「無観客開催中の中央競馬で1番人気馬の勝率がやたらと高く、過去10年で最高」という現象の謎を解く人間心理からのアプローチ。

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今週の社会貢献は3000円でした!

毎週末は娯楽を求めて競馬を楽しんでおります。しかも、僕が競馬でお金を使うと、お国にお金を納めることができます。楽しみながら継続できる社会貢献をしているのです。ぜひ今回のコロナ禍を受けまして、競馬での負け分についてはお国への寄付とみなして確定申告で控除できる仕組みを作っていただきたいものです。

そんななか気になるニュースが。何と今年の中央競馬は1番人気馬の勝率が過去10年で最高だというのです。ほほぉ、これは社会貢献にも重要なヒントとなりそうなニュースです。4月25日に単勝万馬券が計5本乱れ飛ぶという波乱の日程があったなかで、なお近年最高だと言うのですから、何かの変兆が起きていることは間違いないでしょう。

↓関東のある騎手は「静かな環境で馬が落ち着いているので能力差が結果に直結しやすい」と語ったそうです!

なるほど、ひとつの意見として拝聴しますね!


確かに静かな環境のほうが馬も落ち着くでしょう。しかし、それは「全馬共通」のことですよね。1番人気馬だけが声援に慄いてチカラを出せないなんてことあるはずがありません。1番人気も、10番人気も、16番人気も、等しく声援にザワつき、能力が出せないタイプの馬は沈んでいるはずです。1番人気の能力が削がれても2番人気も削がれているなら、「無観客のときだけ能力差が出やすい」なんてことにはならないはずです。

ましてや馬には人間の言葉はわからないのです。「サトノインプレッサー!」「ワシの人生お前に賭けとるんじゃー!」「お前が勝ったら、女房と子どもが家に帰ってくるんじゃー!」なんてお祈りも、レース後の「死ね!!」という罵倒も理解できないはず。全部の馬が等しく「ニンゲンはやかましいなぁ」と思っているだけ。「ワシは16番人気だからプレッシャーがないわ」なんて馬が感じるはずはないのです。

僕の見立てはこうです。

まず、会場のザワつきが影響を与えているのは騎手です。人気を背負った重圧、自分自身も勝ちたいという欲目は騎手の手綱に少なからぬ影響を与えますが、そこに観衆からの罵声が飛び交うことで心を一層乱すのです。「福永コラーーー!」「福永ボケーーー!」「福永金返せーーー!!」などのイラッとする罵声や、「菜七子ちゅわーーーん!」「ワシのケツもムチで叩いてくれやー!」「勝ったら一緒に叙々苑行かへーん?」などの不浄な雑音。もちろん一流ジョッキー・福永祐一さんにこうした罵声が影響を与えることはありませんが、人気を背負った馬にはより必死な声が飛ぶのは当然であり、全体としてはそれなりの影響を与えるでしょう。

そして、買う側の意識というのもまったく違います。通常、馬券というのは競馬場か場外馬券場で購入します。現地に行くのが楽しいということもありますし、馬券を買う人間が堂々と存在できる場所は現地しかないという側面もあります。また、大当たりしたときにオンライン上に記録が残るのはイヤだという輩もいるでしょう。(※現地で大当たり狙っている輩はそもそもオンライン投票の登録ができない気もするが/個人の印象です)

現地で購入するとき、すべての馬券師は「負け」からスタートします。現地までの交通費、そして入場料。入場料はわずか200円ですが、交通費と食事代を足すと1000円は超えてきます。その「負けを取り返す」という意識と、「帰るときには大金持ちになりたい」「焼肉を食べたい」という欲が、一日の滞在で「1万円くらい勝ちたい」という非現実的な目標を設定させるのです。負けるようにできているゲームで、勝ちを目標にするとは愚かな話です。

そして愚かな馬券師は「なるべく儲かる買い方をしたい」と思うのです。「能力のある馬が負けないだろうか?」「1番人気が飛べば儲かるぞ」「2番人気の馬も意外に強いのでは?」など、自分に都合のいい未来を夢見て「強そうな馬が負け、弱そうな馬が勝つ未来」を想像するのです。やがてその妄想は馬券購入⇒オッズ変動という形で現実に影響を与えるのです。

それがどうでしょう、この在宅競馬期間は。家にいて、パソコンでJRAのサイトの出馬表を見ながら即PATで購入すると、馬券以外の余計な金がかかりません。食事代も特別な出費とはカウントされませんし、「帰り」という概念もないので焼肉を目標にしたりしません。周辺にたむろする罵声の輩もいませんし、目の前で「勝ったでぇぇぇぇ!」と札束をチラつかせるイヤなヤツもいません。

そう、落ち着いているのは馬ではなく、我々人間なのです。

我々がヘンな欲を出さず、落ち着いた投票をすることで「能力で勝る馬が1番人気に押される」というケースが増えているのです。普段なら単勝1.6倍なんて人気が偏った馬がいれば、何とか消してやろうと躍起になって難点を探し始める穴党すらも、「ま、これは勝つでしょう」と冷静な判断に傾くことで、能力の高い馬が1番人気に押され、結果として1番人気馬の勝率が高くなっていると僕は踏んでおります。

日曜日、個人的にもそうした傾向を実感しました。昼過ぎから参戦した僕は、序盤は非常に堅実な予想・堅実な買い目を展開していました。東京競馬第8レースでは、ワイド1番人気を1点予想というガチガチに堅実な投票で「100円買って200円戻し」などという、買わないほうがいいんじゃないかという馬券なども買っていました。「余暇のレジャー」として楽しんでいたのです。

しかし、その背後で静かに心は蝕まれていました。京都競馬第7レース、ふと目に入った出馬表には馬が5頭しか記されていないではないですか。5頭ですよ、5頭。1着・2着・3着までを当てるゲームで5頭しか走らないんですよ。これがどれほどすごいかと言うと、1着・2着・3着をすべて順番通りに当てる3連単という種別の馬券、5頭立てなら全部で60通りの組み合わせしかないのです。60点買えば必ず3連単が当たるのです。すごくないですか!?

1着・2着・3着に入る馬の組み合わせを当てる3連複という種別でも全部で10通り買えば必ず当たるのです。1着から3着に入る2頭の組み合わせを当てるワイドという種別であれば、全部で10通りしか組み合わせがないのにそのうち3通りが必ず当たるのです。す、す、すごくないですか!?

↓5頭立てで急に「3連単を当てたい」という自分のスタイルにない欲をかきはじめました!

↓そして、ケチくさく買い目を6点に絞って外しました!

「当てる」ことにコミットするのではなく、「当ててかつ儲ける」ことまで意識してしまった…!

「当てる」というゲームのはずが「儲ける」という欲をかき、結果として「損する」事態となった。ほかのレースは1レース100円とか200円とかで「当てる」ことだけを考えてやっていたのに、ここで自分を曲げてしまいました。気づけばいつもと同じ「1000円くらい負けてる」というスタート地点に戻って、メインレースに突入することになったのです。

こうなればもう人間はダメです。メインレースとなるGI・NHKマイルカップ。前日のオッズを見ながら「桜花賞2着のレシステンシアの複勝が2倍近くつきそうだぞ」「標的にされる厳しいレースにはなるが、前残りの馬場状態だし」「ラクに先行確実な内枠を引いたぞ」などの検討で、「レシステンシアの複勝を買おう」と予想していました。これは必中であろうと。単勝はわからないが複勝には確実に残るぞと。そしてオッズを見て「2倍くらいつきそう」とホクホクしていたのです。

そのとき、馬券を買ってしまっていれば…。

しかし、「1000円負けてる」状態まで追い込まれた人間は、「1000円賭けて2000円戻る」という馬券では不満でした。もっと金が欲しい、もっと儲けたい。せめて3倍くらいになる可能性が欲しい…欲目全開で前日の予想を捨ててしまったのです。当たっても大して儲からない堅めの買い方のくせに、中途半端に欲をかいてしまったのです…。

↓本命と見たレシステンシアは見事に2着入線するも、1着したラウダシオンはまるで買っておらず、痛恨のハズレ!

↓「レシステンシアの複勝、結構つくなぁ」であれほどニヤニヤしていた前日は何だったのか!


あああああああああああああ!!

今週も社会貢献させていただきました!!



もしも、何もないフラットな状態で買っていれば、レシステンシアの複勝で1.8倍を取っていたでしょう。1000円買って1800円戻し。叙々苑は無理ですが、肉屋でひとりぶんの肉を買ってくるには十分な儲けです。欲というのは、こうして人間をダメにし、目を曇らせるのです。そう、欲が少ないほど我々人間は正しい行動ができ、欲をかくと道を誤るのです。「無観客だと1番人気の勝率が高い」のではなく「家で買うと目の曇りが抑えられる」が正しい。実体験として僕はそのように思います!

次回は欲目を捨てて「複勝1点賭け」だけでチャレンジしてみますかね!