民間機のシミュレータでは用のなさそうな機能だが、戦闘機のシミュレータでは「通信対戦」を導入する事例が増えている。なんだかゲームの話みたいだが、実際にそうなのだから、こう書くしかないない。

○なぜ通信対戦が必要なのか

民間の機体は基本的に単独で飛ぶものだが、軍用機、とりわけ戦闘機は事情が違う。最低2機が単位となって動くことになっているだけでなく、戦闘機のみならず他機種も交えたパッケージを構成することもある。

また、空戦の訓練を行おうとすれば、少なくとも1対1の合計で2機分が必要になる。最小単位が2機という考え方を敷衍するなら、少なくとも2対2の合計4機分になる。

そこで、従来はスタンドアロンで動作していた戦闘機用のシミュレータをネットワーク化して、相互にデータをやりとりしながら運用する形態が考え出された。

同じ施設の中で、編隊長と僚機(ウィングマン)がそれぞれ別個のシミュレータに乗り込んで、一緒に飛ぶ訓練を行う使い方だけでなく、その2基のシミュレータ同士で通信対戦させる訓練もできる。

それだけでなく、離れた場所にある基地同士でシミュレータをネットワーク化すれば、従来は実際に機体を現地に持っていかなければ実現できなかった訓練も、シミュレータで実現できる。たいてい、機種ごとに別々の基地に配備しているものだから、パッケージを構成して任務飛行を実施する訓練では有用性が高い。

日本の国土の広さだとピンと来ないもしれないが、アメリカみたいに国土が広く、その広い国土の各地に基地が散在していると、通信対戦のメリットは大きい。例えばの話、東海岸の戦闘機基地と中部の爆撃機基地と西海岸の戦闘機基地で、シミュレータを連接して一緒に訓練することもできる。

米空軍では、このシミュレータによる通信対戦のためのネットワークをDMON(Distributed Mission Operations Network)と呼んでおり、各地の基地に設けた訓練施設「MTC(Mission Training Center)」をつないでいる。

ミシガン州にあるアルペナ戦闘準備トレーニングセンターで演習「Northern Strike 19」を行っている兵士 写真:米国空軍

○実現は意外と難しい

口でいうのは簡単だが、シミュレータ同士をネットワーク化して通信対戦を行おうとすると、スタンドアロンで動作していたときとは異なる課題ができる。単に、回線をつなげば問題解決、なんていう単純な話では済まない。

その一例がビジュアル装置。例えば、2基の戦闘機用シミュレータを連接して「通信対戦」を行う場合、その2機の戦闘機は同じ戦闘空間に位置して、相互に有利な位置を取り合うことになる。

もしも2機が対進、つまり向かい合って急速に接近する場面になれば、互いに相手の機体が前方からやってくるのが見えなければおかしい。また、2機が編隊飛行中の編隊長とウィングマンなら、ウィングマンの斜め前に編隊長機が現れないとおかしい。そういった映像をビジュアル装置に正しく反映させないと、リアルな訓練にならない。

ということは、「通信対戦」に加わるすべてのシミュレータについて、パイロットが行った操縦操作を反映させる形で、緯度・経度・高度・針路・速度のデータをリアルタイムで更新するだけでなく、シミュレータ同士でやりとりしなければならない。

そのデータを受け取った側のシミュレータは、それを遅滞なくビジュアル装置に反映させて、相手の機体を画面上に描き出す必要がある。しかも、どちらの機体もけっこうなスピードで動いている(という想定)だから、ノロノロと描画していたのでは仕事にならない。

そうなると、シミュレータ内部の処理を遅滞なく行うだけでなく、同じネットワークに参加しているシミュレータ同士の通信でも、レイテンシを抑えなければならない。これは難しい課題ではないか。

○実物とシミュレータの一体化

といっていたら、さらに難度の高そうなテクノロジーが出てきて、すでに実用になっている。それがLVC(Live, Virtual, and Constructive)。字面だけ見ると何のことかと思うが、要は、実物とシミュレータを連接して一体のものとして動かすのである。

と書いただけではピンと来ないかもしれない。例えば、こういうことだ。

陸上自衛隊の富士総合火力演習では近年、当節のトレンドに合わせて「島嶼奪還」というシナリオを掲げている。そして、途中で「支援のために航空自衛隊のF-2戦闘機が駆けつけてきました」とやることもある。この場合、ちゃんと本物のF-2戦闘機が飛んでくる。

航空自衛隊の戦闘機「F-2A/B」 写真:航空自衛隊

では、LVC環境だとどうなるか。同じように、地上軍が演習場に出て、実際に演習場を這いずり回りながら戦闘訓練を行う。そこに空軍の戦闘機が支援に駆けつけてくる……のだが、そちらは離れた場所にある基地のシミュレータから参加する。

シミュレータに乗り込んだパイロットが、戦闘機の操縦や兵装投下といった操作を行うと、その情報がネットワーク経由で演習場にも伝えられる。すると、実際には戦闘機は飛んできていないけれど、戦闘機による対地攻撃で敵軍がダメージを受けた(ことになる)。どの程度のダメージになるかは、戦闘機のシミュレータでパイロットが行った操作に応じて決めることになるだろう。

ただ、ネットワークで伝達できるのは「兵装を投下して、これだけの成果があった」という情報だけだ。リアリティを増すには、演習場で兵装投下に合わせて火薬をドカンとやるぐらいのことは必要かもしれない。

ともあれ、本物の訓練とシミュレータ訓練をネットワーク経由で連接して、見かけの上ではすべて同じ戦闘空間内で任務に就いていることにする。それがLVCだ。すでに米軍などでは、このLVCを使った訓練を行っている事例がある。

データ管理はとても面倒そうだが、運用するのにおカネがかかるパート、あるいは担当の部隊が離れたところにいるパートでも、シミュレータとネットワークで通信参戦できるメリットが買われている。

著者プロフィール

○井上孝司

鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。

マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。