今年6月には42歳を迎える俊輔。これまでの輝かしいキャリアが、発せられる言葉に重みをもたらす。写真:徳原隆元

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 クラブハウスでのインタビューはもちろん、試合後のミックスゾーンで、練習場の片隅で、これまでに幾度となく中村俊輔に取材をしてきた。こちらの質問に対し、その都度、発せられる言葉は、いずれも含蓄に富むものばかり。世界を舞台に戦ってきた希代のレフティは、どんなことを語ってくれたか。本稿では「10の教え」と題し、今もガムシャラにサッカーを追求し続ける俊輔の“金言”を厳選して紹介する。

【1】
「マイボールにしたら、何かするまで絶対に離さない」

 2002年7月、セリエAのレッジーナに新天地を求める。自身初となる欧州移籍で、当初は練習でもなかなかパスが回ってこなかったという。それではアピールができない。ボールをもらった時に、いかに自分を表現するか。ミスをしないように安易な横パスなど選択せず、個の力でインパクトのあるプレーを意識して、実力を認めさせ、信頼を勝ち取ってみせた。

【2】
「お金がどうこうじゃなかった」

 桐光学園高を卒業後の1997年、高卒ルーキーとして横浜に加入。熾烈な競争に身を置き、「毎日がプレッシャーの連続」だった。早くトップチームの選手たちに追いつきたい、その一心で日々を送る。プロになって自由な時間ができたが、「生活のすべてをサッカーにかけられる」というスタンス。金銭的にも多少の余裕ができたが、それよりも「とにかくサッカーを極めたかった」と、ストイックに高みを目指していた。

【3】
「良いパフォーマンスでスタンドにいる人たちを喜ばせたり、楽しませるのは当たり前」

 プロの定義とは? という質問に対する答え。ファンやサポーターに歓喜を届けるのは当然として、「その先を行くプレーができるかどうか」も意識。もっと言えば、「純粋にこの選手を見に行きたいと思ってもらえるかどうか」。そんな選手を理想としている。
 
【4】
「過程が明確じゃないと、無駄なことが増える」

 プロとして大成するために、一番大事なのは「忍耐力とか、絶対に負けないっていう心」だという。それを原動力にして、今後のキャリアをどう充実させるかを、描けているか。「目標は誰でも掲げられる。大事なのはそこまでの過程が、頭の中で整理されているかどうか」。その過程があやふやで不透明だと、成長に支障をきたすと考えている。

【5】
「ミスしたから、別にどうこうじゃない」

 ベテランと呼ばれる年齢になってからは、年下の選手の成長を促し、それを見守る発言も増えてきた印象だ。横浜時代、プロ1年目の遠藤渓太に対しても、「試合に出られるだけ凄い」とし、「お前の良さはこういうのもある」とアドバイスすることも。シュートを外しても、そのチャレンジに拍手を送る。「ポジティブに捉えないと。自分もそういう風にしてもらったし」と、自身の実体験を踏まえて、将来性ある若手に期待をかける。
 
【6】
「もっとサッカーを楽しんでやりなよ」

 今季は横浜から水戸にレンタル移籍中の山田康太が、横浜ユース時代に言われた一言。トップチームに交じって練習する機会があり、「ピッチの脇で一緒にボール回しをする機会があって、その時に言われて。俊さんが覚えているかは分からないですけど(笑)、自分はその言葉をすごく覚えていて、いつでも楽しんでやろうって」と、偉大な先輩からかけられた言葉を胸に刻む。短い期間ながら、一緒にサッカーをすることで「自分の中で意識が変わった」と、プロを目指していた山田にとって貴重な体験となったようだ。

【7】
「妥協したくない、これだけは譲れないっていう部分がある」

 磐田時代のコメント。パフォーマンスを高いレベルで維持するために、感覚やセンス、判断力が衰えないよう、それを身体に“刷り込ませる”トレーニングを心がける。「試合に多少、負荷がかかったとしても、その前にやっておきたいことがある」と、本番に向けては自分が納得するまでボールを蹴り続ける。