「N-BOX」オーナーの筆者が参加した新型「フィット」の試乗会(筆者撮影)

国内累積販売台数269万台(2020年1月時点)を誇り、いまだ180万台が保有されているという「フィット」は、2020年2月14日にフルモデルチェンジを実施し、第4世代となった。初期受注は、月販予定1万台に対して2万4000台を達成。そのうち7割が、新搭載の2モーター式ハイブリッド「e:HEV」搭載モデルだという。価格は1.3リッターガソリンエンジンが155万7600円〜、e:HEVが199万7600円〜だ。

対する「N-BOX」は、軽自動車として2015年から5年連続、登録車を含めた総合ランキングでも2017年から3年連続の販売台数No.1を誇る。今、日本で最もたくさん売れているクルマだ。価格は「G (ホンダセンシング非装着仕様)」の133万9800円〜。


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筆者は2019年3月末、N-BOXの新車を購入している。そんなN-BOXユーザーの目線で、新型フィットを見た場合、どう感じるのか。また、ホンダにとって国内販売の要である2車について、メーカーはどう考えているのか。

それを確かめるため、ホンダが2月下旬に千葉県内で開催した新型フィットの報道陣向け試乗会に参加した。ところが……。

メーカーが考える「車格」とユーザーの購入動機は違う

試乗会でフィットの開発関係者に「N-BOXとは(商品の方向性が)まったく違う」とあっさり言われてしまった。

たしかに、コンパクトカーと軽ハイトワゴンを同じテーブルの上で比較することは、エンジニアにとって意味がないことかもしれない。決して、比較すること自体を否定しているのではないが「車格では当然、フィットが上だ」という作り手の思いが優先していた。

一方、ユーザー目線では、フィットとN-BOXは、同格になりうるクルマだ。


筆者が所有する「N-BOX G EX ホンダセンシング」。ハンドル式車いす「モンパルML100」を搭載(筆者撮影)

価格、維持費、そして「日常的な使い勝手」という観点から“手が届く新車”としてどちらを買おうかと迷うのは、当然だと言える。選ぶグレードによっては、価格帯でも同格となる。

そうした、N-BOXユーザー目線で、改めてフィットとN-BOXの違いを考えてみたい。

試乗の前段として、ホンダが商品コンセプトとした「心地よさ」を理解するところから始めた。なにせ、この「心地よさ」なるものが、あまりにもつかみどころがない。新型フィットのテレビCMを見ても、なんだかフワフワして、商品性がつかみにくいと感じていた。

そこでまず訪れたのは、ホンダの青山本社ビル1階「Hondaウェルカムプラザ青山」で開催された「ここちよさ展」(2020年2月13〜28日)だ。


「Hondaウェルカムプラザ青山」(写真:ホンダ

聴覚、視覚、触覚、嗅覚、それぞれのコーナー展示で自分が心地よいと感じるものを2つ選び、用紙に記入。その結果から、志向にあったドリンクを提供するとともに、新型フィットのおすすめグレードを提案してくれる、という催しだ。

全国各地にある科学館などでも、こうした人の感性を考えるタイプのイベントが行われるが、「ここちよさ展」は展示内容も考察に関する裏付けについても、かなりレベルが高かった。

ホンダの本社関係者によると、「ここちよさ展」で用いた手法は、本田技術研究所の感性価値企画室の業務として実際に使っているものから抜粋したという。少々大げさかもしれないが、「ここちよさ展」は筆者自身の“モノの見方”を見つめ直す、いい機会となった。

ただし、「ここちよさ展」が新型フィットの購入動機に直結するかは、個人差が大きいと感じた。

「心地よさ」を感じない…

「ここちよさ展」を体感した直後、会場内に置かれていた新型フィットに触れてみたのだが、カタログにある「心地よい視界であること」「座り心地がよいこと」「乗り心地がよいこと」、そして「使い心地がよいこと」のうち、停止状態ではわからない「乗り心地」を除く3つの「心地よさ」を、直感的に感じ取ることができなかったからだ。


試乗会で撮影した新型「フィット」の運転席からの景色(筆者撮影)

視界については、従来の半分以下の厚さの極細フロントピラーの採用により、コンパクトカーとしては圧倒的に見晴らしがいいのだが、それすらも「心地よさ」という感情をはっきりと抱くことはできなかった。

一方、N-BOXの場合、2011年の第1世代の登場時に初めて実車を見た際、心地よさではなく「驚き」を感じた。ヘッドクリアランスの広さ、ロングシートスライドによるシートアレンジの豊富さなど、当時軽ハイトワゴンの二強だったダイハツ「タント」とスズキ「パレット」の使い勝手のよさにホンダのクオリティーが加わったことが、大きな驚きだった。

話を新型フィットの試乗会に戻そう。

最初の試乗車は、「e:HEV HOME(206万8000円)」。走り出した瞬間、思わず「あっ!」と声が出てしまうほど驚いた。フロントガラス越しの景色が、開放的だったのだ。

フィットのカタログに「乗った瞬間にわかる、圧倒的な見晴らしのよさ」という表記があるが、この“乗った”とは“走った”という意味であることを痛感した。

面白いことに、いったん走り出してしまうと、その後に何度か停止した状態でも見晴らしのよさを実感する。一度も走らせたことなく、単純に運転席に座っただけでは生まれない感覚だ。

一方で、乗り心地や座り心地については「なんとなく……いい」、そんな感じだ。試乗前のプレゼンでは、路面の凹凸に対して運転者の視線が安定する、いわゆるフラットライドを強調しており、たしかにそう感じるが、「はっきり感じる」のではなく「なんとなくよさそう」に感じる。上質な走りではあるが、「驚き」という感情は生まれなかった。

あえてメカニズム感覚を残す「e:HEV」

フィットの歴史を少し振り返ると、2013年に横浜市内で行われた第3世代フィットの新車試乗会では、走り出した瞬間に乗り心地のよさに驚いた。車体を刷新したことで第1世代、第2世代と比べて、圧倒的な差をはっきり体験できた。


新型「フィット」のボディー構造(筆者撮影)

今回の第4世代の車体は、第3世代の改良版だ。広報資料には「フロントサスペンションの振動抑制」「リアサスペンションの大きな段差への突き上げ緩和」、そして「サスペンション保持部を中心にボディーを補強」とある。また、遮音材や吸音材を適材適所に配置しているという。

こうした各種の改良は当然、ハンドリングのよさにも結び付いている。可変ギア比(バリアブルレシオ)のステアリングにより、小さい操舵角ではゆっくり、大きな操作角ではクイックにという広報資料の説明通り、使い勝手はよい。


「e:HEV」のWLTCモードは「BASIC」のFF車で29.4km/L(筆者撮影)

新しいハイブリッドシステム「e:HEV」は、エンジンの存在感を感じるものだった。EV走行からエンジン走行に移行する際の切り替わりは、ほとんどわからないほどだが、高速道路の進入路でアクセルを深く踏み込むと、遮音性は十分によく、エンジンはその存在感を増す。

この点について開発者は「これがホンダらしさ」と説明する。あえて、エンジンが持つ“メカニズム感覚”を乗り手に伝えたいのだと言う。

もう1つ気になったのが、新型ホンダセンシングだ。各機能の中で、車線維持支援システム(レーンキープアシストシステム)の効きが強い。高速道路でも一般道でも、コーナーリング中の介入度合いが大きいように感じた。

画像認識技術に関しては、これまでの「日本電産エレシス(旧ホンダエレシス)」から、日産やマツダと同じく、イスラエルの「モービルアイ」の基本設計に切り替えた。ただし、採用する単眼カメラのメーカーは各社で違う。新型ホンダセンシングはフィットを皮切りに、今後ホンダ各モデルに搭載される。

約2時間、「e:HEV HOME」で市街地やワインディング路、高速道路を走行したが、見晴らしのよさという驚き以外は「なんとなく……いい」、そんな感じだった。


新型「フィット」は「BASIC」「HOME」「NESS」「CROSSTAR」「LUXE」の5グレードをラインナップする(筆者撮影)

次に、1.3リッターガソリンの「HOME(171万8200円)にも約2時間乗った。こちらの結果も「なんとなく……いい」。心地よさという軸足では、e:HEVのほうがいいと感じた。

今回、N-BOXユーザー目線で新型フィットに試乗して感じたこと。それは、はっきり言えばホンダが抱えている「迷い」だ。

N-BOXや「S660」といった、日本専用車の中で際立つクルマの開発は、ホンダにとって得意分野だ。

その走りには、驚きを感じる。ただし、これはコスト度外視ともいえるほどの“技術の深堀り体質”があるためだ。ホンダの八郷隆弘社長は、この体質を今後見直すことを明らかにしている。

世界戦略車のフィットの場合、日本市場においては「心地よさ」というマーケティング戦略で他社との差別化を図った。ところが、新型フィットの開発陣にとって寝耳に水、あっと驚く発表があった。

組織再編でホンダはどう変わる?

新型フィット発売開始の4日後、ホンダ史上で最大級の発表を行った。2020年4月1日付で、四輪事業の運営体制を刷新するというのだ。

これにより、1960年から60年間にわたり続けてきた、本田技研工業(ホンダ社内用語での本社)と本田技術研究所(研究所)の四輪事業での連携体系が終わる。二輪事業では2019年4月1日に本社事業と統合されている。


日本市場でホンダは「N-BOX」に代表される軽とコンパクトカーの販売比率が高い(筆者撮影)

研究所は、過去3年ほどに渡り組織再編を進めていた。そうした中で、感性価値企画室などの知見を生かして、新型フィットの「心地よさ」という商品戦略を練ってきたはずだ。「心地よさ」について、研究所内はもちろん、本社との間でも商品の方向性を共有するため、専用の映像も作成している。

だが、こうしたクルマ本来の価値を超えた「人の生活」「人と社会の関係」にまで踏み込むためには、本社・研究所のみならず、ユーザーとディーラーとの関係性をさらに深める必要があるはずだ。

新型フィットの開発陣としては今回、「心地よさ」という人間の本質である感性を深堀りしたことで、ホンダという組織の中でのさまざまなハードルに直面し、大いに迷ったに違いない。

見方を変えれば、ホンダが次世代に向かうために、新型フィットはよきステップアップボードになっているのだろう。