並外れた“映像記憶能力”を誇っていた風間氏。時に相手の動きがスローに見えることもあったという。(C)J.LEAGUE PHOTOS

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 サッカーダイジェストでは風間八宏氏のコラム「自分に、期待しろ」を連載中。風間氏の技術論や、サッカー哲学などを余すことなく紹介しているが、リーグ中断が続き、サッカーの話題が限られるなか、ここではそのコラムの第2回目をお届けしよう。

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メッセージ2
「意識すべき“目”の重要性と怖さ」
 
 初回は“見る”に関して話しましたが、2回目はこのテーマをより深く考えましょう。
 
 改めて“見る”という行為には大きく2つのパターンがあると感じます。ひとつは動体視力などの反射的な動作。これは一般的に誰もがやっていることで、数値化も可能です。フィールド内で相手の動きを見て、反応するという一連のプレーにも当てはまります。

 一方、もうひとつの“見る”は数値化できない力です。サッカー界では“数秒先の世界が見えている”などと表現されますが、想像力や空想力を活かして周りの人たちとは異なった世界を捉えている選手がいるわけです。なにもできないようなシチュエーションから、驚きのあるプレーを披露する。彼らには私たちが想像できないようなビジョンが見えているはずで、それをピッチ上で表現しているわけです。

 かくいう私も現役時代、ある場面を一瞬見ておけば、次にそこで何が起こるかイメージできたり、40辰曚廟茲慮景が目の前に止まって見えたりしました。さらに相手の動きがスローに感じることも。最初は特別なことではないと思っていましたが、チームで目の検査をした際、私の映像記憶能力が非常に秀でていることが分かったのです。
 もっともこうした“見える”能力を持った選手を育成年代で発掘するのは相当に難しい。それは彼らがどんな世界を見ているのか、周りの人たちは判断し辛く、概して足もとが上手いなど、分かりやすい特長のある選手に目がいってしまうからです。そのため本当は素晴らしい才能を有していた人材も、気付かれないうちに消えてしまうケースは往々にしてあると思います。

 多くの人たちの判断基準に収まらない人材は淘汰される――それはサッカー界だけでなく、一般の社会でも起こっていることではないでしょうか。だからこそ私たちの“目”は大事で、危険で、怖い。目の前の事象だけに捉われ、物事を決めつけてしまうのは非常に恐ろしいことなんです。
 ではそうした人材と出立った時にどうするべきなのか。おこがましく指導するというわけではなく、長い目で見守ってあげることが大切です。

 余談ですが、私も学生時代は背が低く、足も遅く、国体の代表に選ばれても、練習試合でさえ使ってもらえないこともありました。でも、自分を認めてくれた多くの先生方の後押しのお陰で試合にも出られ、ワールドユースの日本代表にも選ばれ、ここまでやってこられた。ひとりだけで大成するのは難しい。数々の苦難を乗り越えるには、周囲の助け、そしてその子の力を評価できる“目”が必要なわけです。

 人は自分の尺度から逸脱するものをなかなか許容できません。ただ、自分に見えているものがすべてだと決めつけて行動するのと、自分が想像できない世界があると理解したうえで行動するのでは、まったく異なります。そこに気付くのが大切なのではないでしょうか。

 今のサッカー界では、アスリート能力の高い選手が評価されるようになっていて、いわゆる“天才”と呼ばれるプレーヤーが減っているように感じます。その背景には周囲の人たちの目も関係しているはずです。足が速い、技術がある、そうした能力も重要です。でも繰り返しになりますが、表には見えない素晴らしい力を持った選手を見抜けるようになることも大切なんです。