「自分の存在価値はゴール」…東京五輪のみならず、A代表を目指す|小川航基(ジュビロ磐田/FW)

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 16日夜に緊急事態宣言が全国に拡大され、これまで活動を継続していたクラブも続々と無期限休止に入っている。ここまで練習を続け、その様子をユーチューブなどで配信する工夫を凝らしていたジュビロ磐田も「25日から5月6日までトップチームの活動を休止する」と発表。「週末の試合を考えなくていいことを前向きに捉えて前へ進もう」と選手を鼓舞していたフェルナンド・フベロ監督にとっても苦渋の決断だったに違いない。

 半年ぶりに古巣に復帰し、J1昇格請負人になる覚悟で今シーズンに挑んでいる小川航基も、公式戦再開が定まらない現状に難しさを感じているのではないか。彼の場合、2月23日の今季J2開幕・モンテディオ山形戦でいきなり2ゴールという最高のスタートを切ったが、そこから長い中断に突入。出鼻をくじかれた格好になってしまった。3月は28日に行われた清水エスパルスとの練習試合など実戦の場が何度かあったものの、4月に入ってからは対外試合もできなくなり、練習も制限が加わるようになってしまった。

「ジュビロがJ1にいた時、自分は仕事らしい仕事が何もできなかった。去年の半年間(水戸ホーリーホックで)J2を経験して、今年このチームに戻ってきたので、今季はどれだけやれるかというのがすごい楽しみにしている点です」と意気込んでいた点取屋にとって、ゲームの機会から遠ざかるのは決して好ましいことではない。

 それでも、本人は前向きなメンタリティを失っていない。

「僕自身はこの期間をポジティブに捉えています。この期間にどれだけモチベーションを高く保っていられるかが、再開後に大きな差となって表れてくると思うんです。今、自分がやらなければいけないのは、最後のところで集中力を切らさないようにすること。3月の静岡ダービー(1本目・2−3の敗戦)でもこっちが押し込んでいたのに、最後のところでポンと入れられて負けてしまった。『なんだかんだ勝っちゃう』という決定力はやっぱり必要ですね。やっぱり自分の存在価値はゴールだと思っているし、僕が決めないとチームも勝てないという自覚もある。再開した時には山形戦よりパワーアップした姿を見せたいです」としっかり先を見据えている。

 小川ら1997年生まれの選手たちが不安視していた東京五輪サッカー代表の年齢制限問題は、国際サッカー連盟がU‐24に引き上げる方向性を示したことで、とりあえずはクリアできそうな見通しが立った。「そこは問題ないと信じて準備するしかない」と話していた彼自身もまずは安堵したことだろう。

 ただ、延期された世界舞台のピッチに立てる保証は全くない。1年という時間があれば、ここまでU-23日本代表での実績がやや少なかった田川亨介や西川潤ら年下のストライカー陣にもアピールする時間が与えられることになるからだ。もちろん同い年の前田大然、1つ年下の上田綺世らも凄まじいモチベーションで挑んでくるはずだ。

 そんな中、小川が生き残るためには、絶対的エースに相応しい実績を所属の磐田で残すこと。それしかないのだ。

「今はこういう状況ですけど、ジュビロで活躍して、森保一監督の目に留まって、本大会メンバーに選ばれて、東京五輪を迎える。それが理想的な形ですよね。ジュビロがJ1で勝ち続けて優勝する。1年でJ1に昇格できれば、そうなる可能性も高まってくると分かっています。その先にはA代表もあります。A代表は絶対に目指さなきゃいけないところだし、必ず入らなきゃいけないところなので、今の時間を大事にしなければいけないと強く思います」

 本人もA代表に照準を合わせているというが、24歳というのは日の丸をつけて主軸を担っていなければならない年齢だ。2010年南アフリカ、2014年ブラジル、2018年ロシアと3度のワールドカップで活躍した本田圭佑、長友佑都、岡崎慎司の86年トリオも最初の世界舞台は23から24歳の時。現在の絶対的エース・大迫勇也も、W杯に初出場したのは24歳の時だった。

 そう考えると、小川もこの1年間でもう一皮、二皮剥けなければならない。2019年12月のEAFF E-1選手権(釜山)・香港戦でハットトリックという豪快なA代表デビューを果たしたスケールの大きなFWには、それだけ大ブレイクする可能性がある。そこは自信を持っていいだろう。

「再開がいつになるか分かりませんけど、臨機応変な対応ができるようになることが今の目標です。ジュビロでもルキアンと2トップを組むのか、(三木)直土と組むのかでそれぞれの特徴が全然違いますけど、誰と組んでもいい連動を構築できるような関係性が必要だと思います。そうなるように自分がうまくリードしていきたい。努力していきます」

 目の前にあることを一つひとつコツコツやることで必ず道は開けてくる。U-20日本代表で大ケガを負い、磐田で壁にぶつかり、水戸にレンタルに出されるという紆余曲折を味わった彼にはその意味がよく分かっているはず。新型コロナウイルスの問題も過去に経験したことのない困難ではあるが、いつかきっと希望が見えてくる。その時に輝きを放つべく、今は力を蓄えておくことが肝要だ。