終了間際に財前のゴールが決まった瞬間、京都まで駆けつけた仙台サポーターも歓喜に沸く。ただ、岩本(14番)は喜ぶよりも、一刻も早く試合を再開したかったという。(C)J.LEAGUE PHOTOS

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 2001年シーズンのJ2リーグ最終節、J1昇格レースはクライマックスを迎えていた。

 すでにリーグ優勝を決めている京都を除いて、2位山形(勝点80)、3位仙台(同80)、4位大分(同77)と、昇格条件となる2位以内を巡り、勝点3差で3チームがひしめく大混戦となっていた。

 結果的に、山形は川崎に0-1でVゴール負け、大分は鳥栖と1-1のドローといずれも勝利を収められなかったが、仙台はチャンピオンの京都を相手に、終了間際の89分、財前宣之がスーパーボレーを叩き込んで、1-0の劇的勝利。山形を勝点で上回って2位を確定させ、クラブ史上初のJ1行きを決めてみせた。

 仙台はアウェーの地で京都と対戦。ゴールが決まると、スコアラーの財前が仙台サポーターに向かって走り出し、喜びを分かち合おうとする。

 その一方で、試合再開を促す選手がいた。岩本輝雄だ。テルの愛称で親しまれるレフティは、喜ぶどころか、むしろ怒り心頭だったという。わざわざ京都まで駆けつけてくれた、たくさんのサポーターたちの存在を心強く思っていたし、感謝もしていた。財前のゴールにも気持ちは高ぶったが、「早く戻れ! 喜んでる場合じゃねーよ!!」と叫んでいた。

「まだ試合は終わっていないし、他の会場の結果も知らなかった。2位の山形と勝点は一緒だけど、4位の大分を含めれば、得失点差では俺らが一番、不利だった。だから、早く試合を始めて、もう1点取りに行きたかった」

 苛立ちを覚えたテルは、思わず近くにあったスポンサーボードを蹴り飛ばしてしまう。怒りに任せた行動だったが、その“音”で財前も気づいてくれればと思ったという。

「だけど、まあ聞こえないよね(笑)。あれだけ盛り上がっていたら」
 
 このエピソードを話してくれた際のテルは、「とにかく俺らは90分で勝って、昇格しなきゃいけなかったから」と力説。2001年に仙台に加入し、主力メンバーのひとりとして戦ってきた男は、大きな責任と使命を感じていたのだろう。

 先述したとおり、最終的に仙台は悲願を果たす。後日、テルのもとには一通の請求書が届く。スポンサーボードの修理代だ。それなりの金額である。

「それはもう、仕方がないこと。スポンサーボードを蹴飛ばして、しかも壊してしまったんだから。なによりも、チームを支えてくれるスポンサーの方に対して、京都に対しても申し訳ないことをしてしまった。もちろん、ちゃんと支払いました。ただ、半分はベガルタに出してもらったけど(笑)。その点も申し訳なかったね」

 感情的な振る舞いで代償を支払う形となったが、ベガルタを思うゆえにとった行動でもあった。

取材・文●広島由寛(サッカーダイジェスト編集部)

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