2005年7月に神戸から加入したカズ。同シーズンは16試合に出場し、4ゴールを挙げる活躍を見せた。(C)SOCCER DIGEST

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 1998年12月25日に横浜FCは設立された。その背景には同年10月29日に、経営不振を理由に横浜フリューゲルスと、横浜マリノスの合併が発表されたことがある。

 両クラブの親会社からは事前の説明がまったくなく、フリューゲルスの選手ですら報道で第一報を知ったという異例の事態であり、「企業の論理」によって一方的に進められた合併劇に、納得のいかないサポーターがゼロからクラブを作り上げたのが横浜FCだ。

 それは、企業の論理に振り回されることなく、サポーターが出資しあってクラブを支える「市民クラブ」を目指すものだった。

 代表を務めるのはほぼ無名のシナリオライターで、広報や経理といったスタッフの多くが素人同然という状態での旗揚げ。当時を知らない、当時に生まれてすらいない人々も多くなったことを実感する昨今、改めて振り返った次第である。

 本来、新たに設立されたクラブは都道府県リーグ・地域リーグから勝ち抜きJリーグを目指すのが絶対的なルールだったが、日本サッカー協会は特例として、当時J2のひとつ下のディヴィジョンだった1999年のJFLへの横浜FCの参入を認める。するとJリーグ経験者を多く集めた横浜FCはJFLで2年連続優勝を果たし、2001年にJ2昇格を果たす。
 
 しかし、ここからが苦難の連続だった。J2昇格以降の4シーズンの順位は9位、最下位、11位、8位(いずれのシーズンも当時のJ2全12クラブ中)と低迷。続く05シーズンも11位と不振を極めたが、この年の7月に途中加入したのが、カズこと三浦知良だった。

 カズがクラブに来て何が変わったか。真っ先に挙げられるのは、メディアの注目度が飛躍的に高まったことだ。私が横浜FCの取材を開始したのは、まさにこの05年だったが、カズ加入以前はホーム三ッ沢に顔を出す記者は固定の3〜4人程度。私より取材歴の長い記者は「監督会見で記者が1〜2人だったこともある」と述べていた。

 それが、カズがベンチ入りを果たすや否や、50人を超える報道陣が詰めかけた。クラブ広報から「本日の報道者数、クラブ史上最多の80人以上」という異例のリリースが発表されたほどである(正確な人数などは記憶があいまいであることをお断りしておく)。

 同様に、観客動員についても劇的に数が増えた。それまではおよそ3000〜5000人であったホームの観衆は、8000人程度に跳ね上がった。数字だけ見ると大した効果ではないようにも感じられるが、あの時、現場にみなぎっていた、それまで感じたことのないスタジアムの熱気は忘れられずにいる。

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 逆に言えば、当時の横浜FCは設立当初の熱気を失いかけていたといってもいいだろう。そして、19年シーズン終盤には、J1昇格が見えていたこともあり、カズが試合に出ていなくとも1万人近い観客がニッパツ三ッ沢に押し寄せる。

 また05年以降、クラブハウスや専用練習場の設置(それまでは民間のグラウンドなどを転々としながら練習していた)、戦力補強における資金力の強化など、クラブ自体の体力も改善された。これは厳密に言えばカズ効果ではなく、カズ加入の直前、05年6月に第三者割当増資により筆頭株主となった企業の経営者である小野寺裕司氏(現:横浜FC代表取締役会長CEO)が事実上のオーナーとなったことが背景にある。まさに、横浜FCが「市民クラブ」から脱却し、次のステージを志向し始めた一大転機であったが、サポーターの間でも疑問の声を上げる人は少なくなかった。

 一方で、小野寺氏の企業(現在は株式会社LEOC)を親会社とした結果、横浜FCの経営面が安定したという点は否定できない。この辺りの事情に関して、カズの獲得は小野寺氏の強い意向を受けてのことという報道もあり、LEOCの親会社化とカズの加入はほぼ同義と考えていいかもしれない。

 カズ加入の翌年の06年シーズン、横浜FCは初のJ1昇格を成し遂げるも、1年でJ2降格が決定する。その後、10年余り迷走し、J1の舞台から遠ざかったこともあって、LEOCの親会社化についてはサポーターの間でも賛否が分かれた。
 
 しかしクラブは、大分でナビスコカップ制覇の原動力となったホベルトや、元日本代表の大黒将志、C大阪で実績のあった点取り屋のカイオ、のちにクラブ初のJ2得点王に輝くイバ、かつてのJ1年間MVPのレアンドロ・ドミンゲスなど、J1を本気で目指せるタレントを獲得できるようになってきた。さらに、松井大輔や中村俊輔といったビッグネームの獲得は、カズが横浜FCにいることも少なからず影響していることだろう。

 そして、近年のもうひとつの転機と言えるのが、ここ3年余りの強化部門のテコ入れだ。選手の獲得基準をサッカーの技術面に加え、選手のパーソナリティの二面で明文化したことなどは特筆に値する。結果として、確かなスキルと強いメンタルを備える選手のみが集まり、昨季には下平隆宏監督がチームを巧みに率いて、見事に二度目のJ1昇格を果たした。

 今、クラブには良い風が吹いている。18年に代表取締役社長COOに就任した、まだ30代半ばの上尾和大氏を現場のトップとする現体制が続く限り、大崩れはなさそうだ。しかし、長年横浜FCを見てきた記者でも、まったく見通しのつかない命題がある――それは、カズがいつ引退するのかということだ。

取材・文●二本木昭