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『私のベストチーム』
第3回:2006年の浦和レッズ

 2006年の浦和レッズのリーグ初優勝は必然だったと言える。

 古くからのサッカーどころに生まれたJクラブは、その5年前に日本一のサッカー専用スタジアムを手にし、国内随一のビッグクラブへと歩みを進めていた。


Jリーグ初制覇を遂げた、2006年の浦和レッズ。満員のホームも印象的だった

 01年と02年の二桁順位から、6位(03年)、2位(04年)、2位(05年)と着実に浮上。チーム力の向上とともにファンの数も増し、リーグ戦のホーム平均入場者数も04年に3万人を超え、翌年には3万9357人と4万人に迫っていた(埼玉スタジアムでの試合数が異なるので、一概には比較できないが)。

 大勢のサポーターに支えられるクラブは営業収入でも他の追随を許さず、前年の05年には次点の横浜F・マリノスに10億円ほどの差をつける約58億円を計上した。

 オフにはフェイエノールトから小野伸二、東京ヴェルディからワシントンと相馬崇人ら、即戦力を補強(その半年前にはロブソン・ポンテも加入)。人気と資本力で群を抜くレッズが、初のリーグ優勝を果たすべき時が訪れていた。

 3年目のギド・ブッフバルト監督の下、2シーズン連続でリーグ”準優勝”に終わっていたチームには、すでにベースができあがっていた。現役時代にドイツ代表の守備者としてW杯を制した指揮官──1990年W杯決勝ではアルゼンチンのディエゴ・マラドーナを封じた──は、チームに堅守を叩き込んだ。

 前シーズンから坪井慶介、田中マルクス闘莉王、堀之内聖の3バックを採用し、その前に長谷部誠と鈴木啓太のダブルボランチを配置。守護神はシーズンの途中から、山岸範宏が務めた。

 堀之内をのぞく5人がイビツァ・オシム監督の率いた日本代表にも選ばれていたように、個々の能力が高かったのはもちろん、攻撃的なセンターバック闘莉王が前線に上がれば、その穴を鈴木がカバーするなど、このユニットは補完関係にも優れていた。

 ガンバ大阪に勝ち点1差およばなかった前シーズンも総失点は37と最少だったが、06年はさらに失点が減少。とくに大観衆が集まるホームスタジアムは、相手にとって文字どおり、難攻不落の要塞と化していた。

 両ウイングバックには三都主アレサンドロ、平川忠亮と代表クラスの実力者が構え、トップ下には主将の山田暢久と小野が併用されていた。そして攻撃面では、前年にそれまでの絶対的エース、エメルソンがカタールへ移っていったものの、背番号10を引き継いだポンテが、前任者とは異なる形でキーマンに。

 そしてなんと言っても、新加入のワシントンの存在が大きかった。前年に東京ヴェルディ(17位で降格)で22ゴールを記録した元セレソンの大型FWは、その高い得点力だけでなく、前線に入ったボールを確実にキープして味方の攻撃参加を促すなど、様々な形でチームに貢献していた。

 当時の代表に名を連ねることもあった田中達也や永井雄一郎、岡野雅行らが、このふたりのブラジル人とトリオを組むことも多かった。

 しっかりとブロックを組んで守り、奪ったボールをワシントンに当てるか、ポンテに預ける。パスワークで崩すスタイルではなく、実利を追求したような形だったが、初タイトルを手にするにはうってつけの手法に思える。

 軽快な連係がたくさん見られたわけではないが、若かりし頃の長谷部が大胆にボールを運んでいく様や、ワシントンとマーカーの攻防、闘莉王のオーバーラップなど、ダイナミズムと強さが感じられるチームだった。

 実は僕がスポルティーバ(当時は紙の雑誌だった)に初めて寄稿したのも、この年の浦和レッズ特集だった。駆け出しの書き手に、リーグ優勝の可能性に関する記事を書かせてくれた編集部に心から感謝している。

 最終的には、その記事のなかで記したとおり、浦和が当時のライバルであるガンバ大阪との直接対決を制してリーグ初優勝を決めたわけだが、自分の予想が当たらなかった部分もあった。

 当時の浦和はクラブとしての規模が国内で突出していたから、初のリーグ優勝を成し遂げれば、それを契機に黄金時代が到来するだろうと書いた。しかし現在まで、浦和はリーグ優勝の数を増やせていない。AFCチャンピオンズリーグを2回、天皇杯を3回、リーグカップを2回制しているものの、日本の絶対的な盟主にはなれていない。

 だから浦和レッズには、どこか物足りなさを感じていた。あれほど大勢の熱いサポーターに愛され、国内随一の環境にも恵まれているのだから、赤い悪魔の本家マンチェスター・ユナイテッドのように(今のチームではなく、アレックス・ファーガソン監督が率いた頃のユナイテッド)、もっと突き抜けて欲しいとずっと思っていた。

 もしかしたらそれは、選手たちを激しく鼓舞し、時に檄を飛ばすゴール裏の人々にも通じる想いかもしれない。