専用練習場の建設が決定!三上昴社長に聞いた「FC琉球の現在と未来」

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新型コロナウイルスによる明治安田生命Jリーグの中断が続いている。

FC琉球は今シーズン、J2での2年目を迎えた。開幕戦はジェフユナイテッド千葉戦とアウェイで対戦。ユン・ジョンファン新監督率いるチームに0-1で敗れたものの、琉球らしいボールを持つ攻撃スタイルを展開した。

次のホーム開幕戦に期待を持たせる内容だったが、残念ながらリーグは中断。この日のインタビューはその直後に行ったものだ。

FC琉球の三上昴社長にその経緯や、筑波大学時代に衝撃を受けた“あの人”との出会い、小野伸二獲得やクラブの将来について聞いた。

(取材日:2020年2月29日)

FC琉球の社長になって

――三上さんはプレーもされていました。芝生の感触はどうですか?

気持ちいいですね。練習を見に行くことがなかなかできなくて、実際に見るのはやっぱりいいです。

――開幕節を経て、本当にいろいろな動きがありました。中断に関してはどういう流れでクラブ側には伝わってきたのですか?

もともとJリーグはこの流れでスポーツを自粛するというのには乗らない方向でした。スポーツは心身ともに健全であって、健康を促進するというので、開幕戦はその流れで開催したんです。

ただやはり、政府や厚労省の見解があのように出てしまったからには自粛せざるを得ないというので、苦渋の決断でした。

極力、無観客試合にはならないように開催を延期したという形です。

――無観客はとにかく避ける、と。

やはりファン・サポーターあってのスポーツなので。

――クラブ側の対応としても相当苦慮された部分があると思います。

今まで予定していた興行とかが今後コロナの影響があってどうなっていくのか。開幕戦も千葉は12,000人予想が9,000人になってしまっているので、集客とかもかなり不安な要素が出てくるんじゃないですかね。

――三上さんはなぜFC琉球の社長になられたんですか?

実は理由というのはそれほどなくて、前社長で現在会長を務めている倉林啓士郎があまり沖縄にいることができなかったんです。

どうしても“二足の草鞋”になってしまうので、現地で常駐する人間ということで、僕が社長、廣崎圭が副社長に就任しました。役割としても2人で分けてという感じですね。

2018年の11月に沖縄に来て、2019年の6月に代表に就任しました。

――サッカーとの繋がりは?

僕は大学(筑波大)までサッカーをやっていて、その時にサッカーを通していろいろな世界を見たのが大きかったです。

大学の時の監督が、風間八宏さんだったんです。彼との出会いが大きかったですね。あんなにスゴイ人は見たことがありません。

――どういうところで刺激を受けましたか?

言葉を持っているところ、そしてブレないところ。そこは風間さんが突出しているところだと思います。

――社長になってみて分かったことは?

会える人の幅が広がりました。あと、サッカーでお金を稼ぐためには何をしなければいけないかが少しずつ分かってきました。やはりサッカーをやっているだけではお金が入ってこないので、どう地域に還元して、根付くか。そこかなと思います。

――三上さんは社長として具体的にどこを強化していきたいですか?

パートナー企業に出していただいたお金を、どのように生かすか、ですね。今までは広告露出がすべてだったと思うんですけど今はそういうことはなくて、名前が売れればすべて成功するというほど、世の中甘くありません。

彼らの求めているニーズにきちんと応える。たとえば従業員の満足度を高めたい企業、リクルーティングに役立てたいという企業であればそういうことを一緒にやる。具体的なことをやっていかないと、なかなかお金は集まらないなと。

――Jリーグの「シャレン」の取り組みなどにも通じる部分ですね。

サッカー自体の価値が僕は正直そこまで高くないと思うんです。日本では我々が思っているよりも。だから「サッカークラブです。J2です。お金を出してください」というほど甘くないです。それは実際に感じています。

これがバルサとかであれば違うんでしょうけど(笑)。すでにお客さんが10万人入るスタジアムがあり、大観衆の中で試合が行われ、国民的な文化になっている。

箱根駅伝とかはその領域だと思うんです。それに比べるとサッカーはまだまだですね。

沖縄のサッカーと小野伸二獲得

――サッカーの視点で見たとき、沖縄はどういう場所ですか?

環境は間違いなく良いです。年中サッカーができて、芝生のグラウンドがこれだけたくさんあって。

でも、沖縄の子供たちって実は一番全国で外に出ていないんです。日本で一番外遊びをしない比率が高くて。親が共働きで、親と子が接する時間がなくて、親が親戚に預けて子供たちが家でテレビを見ているとかゲームをしているとか。もったいないんですよね。

――となると、そういう子供たちにサッカーをやってもらうための何かが必要?

スタジアムへ来てもらうことと、僕らが夢を見せてあげること。「サッカー選手はこんなに夢があるんだよ」ということを示してあげることが大事かなと思います。

――沖縄のクラブとしては最近、沖縄SVが出てきています。彼らのことはどう見ていますか?

シーズン中は大学生としかなかなかできません。そこで点差をつけて勝ってばかりでもあまり意味がないので、普段から強度の高いゲームをする意味でも、沖縄SVのような存在が出てきてくれたほうが我々としてありがたいです。

高校もそうなのですが、強豪校がたくさんあって練習試合ができる環境がないと、全国に行って結果を残すことは難しいですからね。

――サポーターからは「ライバルチームが欲しい」といった声も聞きます。

僕はあまり敵味方で煽ることは好きではないんですよね。スポーツは競技を越えて、お互いのリスペクトだと思っています。昔、ジュビロ磐田が残留して対戦チームが拍手を送ったとか、そういうのがJリーグの良さだと思うんです。

――今シーズンのチーム、開幕戦の印象はどうでしたか?

ボールを持てていてよかったと思いますが、あの内容なら勝ってほしかったですね。

まあでも、面白いと思います。やり続けていくことですね。見ていて面白いことは大事です。

――昨年、小野伸二選手がチームに加入しました。獲得した経緯は?

北海道コンサドーレ札幌であまり試合に出場できていなかったのと、沖縄の地で何かしたいという彼のモチベーションがあって、そこの2つですね。

「沖縄をサッカー王国に」という言葉もありますけど、そういう思いで来てくれました。

――実際に彼のプレーを見てどうでしょう?

僕もそうですし、同世代なので、そういう選手が身近にいるというのが見ていて面白いです。18歳でワールドカップに出ていますからね(笑)。

待望の専用練習場!

――野球やバスケットボールなど、沖縄の他のスポーツはどう見ていますか?

沖縄はバスケが凄いです。Bリーグの琉球ゴールデンキングスは15年間の歴史もあって、今度1万人のアリーナも作りますし、お客さんの熱狂を含め、学ぶことはすごく多いです。

キングスの社長は大学の先輩なんです。話を聞くととても情熱的で、沖縄の土地で沖縄に還元する意識もすごく強いですし、勉強になります。

――沖縄はサッカーの新スタジアム計画もありますね。当初の計画より遅れていますが…。

その前に、練習場ができることが決まりました。2年後、2022年の春にクラブハウスの付いた専用練習場ができます。

あまり報じてもらえないのですが(笑)、クラブにとってはものすごく大きいです。

――そうなんですね。おめでとうございます!今はそれぞれ天然芝の立派なグラウンドとはいえ、転々とする状況ですものね。

八重瀬町という場所で、那覇から車で20分くらいです。クラブハウスと練習場、そしてまわりに沖縄で人気のグラウンドゴルフのグラウンドがある複合施設です。地域の人とともに歩む施設になります。

※待望の専用トレーニング施設が建設されるのは沖縄県南部、八重瀬町の具志頭運動公園。近くには有名な玉泉洞がある。

――最後に、5年後のFC琉球はどんなクラブになっていますか?

勝敗はそこまで意識していません。会社の規模をどれだけ大きくできるか。他のクラブを真似する必要もないと思っているので、例えばオリオンビールとかブルーシールアイスクリームといった「沖縄と言えば」で思い当たるクラブにしたいです。

沖縄と言えば、FC琉球。それくらいの立ち位置になりたいなと。そういう意味で、首里城を背負っている部分もあります。僕らが目指しているのは沖縄のシンボルなので。

今シーズン、首里城“REVIVE”を胸に戦うFC琉球。

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Jリーグの再開は現在「最短で6月」とされているが、このユニフォームを着た選手たちの姿ができるだけ早くスタジアムに帰ってくることを願いたい。