中村倫也 見ている者の好きなように変化する、新時代の人気俳優

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実体にベールをかけてあやふやにしてしまう、ささやくような声


中村倫也はいま、絶好調なんだと思う。新型コロナウイルス感染予防のため多くのテレビドラマの撮影が中断され放送開始も延期になるなか、中村主演の「美食探偵 明智五郎」(日曜よる10時30分〜 日本テレビ系)は予定通りに放送がはじまった数少ない1作だ(延期になったドラマの関係者の皆様はお気の毒で、早く事態が収束してドラマが制作されることをお祈りしております)。きっと本人はほかのドラマのことも思い胸を痛めているに違いないと勝手に想像するけれど、新作ドラマ不足のなかで始まったドラマはまさに砂漠に水だった。

東村アキコの漫画を原作に、有名な明智小五郎ではなく、大手デパートの社長のお坊ちゃんで探偵の明智五郎の推理劇。美食家と言いつつ、ちくわの磯辺揚げが好きという不思議な人物で、助手の小林苺(小芝風花)は料理の腕はいいもののドジっ子。このふたりが中心になった「TRICK」などに代表されるライトコメディ調のミステリーかと思ったら、小池栄子演じるマグダラのマリアという美しき殺人鬼との因縁劇が濃密に繰り広げられていきそうな予感。中村は明智五郎の育ちの良さと頭の良さを、飄々としてつかみどころのなさとして演じている。こういうとらえどころのない役が中村倫也に合っている。言ってみれば、中村倫也によって明智五郎こそが“ミステリー”になっている。

以前、中村について、その声が魔法をかけると書いたことがあるのだが、「おうちパスタをかるだけ♪」とCMで歌うその声もそうで、中村のささやくような声は実体にベールをかけてあやふやにしてしまうのである。受け手としては、ぼやけている分、自由に想像をふくらませることができる。昔の人気俳優というと、強烈なキャラクター性やメッセージ性をもって、見る者をぐいぐい引っ張っていく人物が多かった印象があるが、中村倫也はその逆。見ている者の好きなようにいくらでも変化する。新時代の人気俳優だと思う。

猫の可愛さすら自分の魅力に取り込んだ「半分、青い。」でのまあくん


デビューは2005年。以後、気鋭のバイプレイヤーとして着実にキャリアを積んでいた中村が、突如、中心を担う俳優として舞台の中央に躍り出たきっかけ(要するにブレイク)は、朝ドラこと連続テレビ小説「半分、青い。」(18年)である。主人公・鈴愛(永野芽郁)の幼馴染・律(佐藤健)の友達で、自覚なく女性関係にだらしない人物まあくん(浅井正人)を、中村倫也はともすれば女性の敵になりそうないやな感じを徹底的に回避して、女性が彼に惹かれてしまうのは無理もないという大いなる説得力をもって演じた。

初登場で、猫を肩に乗せていたことも大きかった。猫の可愛さすら自分の魅力に取り込んだという作戦勝ちである。まあくんは北海道なまりを隠すために、短いセンテンスしか言わないという策士設定でもあった。これは脚本家の北川悦吏子の圧倒的なキャラ作りのセンスの良さによるもの。彼女は俳優に当て描きする作家で、そういう作家にイマジネーションを沸かせることができる魅力が中村倫也にはあるということでもある。「鈴愛ちゃん、金魚みたい。近くまで来たと思うとすっと逃げちゃう」というセリフを北川はまあくんに書いているが、中村倫也がまさに「金魚」だと思う。

「半分、青い。」の次にファンを喜ばせたのは「凪のお暇」(TBS系/19年)で演じた“メンヘラ製造機”と異名を持つゴン。この役は、瞬間、瞬間、心地よく過ごすことを大事にしているため、出会った女性を誰もかも喜ばせ、その気にさせてしまう罪な人。ほら、やっぱり、中村倫也の得意な役は、女性が好みに解釈できる蜃気楼のような人物なのである。とはいえ、それだけではないのが中村倫也。



いろんな役ができて、ゆるふわ系、もてなし系のモテ男子はそのひとつでしかない


「美食探偵〜」が放送される直前、中村はその宣伝としてトーク番組「おしゃれイズム」(日本テレビ系)に出演して、過去の出演作から6変化を見せていた。やがて「アラジン」の歌を紅白で披露する(19年)兆しを感じさせるような声を出す、映画「やるっきゃ騎士」(15 年)、舞台「恋の骨折り損」(07年)を思い出させる女装をするドラマ「お義父さんと呼ばせて」(16 年)、福田雄一の笑いの世界にハマるドラマ「スーパーサラリーマン左江内氏」(17年)、凄い形相の映画「孤狼の血」(18年)、「半分、青い。」(18年)、再び福田雄一作、「今日から俺は!!」(18年)が紹介されていて、「半分、青い。」のまあくん以外は、ヤンキーとかヤクザとか頼りなさそうな警官とか、あえてモテ男子ふうでない役を選んでいるように感じた。

つまり、いろんな役ができて、ゆるふわ系、もてなし系のモテ男子はそのひとつでしかないという表明だろう。5月15日公開予定の4年ぶりの主演映画「水曜日が消えた」は、曜日ごとに入れ替わる7人の人物を演じ分ける作品。中村倫也の真骨頂になるに違いない。


その後も「サイレントトーキョー」(20年暮れ公開予定)など公開待機作が並ぶ。そのなかで宮沢賢治を中村が演じ、妹トシを「凪のお暇」の黒木華が演じる舞台「ケンジトシ」の上演が6月から延期になったことは残念である。とはいえ中止ではなく延期であることにホッとしている。宮沢賢治の詩「永訣の朝」を中村のあの声で朗唱したらさぞや想像が膨むことであろう。かたかな文字と中村倫也の声は似合うと勝手に思っている。そういう場面があるといいなあとこれまた妄想が止まらない。
(文/木俣冬、イラスト/おうか)