2018年に札幌の指揮官に就任したミシャことペトロヴィッチ監督。新天地でも確かな手腕を見せている。(C)SOCCER DIGEST

写真拡大 (全2枚)

「このチームはタイトルを狙える」「このチームが、新しい歴史を作るんだ」

 2018年1月、ミシャことミハイロ・ペトロヴィッチ監督が札幌の監督に就任して最初のミーティングでそう発したという。その場にいたわけではないので伝え聞きではあるが、選手たちは一様に驚いたそうだ。

 それはそうだろう。歴史の多くをJ2で過ごし、時折J1に昇格してもすぐにJ2に戻る。札幌はそんな立ち位置のクラブだった。それがいきなり「タイトル」である。しかも前年に16年ぶりとなるJ1残留を果たしたばかりというタイミングだった。

 そもそもの話をすれば、ミシャ就任こそがひとつのサプライズだった。前年の2017年は前述通りJ1残留を果たし、札幌の過去最高成績タイとなるJ1での11位でフィニッシュ。粘り強くハードワークを繰り返し、相手の隙を狙う四方田修平監督(当時)のやり方は、札幌というプロビンチャが持つ資金力、戦力を考えれば合理的であり見事な成績を残した評せる。

 一般的に見て、クラブの過去最高成績を塗り替えたチームが監督を代えることはほとんどない。早い話が、余計なことをする必要がないからだ。だが、札幌はそれを敢行し、広島や浦和で攻撃的なパスサッカーを演じて上位に導いたミシャを据えた。そうしたすべてを総合的に見てのサプライズだった。
 このマネジメントについて野々村芳和社長が当時このように話していたのが印象的だった。

「確かに、普通に考えると監督を代えなければいけないシチュエーションではないのかもしれない。『もう1年、同じ体制で』というのが一般的なのかもしれない。でも、札幌のような地方クラブをこの先、資金力のあるビッグクラブと互角以上に戦えるようにしていこうと思ったならば、他のクラブと同じスピード感で動いていてはいけない。時計を速く進めないと」

 他クラブよりも一歩、二歩と先んじようとするそのスピード感。外部から見ればサプライズとも感じ取れた監督人事も、野々村社長の時間軸のなかでは適切なタイミングだったということなのだろう。
 そしてそのマネジメントは見事に結果につながる。「リスクを恐れるな!」「もっと上を目指そう」とミシャに言葉をかけられ続けた選手たちは躍動した。四方田監督時に重視された運動量はそのまま新体制でも武器となり、位置的優位を作りながらダイナミックにボールを運んでいく札幌版のミシャサッカーでどの相手とも互角に渡り合えるようになっていった。

 そしてロシア・ワールドカップによる中断が明けると、選手たちから「ACLに出られるように」という言葉が聞かれるようになっていった。前年まではとにかくJ1に生き残ることを第一としてきたチームが、数か月のうちにアジアを視野に入れるまでの変貌を遂げたのである。

 ミシャと札幌との出会いは、間違いなく新たな歴史の一歩となった。結果的にACL出場は叶わなかったものの、就任初年度に札幌をクラブ史上最高の4位へと導いた手腕は素晴らしいの一言に尽きる。そして翌年はルヴァンカップのファイナリスト。なにもかもが変わった。

 もちろん、ミシャが就任しただけで即日、チームが強くなれるほどプロサッカーは甘いものではないはず。クラブ問わず、過去に経験してきた成功や失敗など、様々な積み上げのうえにあるのが現在だろう。
 とはいえ、それでもやはり特別な出会いと感じずにはいられない。同じタイミングで浦和から移籍をしてきた駒井善成が若手選手に向けて「ミシャと一緒にサッカーができるだけでもラッキーやぞ」と説き、菅野孝憲は「自分もああいう人間になりたい」とまで言う。

 近年、指導者と選手との関係性やその在り方が強く問われているなかで、それだけの強い信頼を得ている指導者がこの日本に存在していることの価値は、大げさではなく、計り知れないほどに大きいと感じている。

取材・文●斉藤宏則(フリーライター)