「アップルとグーグルが目指す「濃厚接触の追跡」は、こうして新型コロナウイルスの感染拡大を見つけ出す」の写真・リンク付きの記事はこちら

新型コロナウイルスの感染拡大が世界中で進行するなか、各国の技術者たちはスマートフォンを利用した「濃厚接触追跡アプリ」を稼働させ、感染経路を特定しようと試みている。そしていま、グーグルとアップルがタッグを組み、そうした仕組みを実現しやすくする仕組みをシステムに組み込むことになった。あくまで理論上の話ではあるが、ユーザーのプライヴァシーを保ちながら追跡機能を実現できるという。

グーグルとアップルが珍しく共同プロジェクトの立ち上げを発表したのは、4月10日(米国時間)のことだった。Bluetoothを使って濃厚接触を追跡するアプリの実装に役立つフレームワークを開発するというもので、iOSとAndroidの両方で動作する。5月中旬のリリースを目指して開発が進められており、公衆衛生機関が開発しているアプリと接続可能なAPIを公開する。

公衆衛生機関のアプリは新しいAPIを通じて、ユーザーのスマートフォンが発するBluetoothの電波を利用できる。通信可能距離が約10mというBluetoothの特性を利用して濃厚接触した相手の記録を保存しておき、その相手の感染が判明した際にわかるようにする仕組みだ。感染者と濃厚接触していたとの警告が届いた段階で、ユーザーは自己隔離に入ったり、検査を受けたり、何らかの対応策をとれる。

日常生活を取り戻すために

このシステムではユーザーの位置情報を記録しないことはもちろんのこと、個人の特定に結びつくいかなるデータもサーヴァーに残さないとグーグルとアップルは強調している。共同プロジェクトの広報担当者は、『WIRED』US版の取材に対して「いま世界は未曾有の危機に見舞われています」と語ったうえで、次のように説明する。

「スマートフォンのプラットフォームを担う両社としては、市民に日常生活を取り戻してもらうにはどうしたらいいか、また社会が日常業務にうまく復帰できるようにするにはどうしたらいいか、さまざまな方策を考え検討してきました。両社のプラットフォームで共通して使える追跡の仕組みをデジタル技術で構築すれば、公衆衛生当局と協力して濃厚接触の追跡を大規模に展開できます。しかも、プライヴァシーを守りながらです」

アップルはソフトウェアとハードウェアの両方を自社の配下に置いているので、システムの改変も比較的容易に実施できる。これに対してグーグルのAndroidは、多彩なハードウェアメーカーが参画する非単一的なエコシステムだ。グーグルは、Android 6.0以上のシステムが動作するデヴァイスならどれでも実行できるようにフレームワークを設計し、「Google Play ストア」を通じて配布する予定だという。Google Play ストアを通せば、ハードウェアメーカーの同意を取り付ける必要はない。

マサチューセッツ工科大学(MIT)、スタンフォード大学、シンガポール政府やドイツ政府など、Bluetoothを活用した同種の濃厚接触追跡システムを開発している機関はいくつかある。なかには実装にこぎ着けたところもある。

グーグルとアップルは、具体的にどの団体あるいは政府組織と協力関係にあるかについては明言を避けている。だが両社によると、OSレヴェルのAPIを開発すればアプリをもっと効率的に実行できるうえ、大幅な省エネルギーにもつながるという。何より重要なのは、スマートフォン市場を寡占する2つのプラットフォーム間で相互運用が可能になる点だ。

自動生成される識別コードを活用

5月にリリースされる予定のシステムでは、OSレヴェルのBluetooth追跡機能が使えるようになる。ユーザーが濃厚接触追跡アプリをダウンロードしてシステムの利用を許可することで、Bluetoothによる接近検出システムが動作する。ユーザーのスマートフォンは、周囲に向けてBluetoothの無線信号をソナーのように発信し始めると同時に、近くのスマートフォンからの電波に応答できるよう待機モードに入る。

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2台のスマートフォンがBluetoothによる通信の範囲内に数分以上とどまっていれば、それぞれが固有の識別コードを生成する。このコードは毎回変更される仕様になっており、デヴァイスに保存されている「キー」に基づいて生成される。公衆衛生当局が提供するアプリの開発者は、その時点で得られている新型コロナウイルスの感染拡大の状況に基づいて、「濃厚接触」と定義すべき距離や時間の数値を変更できる仕組みだ。

もしユーザーが新型コロナウイルスに感染していると診断されたら、アプリの画面をタップしてその事実を申告する。こうしてアプリは直近2週間の「キー」群をサーヴァーにアップロードし、サーヴァーはキーに基づいて探し出した識別コードをほかのスマートフォンに送信する。その識別コードがほかのユーザーのスマートフォンに保存されている他者のコードと一致した場合は、濃厚接触の可能性があるとアプリが判断し、そのユーザーに対して感染拡大を防ぐためのアドヴァイスを表示する。

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第三者には個人を特定できない

このシステムは位置情報を収集せずに済むので、プライヴァシー保護の観点からメリットがある。「(この方法なら)個人情報と濃厚接触とが、ひも付けられることがありません」と、スタンフォード大学のコンピューター科学者であるクリスティーナ・ホワイトは言う。

ホワイトは、同じようにBluetooth技術を活用した濃厚接触追跡プロジェクト「COVID Watch」を率いている。『WIRED』US版の取材に応じていたホワイトは、次のように語る。

「アプリが個人情報の代わりにアップロードするのは単なるランダムな番号ですが、これにより2台のスマートフォンをあとから特定できるようになります。この番号はスマートフォンの内部にローカルに保存されているので、第三者が番号を使って個人を特定しようとしてもできません」

だが、こうしたBluetooth方式の追跡システムは、これまで大きな壁に直面していた。アップルがiOSに制限をかけることで、バックグラウンドで稼働するアプリがBluetoothを無制限に利用できないようにしていたのだ。これはプライヴァシーの保護と省エネルギーを考慮した措置だった。

ところがアップルは今回、濃厚接触を追跡するアプリに限ってその規制を撤廃する。アップルとグーグルはスマートフォンのバッテリー駆動時間を考慮して、最小限度の電力しか使わないようにするという。「このアプリは24時間ずっと休むことなく稼働するので、消費電力を徹底的に抑える必要があります」と、共同プロジェクトの広報担当者は説明している。

第2弾ではシステムに実装

このシステムの第2弾は6月のリリースが予定されている。アップルとグーグルによると、OS自体にシステムを組み込むことで、アプリをインストールせずにBluetoothを使った濃厚接触の追跡が可能になるという。つまり、スマートフォン同士が識別コードを自動的に交換するようになるわけだ。

もちろん、ユーザーの許可が必要がある点には変わりない。一方、ユーザーが新型コロナウイルスの検査で陽性だったことを申告したい場合、あるいは濃厚接触相手が陽性だったときに通知を受けたい場合は、やはり追跡アプリをダウンロードする必要がある。

Bluetoothを利用したグーグルとアップルのシステムは、GPSの位置情報に基づく追跡システムに比べてプライヴァシー保護の点では圧倒的に優位と言える。これに対してGPS方式を提案しているのは、MIT、トロント大学、マギル大学、ハーヴァード大学などの各研究チームだ。

こうしたGPSを利用したシステムは位置情報を収集するが、複雑な暗号化システムを実装する必要がある。デモ活動への参加や不倫など、ユーザーにとって極めて個人的な動きを収集しないようにするためだ。

プライヴァシーの“落とし穴”

グーグルとアップルの今回の発表からは、そうしたプライヴァシーの“落とし穴”を避けるために、あえて位置情報を収集しないシステムを採用したことが明らかに見てとれる。

「どうやらわたしたちのアイデアが優れていたみたいですね」と、スタンフォード大学のホワイトは言う。ホワイトが率いる「COVID Watch」プロジェクトはBluetooth方式を支持する団体に加盟しており、Bluetoothだけを利用した仕組みの実現を模索していた。「APIの仕様を見ても、わたしたちのプロジェクトの影響を受けていることは明らかです。実装の方法についても、わたしたちの技術者の助言をそのまま採用しています」

だが、Bluetoothだけを利用するからといって、ユーザーのプライヴァシーを侵害しないとは限らないと、ホワイトは指摘する。グーグルとアップルはユーザーのスマートフォンから匿名の識別コードしか収集しないというが、サーヴァー上でIPアドレスなどの情報と組み合わせることで、新型コロナウイルスに感染しているユーザーを特定できるかもしれない。

アプリを運用する公衆衛生当局も、責任ある使い方をしなければならない。「サーヴァーにどういった機能を組み込んでくるのか、まだ明確ではありません。そこが非常に重要なのです」と、ホワイトは言う。「きちんと節度ある使い方がされるように、そしてサーヴァーが集めるべきではない情報を集めないように、これからも目を光らせていく必要があります」

実用上の課題も

Bluetooth方式の追跡技術を採用したところまでいいとしても、アプリには実用上の障壁がまだ立ちはだかっている。新型コロナウイルスの感染情報を共有するネットワークが機能するには、かなりの数のユーザーがアプリをインストールし、この仕組みの利用を許可していなければならない。

また、医療機関で正式な判定を受けたあとでなければ感染を申告できないようにする仕組みも必要になる。これは偽陽性の申告が集中してシステムを崩壊させないためだ。例えば「COVID Watch」プロジェクトの場合は、医療機関が発行する確認コードを入力する方式になっている。

Bluetooth方式のシステムには、GPS方式と比較して固有の弱点もある。例えば、もし誰かが物体の表面に新型コロナウイルスを付着させてしまったとしたら、スマートフォンの記録では濃厚接触がなくても、ウイルスに触れて感染してしまうかもしれない。

グーグルとアップルの共同プロジェクトの広報担当者は、その可能性について否定はしていない。だが、そうした「環境からの感染」は、濃厚接触による人から人への感染と比べて相対的に件数が少ないと説明している。「確かに、このシステムはあらゆる感染経路を遮断することはできません。それでも十分な数の経路を遮断すれば、感染拡大の勢いを落として流行曲線を平坦化する十分な効果があります」

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