ビルの立地やスペック重視だったオフィスの風潮に、コロナ禍は一石を投じる。写真はイメージ(撮影:今井康一)

「オフィス移転の動きがかなり鈍化している。移転を検討していた企業の半分は、緊急事態宣言が明けるまで計画を中断している」。スタートアップ向けにオフィス移転を支援するヒトカラメディアの田久保博樹取締役は話す。「残りの半分は移転計画を継続しているが、借りる面積を当初の計画より縮小する企業もある。在宅勤務の普及により、出社しなくてもこなせる業務があることに企業が気付いたためだ」。

スタートアップ界隈を中心に、固定費であるオフィス賃料を削減する動きが広がっている。単純な退去や縮小移転だけでなく、先の見通せないコロナ禍に対応しようと、契約期間や賃貸スペースを伸縮させられる新しいオフィスが支持を得つつある。

負担の大きいオフィス移転

「3月の問い合わせは30件ほどだったが、4月は102件に急増した。5月は200件を超えそうだ」。オフィス移転支援のベンチャープロパティの相馬博優取締役は手応えを語る。同社が展開するサービス「トビタツ」及び「アキナシ」は、「退去費用」「原状回復費用」そして「退去までの期間」ゼロをうたう。

オフィスビルは退去の6ヵ月前に解約予告を行うのが通例で、それより早い退去には違約金を求められる場合がある。内装を入居前の状態に戻す原状回復費用もかかり、見栄えを意識して天井を抜いたりキッチンを新設したりした場合には、高額な工事費も覚悟しなければならない。今すぐ固定費を圧縮したい企業にとって、オフィス移転にかかる時間的、金銭的負担は大きい。

ベンチャープロパティはこの移転にかかる負担に目を付けた。同社は退去するテナントから、オフィスの賃借権をそっくりそのまま継承する。テナントは原状回復費用や違約金を支払うことなく退去でき、ベンチャープロパティはビルのオーナーに賃料を支払いつつオフィスを転貸する。内装はそのまま残されており、次に入居するテナントにとっても内装工事の負担が減る。

「当初はスタートアップ向けに展開していたが、最近では大手企業からの引き合いもある」(相馬氏)。4月には同社が転貸するオフィスを最短半年から「居抜き」で入居できるサービス「トマリギ」も開始した。経営が苦しい今の時期だけ賃料を削減したいという戦略的な移転需要を開拓する構えだ。

「コロナをきっかけにオフィスが再定義される。今後のオフィスは必要な時に必要なだけ利用されるフレキシブルな契約が増えていく」。貸会議室大手TKPの河野貴輝社長は、4月に開催された決算説明会で力説した。

同社が昨年買収した貸オフィス大手「リージャス」の元には、新型コロナウイルスの感染拡大を警戒し、オフィス拠点を分散させたい企業からの問い合わせが相次ぐ。宴会や宿泊といった付帯サービス需要が霧散した貸会議室とは対照的に、リージャスの業績はコロナ禍が本格化した3月でも堅調に推移しているという。この3月からは貸会議室もオフィス仕様に転換し、BCP対策や自宅以外のリモートワーク拠点としての活用を促す。

遊休スペースのマッチングサービスを展開するスペースマーケットも、サテライトオフィス需要を掘り起こす。遊休オフィスの時間貸しや月貸しを支援するほか、4月にはオフィスの「間借り」サービスも開始した。文字通りオフィスの一部を借り、同じフロアでほかの企業と同居する。「転貸には難色を示すが、同居なら構わないというビルオーナーもいる」(同社)。

港区南青山にオフィスを構えるある企業は、リモートワークの導入に伴い出社する人員が減り、オフィスの一部を持て余すようになったという。スペースマーケットを通じて遊休スペースを外部企業に貸し出し、少しでも収益に貢献させる。ビジネスの内容によっては、入居企業同士の協業の余地もあるという。

問われるオフィスの存在意義


都心部では大型オフィスビルが続々と竣工を迎える。写真は今年1月に竣工した三菱地所の「コモレ四谷」(記者撮影)

期間や面積は固定で、契約満了時には更新か退去の二択。成長の速いスタートアップにとって、これまでのオフィス契約はいささか硬直的に映った。そんな需要をすくい取ったのが、シェアオフィスやコワーキングスペースだった。コロナ禍を契機に、借りる面積や初期投資を抑えられるオフィス需要が頭をもたげている。

では、1つのフロアやビルに大人数が集う旧来型のオフィスは姿を消していくのか。ニッセイ基礎研究所の百嶋徹上席研究員は、「イノベーションを起こすにはフェイストゥフェイスのコミュニケーションが欠かせず、バーチャル空間でのやり取りだけでは限界がある。GAFAといった巨大ハイテク企業でも大規模な本社ビルを構え、イノベーションの拠点と位置付けている」と指摘する。


コロナショックに直面した企業の最新動向を東洋経済記者がリポート。上の画像をクリックすると特集一覧にジャンプします

ヒトカラメディアの田久保氏も、「経営者からは『在宅勤務では従業員のモチベーション維持やメンタルケアといったマネジメントが難しい』という声を聞く」と話す。不動産大手の森ビルが2019年に行った調査によれば、オフィス環境作りの課題について、回答企業の41%が「社内のコミュニケーションやコラボレーションの強化」を挙げた。

コロナ禍によって余儀なくされた在宅勤務は、オフィスでなくてもできる業務とオフィスでしかできない業務を浮き彫りにした。何のためにオフィスを構えるのか、それにはどの程度の面積やビルスペックが必要か、オフィスのあり方を再考する時期に差し掛かっている。