浦和の顔的存在だった福田はオフトジャパンでも活躍。華のあるアタッカーだった。写真:サッカーダイジェスト

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 Jリーグ開幕当初のスター選手のひとりが、浦和レッドダイヤモンズで活躍したFWの福田正博だ。圧倒的なスピードと確かなテクニックを主武器に前身である三菱時代からゴールに絡む仕事を数多くこなした。

 1995年には日本人初のJリーグ得点王(50試合出場で32ゴール)に輝き、同年のベストイレブンにも選ばれた福田は、オフトジャパンでも主力を張るなど“華のあるストライカー”で、浦和のファン・サポーターからは“大将”の愛称で親しまれていた。そして、クラブでの功績を称えられてか、2002年に現役引退後すると、いつしか“ミスター・レッズ”と呼ばれるようにもなった。

 しかし、現役引退については「悔いはない」という想いがある一方で、「全然やりきれていない」部分もあった。

「(引退後に)『ミスター・レッズ』と呼ばれるようになったけど、自分の中では肯定していない。それを否定しても仕方ないからしなかったけど、少なくとも俺はそんなふうに思っていないからね、まったくといっていいほど。周りはそう見る? 確かにそうだけど、自負はないよ」
 
 なぜ、そうなのか。確固たる理由が福田にはある。

「ひとつにクラブで結果を残していない。優勝という結果を。個人として得点王はあって、それはもちろん自分の中で大きなものになっている。でも、『ミスター・レッズ』と呼ばれるなら、クラブに何か残さないと。実際、残してないからね。その意味でのやりきれていない感がすごく強い。ドーハの時(アメリカ・ワールドカップ・アジア最終予選)と一緒でワールドカップに出られなかったし、浦和でも何かを成し遂げられていないという想いが強い」

 良くも悪くも真面目。「ミスター・レッズ」という呼称に相応しい結果を残していないと強く思うからこその主張だ。実際、福田は「どこかに歯がゆさを感じながらプレーしていた」とも言っている。「ワールドカップに出ていたら人格も変わって、もうひと皮剥けることができたかもしれない」とどこか自信さなげな一面を覗かせるのも、「何も成し遂げていないから」だ。

 浦和のファン・サポーターからすれば“スーパースター」の福田も、小さくない苦悩を抱えながらプレーしていた。俺はミスター・レッズじゃないという告白は、福田の責任感の重さを表したものでもあるだろう。

取材・文●白鳥和洋(サッカーダイジェスト編集部)

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