FC東京で通算8シーズンに渡りプレーした羽生氏が、2008年の東京ダービーを回顧した。写真:茂木あきら(サッカーダイジェスト写真部)

写真拡大 (全3枚)

 コロナ禍の影響でJリーグは中断が続き、サッカーが見られずに退屈しているファンも多いことだろう。そんななか、「DAZN」では「Re-Live」として過去の名勝負を放送中だ。現在配信中の2008年J1第6節、東京ヴェルディ対FC東京の「東京ダービー」の解説を務め、FC東京の一員としてこの一戦のピッチに立った、羽生直剛氏(現在はFC東京のクラブナビゲーター)に当時を振り返ってもらった。

―――◆――◆―――

――2008年はFC東京に加入して1年目です。(ジェフユナイテッド千葉から)なぜ移籍を決断したんですか? 

「まず監督の城福(浩)さんをはじめ、東京が熱心に誘ってくれました。城福さんが目指すサッカーの話を聞いて、興味が湧いたというのも大きかったですね。ジェフでずっとやってきて(イビチャ・)オシムさん、アマル(・オシム)さんに指導を受け、新しいチャレンジをしてみたいと思うタイミングでもありました」

――当時のFC東京はどんなチームでしたか?

「城福さんが監督になって1年目で、ポゼッションを意識した、全員がボールを触るようなサッカーをしようというのを特に話していました。まず3年後の基盤を作るというイメージを持っていたと思います。みんながボールに関われるし、本当に楽しみながらやっていました。2、3年目でだんだんと勝負にこだわっていったという感じですね。ただ、3年後に降格することになるのですが――」
 
――ルーキーの長友佑都選手(現ガラタサライ)の印象は?

「最初は下手だと思いましたね(笑)。ただ、フィジカルは強かったですし、僕も持久力や運動量を持ち味にしていましたが、ランニングのメニューとかで『コイツには敵わねぇな』と思いました。当時から、アジリティーや体幹の強さは抜群で、小柄ですが軸がブレないという印象でした。自主練習を黙々とやっていたことは今でも覚えていて、例えば午前中に全体トレーニングをやった後、午後に基本的な技術の練習を毎日やっていましたね。クロスの練習とか」

――下手だと思っていた選手が、インテルのようなビッグクラブでプレーすることになったんですね。

「いま振り返ると、『なんでも吸収したい』という意欲が高かったなと。佑都があのレベルにまで行けたのは、人間的なものが大きいと思います。『なんでもいいから教えてくれ』という姿勢で、何か教えると、必ず一度自分の中に取り入れようとしてみる。最初は、この技術力でやっていけるのかなと思いましたけれど、いま思えば行くべきして海外に行く選手だったなと。向上心や努力のおかげで、あれだけ活躍できているのだと思います」
 
――6節の東京ダービーを迎えるまでのチーム状態は?

「正直なところあまり覚えてないですね。昔のことはすぐ忘れちゃうんですよ(笑)」

――チームにはすぐ溶け込めましたか?

「すごく入りやすかったですね。優しい選手が多かったですし、日本代表にも選ばれたので、気を使ってくれている部分もあったかもしれません。城福さんも気に掛けてくれましたし。いま振り返ると、当時の東京はまだまだというか、良くも悪くもアットホームなチームでしたね」

――千葉ダービーも経験されていますが、東京ダービーを迎えるに当たって、他の試合とは違う雰囲気を感じましたか?

「千葉ダービーも熱いですが、東京ダービーは本当に異様な雰囲気を感じました。ダービーの週だけ小平の練習場に来るファンの熱気が違って、人数も多いですし、『絶対勝ってくれ』と圧をかけられて。『すごい熱いな』と驚きました。試合の時も『オ〜、ヴェルディ』という歌に圧倒されて、『すげえな』と。この一戦の重要性を感じましたね」