないとする独善的な姿勢である。そうした彼らの姿勢によって、慰安婦をめぐる歴史は偏向され、それが韓国国民に日本に対する悪い感情を植え付け、そして問題の解決を困難にしているのである。

 2013年、韓国の世宗(セジョン)大学の朴裕河(パク・ユハ)教授は慰安婦の問題について学問的に資料をあたり、聞き込みもして掘り下げて研究し、『帝国の慰安婦――植民地と記憶の闘い』という本を出版した。

 石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム対象の文化貢献部門大賞を受賞するなど評価の高い作品だが、その内容は挺対協が主張するものとは違っていた。当然、挺対協は反発。そしてそれに呼応するかのように、元慰安婦などが共同生活をする「ナヌムの家」の元慰安婦9名が、その内容が自分たちの名誉を棄損したとして裁判所に提訴したのだ。

 直接提訴したのはナヌムの家の慰安婦たちだが、彼女たちは挺対協とともに活動することが多い。また朴教授によれば、挺対協も教授への提訴を検討していたという。


 この裁判で朴教授は一審では無罪となったが、二審では「日本軍によって強制的に連れていかれ性奴隷となった朝鮮人慰安婦とは異なる慰安婦像を提示している」、と批判された。「韓国社会と国際社会が共有する認識とは異なる認識を読者が持つようになる可能性がある」と判断され、これによって罰金1000万ウォンが課されることになった。

 このように、「挺対協の主張とは異なるものを違法」とする韓国の司法判断の公平性は大いに疑問だし、そもそも民主主義の根本である表現の自由をないがしろにするものだ。

 挺対協は、慰安婦問題解決に向けての日本側の対応をことごとく拒否することが活動目的と化している。その彼らが主張する事実しか認めないというのであれば、慰安婦問題についての解決など導き出せるはずがない。

挺対協は問題の解決を望んでいない

 挺対協、正義記憶連帯にとって、慰安婦問題が解決すれば、同団体の存立基盤がなくなる。また、反日運動を進め、慰安婦問題を利用し北朝鮮と連携することで日韓対立を深めることは望むところでもある。

 果たしてこれに文在寅政権が気付かないのか、あるいは気付いてもそれが文政権の方向性なのか。願わくば前者であって欲しいものである。そして、李さんの暴露を機に、挺対協、正義記憶連帯の真実を理解し、こうした動きに惑わせられずに日韓関係を再考してほしい。

筆者:武藤 正敏