川勝監督に率いられた2010年シーズンはJ2で5位フィニッシュ。資金難に苦しみながらも粘り強く戦った。(C)SOCCER DIGEST

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 現在、サガン鳥栖で起こっている経営難に関し、東京ヴェルディに関わる人々は他人事とは思えないはずだ。

 東京Vは、二度目のJ2降格となった2009年から10年にかけて存続危機に揺れた。09年9月、経営権を持つ日本テレビが、崔暢亮氏らクラブOBらで設立した東京ヴェルディホールディングス株式会社(以下、東京VHD)に保有する株式を譲渡。1969年のクラブ創立以来、舵取りを担ってきた読売グループが経営から撤退する歴史的転換点となった。

 10年、経営陣を刷新した東京Vは予算規模を大幅に縮小し、懸命に立て直しを図ったが、ほどなくしてこれも行き詰まる。当初予定していた事業計画を実行できず、Jリーグから緊急融資を受けることになった結果、再び経営陣が交代。同年6月、Jリーグ事務局長を務めていた羽生英之氏が社長に就任した。以降、新たな出資者を募り、ゼビオホールディングス株式会社と結んだ大型スポンサー契約などで経営基盤を整え、11年以降の存続に至るという流れだ。
 
 当時、Jリーグの鬼武健二チェアマンは、同じく経営が傾きながら地域の人々の後押しを受ける大分トリニータと比較し、「ヴェルディには地元がない」と喝破。明日、クラブが消滅するかもしれないという事態は、あらゆる意識、認識を変えるのに充分すぎるインパクトを持っていた。

 練習場等の施設、プロ選手にふさわしい待遇、支援するスポンサー企業、スタジアムに足を運ぶサポーター。これまで当たり前にあったものが、それぞれ容易には得がたいものとして切実に感じられた。

 むろん、東京Vと鳥栖の経営難の構造は異なる。それでも思慮深さを失った点や長いものに巻かれる諦念は、両者に通底しているに違いない。

 10年、資金不足によるコストカットの波に飲まれながら、川勝良一監督に率いられる東京Vは見事な踏ん張りを見せ、5位でシーズンを終える。穴の空いたソックスでプレーする選手たちの逞しさ。土屋征夫をはじめとするベテラン陣がアカデミー育ちの若手を引っ張り、互いを高め合っていく様は胸を打つものがあった。
 

 極端な逆境は、眠れる反骨心を呼び覚ます効果があるのかもしれない。同時に、苦しい状況でも明るさを失わず、ハプニングを笑いに変える諧謔(かいぎゃく)精神をふんだんに持っていたのが重要な助けとなった。

 鳥栖が直面する、経営危機と新型コロナウイルス禍の二重の苦難。これをいかに乗り越え、リーグ再開の暁にはどのような戦いを見せるのか。彼らはそう易々とは屈しないだろう。過去、何度も困難な状況に陥りながらしぶとく這い上がってきた、七転び八起きの大ベテランである。

取材・文●海江田哲朗(フリーライター)