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『私のベストチーム』
第4回:2013年の柏レイソル

 昨シーズン、J2に降格した柏レイソルは、かつて栄光の時代を作ったネルシーニョ監督を招聘した。

 派手な戦いはしていない。前半戦は、勝ち切れない試合を続けた。しかし選手は次第にプレーをフィットさせ、MF三原雅俊、FW江坂任などは成長を示し、J1昇格を果たしている。

「人に強く(いけ)」

 ネルシーニョ監督は、念仏のように言い続けていたという。「局面での勝利によって、全体で勝利する」――その真理を貫くのみで、流行の戦術メソッドなど目もくれていない。

 1対1における強度をひたすら高め、厳しい姿勢で甘えを許さなかった。得点したブラジル人も、守備をさぼると叱りつけた。その徹底ぶりが戦闘力を高め、ケニア代表FWオルンガのような選手のポテンシャルを引き出したのだ。

 今シーズン、ネルシーニョに率いられた柏は、J1でどんな戦いを見せるのか?

 2013年、ナビスコカップ(現ルヴァンカップ)を制した”ネルシーニョ柏”の戦いは、啓示的と言えるだろう。

「(2013年の)ネルシーニョのチームはまず、”相手のよさを消す”というのがありました。守備のところで、決してやらせない。でも、ポゼッションをしていなかったわけではないんです。2011年のクラブW杯(準決勝)では、サントス(ブラジル)よりもポゼッション率は高かったくらいなんで」

 柏在籍18年目になるMF大谷秀和は、そう説明している。

 当時の柏は、勝利するために実務的な戦いを重んじていた。たとえば、ボランチはポジションを留守にしない。持ち場を明け渡さない、堅実な戦い方だ。

 一方、選手たちはその規律の中で個性を出していた。縦パスで攻撃スピードを上げ、守備リスクを下げる一方、ボールを引き出し、敵を引きつけ、味方を使う。プレスをはがし、ボールを前へ運ぶ。守備一辺倒ではなかった。

 勝利するたび、選手は自信を手にした。プレーに確信が生まれることになった。粘り強く、泥臭く戦ってものにした勝ち点を、力に変えられたのだ。

 その点、ネルシーニョは天才的なモチベーターだった。

 シーズン終盤の監督就任でJ2に降格した2009年から、ネルシーニョは”常勝集団”の構築に着手した。怯懦(きょうだ)する選手、怠惰な選手を許さない。叱りつけ、怒鳴りつけ、空気を引き締めた。その緊張感のなか、選手が戦いの感覚を研ぎ澄ませていった。

 そして、2010年にはJ2優勝で昇格。2011年にはJ1で優勝を飾って、クラブW杯ではサントス(1−3)と激闘を演じた。2012年には、天皇杯で優勝している。

 驚くべきことに、毎シーズン、タイトルを勝ち獲っている。その間、チームは世代交代、新陳代謝を余儀なくされた。酒井宏樹のように頭角を現して、欧州に移籍する選手もいて、人材マネジメントは難しかったはずだが……。

 5年目の2013年は、ひとつの集大成だった。AFCチャンピオンズリーグ(ACL)でベスト4に勝ち進み、悲願のアジア王者に最も近づいた。そして、リーグ優勝は逃したが、ナビスコカップを制覇したのだ。



ナビスコカップを制した2013年の柏レイソル

 ネルシーニョは見事な差配で、手元に置いた選手を覚醒させていった。2013年には、柏ユース上がりのFW工藤壮人、アルビレックス新潟から獲得したDF鈴木大輔の2人を、日本代表に押し上げた。

「(2013年は)ナビスコカップ決勝だけでなく、(日本代表も含めて)全大会で29得点を記録しました。ACLでは6点。韓国のチームに勝って準決勝まで行き、国際大会での自信もつきました」

 工藤はそう語っていたが、”ネルシーニョ柏”の申し子だったと言える。浦和レッズとのナビスコカップ決勝では、右サイドからの低い弾道のクロスをファーポストに流れ、ヘディングで逆サイドへ叩き込んだ。これが決勝点になって、MVPを受賞した。

「当時は、『過密日程』と言われていましたが、戦うことで成長している感じがありましたね。自分としては、レベルの高い試合ができるのが楽しくて仕方なかった。あとはキタジさん(北嶋秀朗)がいなくなって、自覚が出てきました。チームをどうしたいか、この試合をどの方向に持って行くか、大きな視点でも考えられるようになっていました」

 試合を重ね、選手が輝きを増していく姿があった。

「柏に来たのは、ひとつの挑戦でした。激しい競争が待っていましたから。でも、勝ち続けてきたネルシーニョに求められたのは大きかったですね」

 当時、鈴木大輔はそう洩らしていた。

「俺は、選手としての型を持たないようにしてきました。やっているうちに、その場所や状況が快適になっていけばいいというか。天才ではないから、やっていく過程で成長していく。あえて言えば、その順応性こそが自分の長所かもしれません。俺は厳しい環境に身を置いたときこそ、成長してきたと思うんです」

 その戦うメンタリティを持った選手を、ネルシーニョは集めてきた。少々無骨な選手でも、「試合と練習の繰り返しのなかで鍛えられる」と確信していた。個々がそれぞれ切磋琢磨することで、勝利する集団と化すのだ。

 2014年、6年目の”ネルシーニョ柏”は無冠に終わっている。監督としてのひとつのサイクルが終焉したのだろう。しかし、輝かしい時代を過ごしたことは間違いない。

 はたして、”ネルシーニョ柏”はかつてと同じ栄光の軌跡を描けるのか。

「ネルシーニョ監督は、『つなげ』『蹴れ』と(矛盾したことを)言います。でも、実はどっちも正しくて。サッカーは結局、自分の判断。相手を引き付けないと周りは空かないし、前が準備できているなら蹴るべきで、監督はその判断を求めている。選手がそれをできるか。まあ、監督自身の言葉の圧が試合の圧よりすごいです(笑)」

 今も主将を務める大谷の言葉である。