湘南ベルマーレ・岩崎悠人インタビュー@前編

 新型コロナウイルスの影響により、Jリーグが中断して久しい。だが、岩崎悠人の表情を見れば、加入した湘南ベルマーレで充実した日々を送っていることは、ひと目でわかった。


今季から湘南ベルマーレの一員となった岩崎悠人

「新型コロナウイルスの感染拡大で、ニュースに目を向ければ苦しいことやつらいことも多いですけど、自分自身はリーグが中断している間も新しい発見の連続なので、ポジティブに捉えることができています。ベルマーレは若い選手も多いので、自分の色が出しやすいというか。

 練習中にほかの同世代がいいプレーをしていると、『自分も』って奮い立たせられる。とくに(齊藤)未月は戦う選手なので、そうしたプレーを見ると、もっと自分もやらなければって毎回思います。本当にいい仲間のいるチームだなって感じています」

 現在21歳。東京五輪世代でもある岩崎は、今シーズン、北海道コンサドーレ札幌から期限付き移籍で湘南に加入した。


 2020年の初陣となったルヴァンカップの大分トリニータ戦では、2トップの一角として早くも先発出場。続く浦和レッズとのJ1開幕戦、右サイドで起用されたことには驚いたが、メンバー入りすると後半37分から途中出場した。

「ルヴァンカップでは先発しましたけど、そのあとのJ1開幕戦にスタメンで出られなかったことは、正直すごく悔しかったですね。敏さん(浮嶋敏監督)からは、トップでも起用したいし、ワイドでも使いたいと言われていて、中断期間中に行なった練習試合でも何度かワイドでプレーしました。

 今はできるかどうか、試されているのかなとは感じています。そういう意味では、自分のプレーの幅を広げるためにも、いい期間になっていると思います」

 それは岩崎にとって、失いかけていた自信を取り戻すための時間でもあった。

「本当に苦しかったですね……」

 京都サンガから札幌へと移籍した昨シーズンについて触れた時だった。

「全然、試合に出られなかったんですよね。前線の3枚は強烈な力を持った選手でしたけど、そこに自分が絡んでいけなかったというのが、すごく情けなくて……」


 京都橘高校時代からストライカーとして全国高校サッカー選手権で名を馳せ、育成年代の日本代表にも早くから選ばれてきた。2017年に京都で迎えたプロ1年目からJ2で35試合に出場。2年目の2018年も33試合でピッチを踏んだ。

 ところが昨シーズン、意を決して移籍した札幌では、先発どころか、出場機会すらろくに得られない日々が続いた。

「初めての挫折だったか」と聞けば、岩崎は大きくうなずく。

「だって、試合が来るのが嫌でしたもん。今までは出場した試合のなかで、これができなかったとか、こうすればよかったという悩みだったので、それ以前の悩みというものはなかったんですよね」

 なんとか自分を鼓舞して前進しようと取り組んだことで、夏場には手応えを感じたこともあった。それでも、岩崎に出場機会が巡ってくることはなかった。

「練習に100%の力で取り組もうとしていましたけど、やっぱり人間なので、なかなか難しい時期はありました。100に保とうとすることに必死だったので、自分のプレーに対して向き合うとか、そこまでの余裕がなかったんです」


 どうすれば試合に出場することができるのだろうか。どうすれば評価されるのだろうか。

 自問自答する日々が続いた。チームに適合することばかりを考え、自分の特徴や個性を活かすことを忘れかけていた。

 岩崎は、初めての経験にもがき苦しみ、いつしか自分自身のプレーを見つめ直す余裕すらなくなっていたのである。

 当然、そこには東京五輪への焦燥もあった。

「焦りは……ありましたね。札幌では菅(大輝)だけ代表に呼ばれていたので。それに、新しい選手もどんどん出てきて、大学生でも試合に出ている選手が呼ばれていたし、試合でも起用されていましたからね」

 2017年10月に森保一監督が指揮官に就任し、東京五輪への強化が本格的にスタートしたチームにおいて、岩崎はいわゆる”常連”だった。

 森保監督が自ら率いた2018年のAFC U−23選手権では3試合に先発。同年8月のアジア競技大会でも、準々決勝のサウジアラビア戦で2得点を挙げるなど、着実に実績を積み重ねてきた。


 だが、2019年になり、札幌で出番を失っていくのと並行して、U−22日本代表からも声がかからなくなっていった。

「あ〜、やっぱり試合に出ないと呼ばれへんよなって感じでしたよね」

 時に自暴自棄になることもあったが、そんな岩崎を奮い立たせてくれたのが、身近な人たちの存在だった。

「家族やマネジメントをしてくれている担当の人、パーソナルトレーニングをしてくれているトレーナーの人たちが札幌まで来てくれて、その人たちに会うたびに、もっとがんばらなきゃいけないなって思ったんですよね」

 札幌の地でひとり生活する岩崎を励まそうと、家族も頻繁に足を運んでくれた。母親がひとりで訪ねてくることもあれば、両親、さらには祖母まで一緒に来てくれたこともあったという。

 本当ならば、試合に出て活躍する姿を見せたかった。だが、それが叶わず、「もっとやらなければ」と自分を鼓舞するきっかけになった。

 結果的に札幌で過ごした2019年、リーグ戦では8試合の出場に終わった。舞台はJ2からJ1に変わったとはいえ、先発に至っては一度もチャンスが訪れることはなかった。


「2020年を迎えるにあたって、やっぱり東京五輪もありましたし、1年間苦しんできただけに不安もありました。そのタイミングでベルマーレが自分のことをほしいと言ってくれたので、これはチャレンジしようと思ったんです。

 少しでも試合に絡めれば、(東京五輪への出場も)チャンスがあるかもしれないと常に思ってきた。その時点では、あと半年しかないと。だから、いいスタートダッシュを切って、滑り込みでもいいからメンバーに絡んでいきたいという思いがありました」

 冒頭でも紹介したように、湘南という新天地を踏んだ岩崎は、充実した日々を送っている。同世代が多いチームで、再び競争という刺激を得て、自身の成長を実感してもいる。

「初めての大きな挫折」と表現した札幌での1年は、つらく、苦しい日々だったかもしれない。だが、湘南に来たことでわかったこともあった。

「ミシャさん(ミハイロ・ペトロヴィッチ監督)に教えてもらったことが、無駄にはなっていなかったんです」

(後編につづく)

【profile】
岩崎悠人(いわさき・ゆうと)
1998年6月11日生まれ、滋賀県彦根市出身。2017年、京都橘高校から京都サンガF.C.に入団。2年プレーしたのち、北海道コンサドーレ札幌に移籍する。今シーズンより期限付き移籍で湘南ベルマーレに加入。日本代表にはU−17から世代別代表に選出されている。ポジション=FW。173cm、70kg。