12年は創設以来初となるシーズン中の監督交代を契機にチームが結束。ゴール前を固めるしぶとい守備などで、最終節に大逆転でJ1残留を決めた。写真:田中研治

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 2013年の新潟の快進撃を生んだ、2度の“大転換”が忘れられない。それはいずれも、守備における大いなる変化だった。

 17位で迎えたリーグ最終節に2チームを抜き、奇跡のJ1残留を果たしたのが前年のこと。翌年の躍進を、いったい誰が予想できただろうか。
 12年シーズン途中からチームの指揮を執り、残留へと導いた柳下正明監督にとって、新潟では初となる13年のプレシーズンキャンプ。突如として指揮官は、徹底したマンマークの守備を導入する。

 対人のトレーニングで、守備側の選手は、目の前の相手のボールをつつけるくらいまで近づくことが要求された。全部が全部、「そこでボールを奪い取れ」というわけではなかった。だが、大胆なまでに間合いを詰め、人に付いていく守備の浸透が図られた。

 前年は、苦しい残留争いが続いた。6月からチームを率いた柳下監督は、ゴール前を固め、粘り強く守る選手たちを見て「みんな苦にしないんだよね。感心するよ」と、冗談交じりに語りながら、忠実なプレーぶりを評価。やりたいことは封印し、対戦相手の強みと弱みを分析し、相手に合わせる戦い方で勝点を積み上げ、残留を果たした。

 翌年、キャンプでの人にタイトに付く守備の意識付けは、失点しないためにゴール前にへばりついていた選手たちを、そこから引きはがす効果があった。

 13年のチームには、前年、期限付き移籍したJ2の岡山でリーグ2位となる18得点を挙げた川又堅碁が復帰。浦和から加入した田中達也、鹿島から加入した岡本英也らと2トップを組む川又は、その得点感覚を、J1でも徐々に発揮していく。

 さらにチームの動力源となったのが左サイドで、MF田中亜土夢、DFキム・ジンスの縦関係は、前年の苦しい戦いを通じて熟成されていた。さらに中盤では新加入のレオ・シルバ、成岡翔が、技術と経験に裏打ちされたプレーで全体をコントロール。序盤こそ連敗を喫し、初勝利は5試合目とスロースタートながら、その後、しぶとく勝点を重ねていった。
 
 極端なマンマークは、弊害もあった。象徴的だったのが12節、ホームの大分戦。マークの受け渡しが上手くいかず、55分、CBの大井健太郎とキム・クナンが浮き球の処理を巡って激突。ともに頭部を切って、同時に交代する緊急事態が起こる。

 代わったCBの坪内秀介、濱田水輝も、タイトにマークに付く。すると今度はふたりのCBがそれぞれ相手に付きすぎるあまり、ゴール前にぽっかりとスペースが空き、そこを使われあっさり失点。2-3で敗れてしまう。

 それから数週間後、2度目の“大転換”が起きた。

 リーグが中断していた、秋田・仁加保キャンプでのことだった。トレーニング中に柳下監督が、突然、「マークを受け渡していいよ」と言い出したのだ。にわかに困惑する選手たち。それを見越してか、「だって、受け渡して守る方が楽だし、合理的だろ?」と選手たちを煙に巻く指揮官。

 いずれにせよ、その時、厳しく間合いを詰める出足が失われなかったことが大きい。こうしてアグレッシブに守備をはめ、ボールを奪って仕掛ける速攻が鋭さを増していく。
 
 左クロスに対し、ニアに飛び込んで合わせる形を確立した川又は、エースストライカーへと駆け上がり、結果的に23得点を挙げ、リーグ得点ランキング2位となる。ボール奪取から1本のパスで速攻のスイッチを入れるレオ・シルバ、エネルギッシュに中盤を動き回り、チャンスをお膳立てする田中亜らの好パフォーマンスもあり、シーズン後半、チームは一気に上昇気流に乗った。

 そして迎えた33節。相手は優勝が懸かった首位の横浜だった。

 6万2000人を越える大観衆で埋め尽くされた日産スタジアムは、9年ぶりのリーグ優勝への期待ではち切れんばかりに盛り上がっていた。だが、後に新潟でプレーすることになる富澤清太郎(17〜18年、新潟に在籍)は、試合が始まると、「これは難しくなる」と悟ったという。

「その年のマリノスは本当に強くて、どんな相手、展開でも、自分たちの勝ちに持って行けた。だからこそ、あの時の新潟の強さがすぐに理解できた。川又堅碁と田中達也の2トップがものすごい形相でボールを取りに来て、何とかそれをかわしても、後ろで待ち受けるレオ・シルバにボールを奪われる。奪われたボールは素早く展開される。『こりゃあ、勝てねえな』、そんな感覚にさせられたチームは、あの年は新潟以外にはなかった」

 拮抗した展開の末に、後半、川又、鈴木武蔵のゴールで2-0と完勝する。

 わずか1年前、必死の守備でしのいで、何とか勝点を積み上げていたスタイルから一転。13年のチームは終盤5連勝、7位という、ここまでクラブ史上2番目の好成績でシーズンを終えた。極端なまでのマンマークというはしごが、突然、外された時、躍動する選手たちのダイナミズムが、見る者の記憶と記録に刻まれた。

取材・文●大中祐二(フリーライター)

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