コンサドーレ札幌の全選手が、クラブ側に給与の減額を申し入れた。

 新型コロナウイルスの感染拡大が世界的に広がっていくなかで、ヨーロッパや南米のクラブがサラリーを減額したとか、選手がポケットマネーから寄付をするといったニュースが伝えられてきた。サッカーだけでなくその他の競技の世界的なアスリートも、寄付や支援に動いている。
そもそも「寄付」という行為が、欧米は日本より身近だ。自然災害などが発生するたびに、スポーツ選手や著名人が被災地や被災者に素早く手を差し伸べる。

「困っている人がいたら助けること」については、日本人だって敏感だ。私たちの日常生活には、小さな親切が溢れている。

 ただ、社会全体が不安に襲われるような事件や災害が起きた際に、欧米の人たちが見せる反応の速さには感心させられることが多い。「誰かがやるから自分も」ではなく、「自分にできることをすぐにやる」という意識が、社会全体に根づいている気がする。政府による緊急経済支援にも、彼我のスピード感の違いがはっきりと表れている。

 スポーツ選手は公人としての影響力を持つ。その行動は年齢や性別を問わずに、気づきを与えることにつながる。地域社会の励ましにもなる。

 スポーツ選手の思いが共感を呼んで地域に広がっていったり、助け合い、支え合いの気持ちが育まれていったりもする。自分にできることを、一人ひとりが考えるきっかけとなる。

 札幌の選手たちが返上するお金は、ひとまずクラブの財政の手助けになるだろう。クラブがしっかりと存続することで、地域貢献や地域密着が継続的に可能となっていく。地域に分かりやすく還元されないとしても、確かな価値があるのは間違いない。

 Jリーグは4月25日にJ3開幕を、5月2日にJ2の再開を、5月9日にはJ1の再開を目ざすことを白紙撤回した。私たちの日常生活にJリーグが戻ってくるのは、早くても5月下旬から6月上旬と見られている。東京での急速な感染拡大を目の当たりにすると、それさえ楽観的な見通しに思えてくる。
 
 感染拡大がひとまず収束しても、警戒を緩めることはできない。スタジアムや練習場での対策も、継続して行われていくはずだ。専門家が語っているように、新型コロナウイルスとの格闘は長期戦となる。

 札幌がやったのだから他のチームの選手もやるべき、とは言わない。サッカーがやったのだから野球やラグビーも動くべきだ、などとも言わない。大切なのは寄付することではなく、その金額の多寡でもなく、感染拡大の防止策を続けていくことである。

 新型コロナウイルスの感染者を出さないことも、出てしまったとしても最小限に止めることも、いまこの時点で考えられるスポーツの社会貢献と言うことができる。自分あるいは自分たちにできることをやる。一度だけでなく、何度もやっていく。札幌の選手たちの動きから、そんな思いが広がっていったらいいと思う。