北朝鮮が「感染者ゼロ」と豪語する裏の事情
平壌でも消毒作業など防疫が徹底して行われている(写真:aflo)
世界規模で新型コロナウイルスが拡散している中、「感染者なし」とアピールする国が、日本のすぐ近くにある。北朝鮮のことだ。2020年4月1日、北朝鮮における防疫部門のトップといえる国家衛生検疫院のパク・ミョンス院長は外国メディアに対し、「現在までわが国では新型コロナウイルスによる感染者は1人もいない」と述べた。
これに対し、在韓米軍のロバート・エイブラムス司令官は「(感染者ゼロという)そのような主張は不可能だ」と反応。エイブラムス司令官は3月中旬にも「北朝鮮には感染者がいると確信している」と断言したことがある。3月下旬には、新型コロナウイルス感染症による死者が100人になったという報道も流れるなど、北朝鮮側の主張には大きな疑問符がついたままだ。
隔離者数は7000人を超えた
新型コロナウイルスの発信源である中国と長い国境を接する北朝鮮の行動は、他国と比べて早かった。2020年1月下旬には国境を封鎖した。2月に入ると鉄道・航空便を停止。内・外国人を問わず、外国からの北朝鮮入国者を隔離する措置をとった。これは平壌に駐在する外交官についても同様であった。北朝鮮メディアも「医学的監視対象者が7000人いる」と報道したことがある。この「医学的監視対象者」とは、外国から帰国した者や外国人と接触した者であり、感染者のことではない。
新型コロナウイルスの拡散前には、中朝国境は北朝鮮の生命線として機能していた。北朝鮮の貿易額全体の9割近くを占める中国と活発な貿易活動が行われ、少なくはない人たちが往来していた。そのため、貿易関係者の中に感染者がいる可能性は高い。それでも北朝鮮は「感染者はゼロ」と言い続けてきた。
北朝鮮メディアは連日、全国の工場や企業所での新型コロナウイルス対策を紹介している。1月下旬から2月ごろまでは、手洗いやマスクの使用方法などを紹介する内容もあった。その成果があったのか。「3月に入って隔離期間の1カ月が過ぎたころから、北朝鮮はある程度、感染防止に自信を持ったのではないか」(韓国の北朝鮮研究者)との見方も出てきた。
実際に、最高指導者である金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は軍事施設の現地指導をマスクをつけずに行い、3月20日には日本の国会に当たる最高人民会議を4月10日に開催することを決定した。最高人民会議は定数687人で、北朝鮮のすべての国権を統括する最高主権機関であり、全国から代議員たちが平壌に集まってくる。人の移動による感染の拡散が当然心配されるが、それでも開催するということは、感染の封じ込めに対する自信がうかがえる。また3月下旬ごろ、中朝国境での人的交流の停止を続けているものの、物資の搬入を再開したという話も流れている。
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この時期、新型コロナウイルスの拡散は北朝鮮にとって思わぬ幸運となったのかもしれない。その最たるものが、米韓合同軍事演習の中止だ。毎年春に実施されている軍事演習だが、北朝鮮はこれを安全保障上の最大の脅威とし、これに対抗するために国内でも相応する態勢をとっていた。これは北朝鮮側には人的、経済的な大きな負担となっていた。
新型コロナ拡散は北朝鮮には好機にもなる
さらに、北朝鮮に対するアメリカ主導の経済制裁が続いているが、新型コロナウイルス対策という人道的な理由で、医療支援品を北朝鮮に対する制裁対象品目から解除するという動きがアメリカのトランプ政権から出始めた。北朝鮮にはすでに、ロシアや中国、国際民間支援団体などから診断キットや防護服、消毒剤などが途切れることなく搬入されている。とはいえ、トランプ政権の動きを契機に、北朝鮮にとっては膠着する米朝、南北関係の突破口を開けようとすることは十分にありうる。人道に関わる物資を中心に、重くのしかかる経済制裁の緩和を狙う可能性がある。
一方で、新型コロナウイルスの拡散による世界経済の悪化は、北朝鮮にも悪影響を及ぼす。北朝鮮の貿易構造をみると、これまで最も重要な輸出品目は石炭や鉄鉱石などの地下資源の輸出だ。公式的にはこの数年、これら地下資源の輸出は減少してきたが、それでも取引はなされてきた。しかし、今回のコロナ感染拡大で世界の経済活動が萎縮すれば、これら地下資源の需要も減り価格も下落する。また、北朝鮮は外国へ労働者を派遣しているが、彼らの賃金が下落し、職自体も減る可能性が出てくる。外貨収入源が細るしかない、ということだ。
北朝鮮もこのような状況を厳しく認識しているからこそ、「正面突破戦」をスローガンに、連日、自国民に経済活動の活性化を訴えている。「正面突破戦」とは、2019年末の朝鮮労働党中央委員会第7期第5回総会で明らかにされた「北朝鮮を取り囲む難局を有利な状況へと変化させるための革命的な闘争戦略であり、前進していくための方法」とされている。このため、「自力更生」を訴え、自国の物的・人的資源を有効に活用して外交・経済的難関を克服していこうと、国営メディアを中心に国民を鼓舞しているのが現状だ。
そのような取り組みが生み出した成果を、北朝鮮側もアピールしている。だがそれは、裏返してみると、問題解決がまだ不十分であるからこそ、一部の成果を取り出してさらなる改善を促しているということだ。中国の感染状況が落ち着いてくれば、北朝鮮との交流が再び活発化するだろう。それが北朝鮮の動きによい影響を与える可能性はある。ただ、それがいつになるかはまったく見えない。
4月10日の最高人民会議で何が話し合われ、どのような方向性が打ち出されるか。今年の北朝鮮の動きを予測するうえで、一つの節目になりそうだ。