1993年〜2019年Jリーグ
『私のMVP』〜あの年の彼が一番輝いていた
第8回:2011年のレアンドロ・ドミンゲス(柏レイソル/MF)

 2011年は、今年で28年目を迎えるJリーグの歴史の中でも、異例のシーズンだった。

 サッカーファンが胸を躍らせる開幕戦を終え、また長いシーズンが始まったと思っていた矢先、第2節を迎える直前の3月11日に東日本大震災が発生。Jリーグを含めた各種スポーツイベントが、やむなく中断することを強いられたからだ。


2011年、J1昇格年度に優勝した柏レイソルの中心として活躍したレアンドロ・ドミンゲス

 結局、約1カ月半を経て、なんとかリーグを再開するまでに漕ぎつけたわけだが、そのシーズンの最後に笑ったのがJ1昇格組の柏レイソルだったことも、長いJリーグの歴史の中では異例の出来事だった。

 昇格1年目のチームがJ1優勝を果たした例は、それまではなかった(のちの14年ガンバ大阪と2例のみ)。しかも柏にとっては、それがクラブ史上初となるJ1優勝だったのだから、これ以上の異例はないだろう。

 そんなシーズンに年間MVPを受賞したのが、柏の司令塔として別格の存在感を放っていた当時27歳のレアンドロ・ドミンゲスである。

 そのプレーぶりは、まさにフィールドの王様だった。多彩かつ精度の高いキックを駆使しながら、神出鬼没な動きでライン間に顔を出したかと思えば、すかさず魔法のようなボールタッチから正確無比のパス供給でチャンスを構築。幾度となくネットを揺らした直接フリーキックも大きな武器ではあったが、それ以上に光っていたのが、空からフィールド全体を把握しているかのような視野の広さだった。

 それでいて、スピードとデュエルの強さに加え、ドリブルやシュートのクオリティも高く、一般的な司令塔のイメージよりもアタッカー的なタイプだったことが、相手にとってはやっかいだった。一瞬でも目を離せば、あっという間にディフェンスラインを壊滅状態に追いやられるからだ。

 また、レアンドロ・ドミンゲスの功績として見落とせないのが、伸び盛りの若手選手たちをピッチ上で一人前に育て上げたことだろう。とりわけ、そのシーズンのベストヤングプレーヤー賞を受賞した右サイドバックの酒井宏樹(マルセイユ)の急成長は、レアンドロ・ドミンゲスの存在なくして語れない。

 のちに酒井が得意とした「前線にボールを預けてからの攻撃参加」は、そのタイミングといいアングルといい、レアンドロ・ドミンゲスのレッスンによって手に入れた大きな武器と言っても過言ではないだろう。

 2010年、当時J2だった柏に加入したレアンドロ・ドミンゲスは、初年度から違いを見せつけて32試合で13得点を記録し、J2優勝の立役者となった。そしてJ1初登場となった2011年は、ジョルジュ・ワグネルという相棒を得たことでその威力が倍増。イエローカードを受ける場面も目立ったが、30試合15得点の活躍でチームを初優勝に導いた。それも含めて、間違いなくクラブ史上最高の背番号10番だった。

 2014年、柏から名古屋グランパスに移籍したレアンドロ・ドミンゲスは、2016年に古巣ヴィトーリアに移籍。母国で2年を過ごしたあと、2017年に再来日を果たしてJ2横浜FCに加入した。そして2019年には横浜FCのJ1昇格に貢献し、36歳になったレアンドロ・ドミンゲスは再びJ1の舞台に登場することになった。

 奇しくも、新型コロナウイルスの影響により第2節以降が中断されることになった今シーズンのJリーグ。その異例のシーズンが再開されたあかつきには、年輪を重ねたフィールドの王様が再びJリーグの歴史を塗り替えるかに、注目せずにはいられない。