看護師として働くAさん。精神疾患の既往歴はいっさいなかった(記者撮影)

精神疾患により医療機関にかかっている患者数は日本中で400万人を超えている。そして精神病床への入院患者数は約28万人、精神病床は約34万床あり、世界の5分の1を占めるとされる(数字は2017年時点)。人口当たりで見ても世界でダントツに多いことを背景として、現場では長期入院や身体拘束など人権上の問題が山積している。日本の精神医療の抱える現実をレポートする連載の第3回。

「精神疾患の既往歴などいっさいない自分が、まさか精神科病院に強制入院させられるなんて、夢にも思いませんでした」


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西日本のある県で看護師として働く30代後半の女性Aさんは、6年前にわが身に降りかかった出来事を、「今でも信じられない悪夢のようでした」と振り返る。2014年4月、双極性障害(そううつ病)で以前から入退院を繰り返していた夫の症状が悪化したため、Aさんは当時住んでいた四国地方の精神科病院を訪れた。

その1年前に結婚した夫は、結婚当初から躁(そう)状態になると、「お前に俺は釣り合わない」など暴言を吐く、必要な生活費を渡さないなど、精神的・経済的なDVを繰り返していたという。長男が生まれた後もそれは変わらず、病院に行く数日前にも、夫はまた精神状態が悪化していた。

だが、通院や入院を拒否。躁状態が続く夫への対応に、Aさんは困り果てていたところ、夫はAさんが一緒に行くなら診察を受けると約束したため、病院に同行することになった。

「はい、入院です」

「薬の量を減らしてから、精神状態が悪化しております」。夫と2人で診察室に入ったAさんは、「どうされましたか?」と目の前に座る医師に問われたため、夫の症状を話し始めた。だが、話し始めるやいなや、医師はAさんの話を遮り、思いもよらない一言を告げた。

「あなたのことですよ」

その言葉の意味がわからずAさんが医師に「何のことですか?」と聞き直したところ、医師は「支離滅裂がありますね」「ふわふわしていますね」と矢継ぎ早に言葉を並べた。Aさんが不穏な雰囲気を感じ、「ちょっと話がおかしいので、ほかの医師に診察をお願いできますか」と病院スタッフに話しかけると、この医師は大きなハンコを取り出し、紙のカルテにドンと音を立てて判を押して、こう告げたという。

「はい、入院です」

抵抗する間もなく、両手、両肩を2人の男性看護師につかまれて、診察室から閉鎖病棟内の隔離室へと連れられた。隔離室内ではいきなり鎮静剤を注射されそうにもなった。「夫の診察に付き添ってきただけのはずが、なぜか私が入院、しかも隔離室に入れられたという現実が、当初まったく理解できませんでした」とAさん。医師からは入院の必要性もその形態の説明もなかったが、退院後にカルテの開示を受け、医師が押したハンコに書かれていた入院形態が「医療保護入院」だということがわかった。


Aさんのカルテ。本人への診察はごく短時間で、夫の言い分によって医療保護入院が決められた(記者撮影)

連載第2回「精神病院から出られない医療保護入院の深い闇」(2020年3月1日配信)で詳しく触れたとおり、医療保護入院は精神保健福祉法が定める精神科特有の強制入院の1つだ。家族など1人の同意に加え、同じく1人の精神保健指定医の診断があれば、本人が入院に同意しなくても強制入院させられる。ある人を入院させたいと考える側にとって極めて使い勝手がよい制度で、その件数は右肩上がりに増加を続けている。厚生労働省によれば、2018年度の医療保護入院の届け出数は18万7683件に至っている。

不仲の夫でも「同意権者」に

Aさんの医療保護入院に同意したのは夫だ。自らの強制入院の経験に加え、身内に精神科医のいる夫は、同制度を熟知していた。「夫とその親族が、離婚や息子の親権の取得を有利に進めるために、この制度を悪用したのではないか」とAさんはいぶかる。法律上、夫婦間が係争中の場合などには同意権限は認められないが、この2人のように夫婦仲が悪かっただけでは欠格事由には該当しない。離婚調停を申し立てている場合であっても同様だ。

私物の持ち込みが一切出来ず、布団と便器だけがある隔離室の中で、Aさんがひたすら不安に思っていたのが、引き離された生後9カ月の息子のことだ。「精神状態が悪化した夫のもとに子供を残して、本当に心配だった」。

女性は結局、3カ月後の退院時まで隔離室で過ごした。病院側は「攻撃性、多弁、多動、易刺激性(ささいなことで不機嫌になる性質)が認められた」ことなどを、その理由として挙げる。だがAさんは「必要性や理由が何ら説明されないまま、突然強制的に入院させられ、しかも隔離室に入れられたら、誰だって強く反発するに決まっています」と憤る。カルテなどによれば、診断名は入院中の3カ月間で、統合失調症、双極性障害、自閉症スペクトラム障害、広汎性発達障害などへと、たびたび変遷している。

Aさんは、今は地元を離れ息子と2人で暮らしている。夫とは離婚調停中だ。向精神薬の服用はいっさいしていない。「看護師として精神病床のある総合病院でも働いたことがあり、あんなことがあるまで精神医療はかつてとは比べものにならないぐらいよくなっているものだとばかり思っていました。ですが、実際被害に遭ってわかったのは、健常者でさえも精神医療の被害に遭っている現実でした」。

見知らぬ男たちに突如、連れて行かれた

既往歴もないのに、何の前触れもなく精神科病院に強制入院させられる。そんな経験をしたのはAさんだけではない。

「寝起きでまだ部屋着姿でいたところ、突然自宅に屈強な男が数人上がり込んできて、靴も履けないまま、玄関前に止まっていた車に連れ込まれました。あまりに突然のことで、スマホを持ち出すことさえもできませんでした」

都内在住の50代女性のBさんは、その日のことを鮮明に覚えていると話す。2011年の冬、普段はパジャマ姿のままで娘の保育園の送り迎えをするような夫が、その日はなぜか早朝から着替えて人を待つような様子だったので、不思議に思っていたと振り返る。夫はその数年前に発達障害の1つのアスペルガー症候群と診断されており、夫婦間にはいさかいが絶えなかった。

見知らぬ男たちによって有無を言わせず車に乗せられ、連れて行かれたのが都内の精神科病院だった。ちなみに「民間移送業者」と呼ばれるこの男たちが、いったい何者なのかについては、今後の連載中で詳しく取り上げていく予定だ。

医師のごく短時間の診察で、夫を同意者として、Bさんの医療保護入院が決まった。その後すぐに隔離室へと連行されたのはAさんと同様だ。「アスペルガーの夫は児童相談所や保健所、警察に私が娘を虐待していると巧妙な嘘をついて、それを真に受けた保健所が協力し、事前に入院の手はずを整えていたことが後でわかりました」(Bさん)。夫が事前に、警察や保健所などに入念に根回しをしていたのは、やはりAさんのケースとそっくりだ。

退院後に開示されたカルテによって、ほぼ夫からの情報だけによって、統合失調症の疑いと診断され、医療保護入院が決まった経緯が明らかとなっている。


夫からの一方的情報で、Bさんは統合失調症(Sc)の疑いありとして医療保護入院させられた。東日本大震災の年で、放射能への恐怖は日本中が感じていた時期だ(記者撮影)

結局、5日間の経過観察を経て、「特記すべき精神病症状を認めない」として退院が決まった。「夫は離婚が避けられないなら、子供の親権を取るために私を強制入院させようと画策したようです。もめ事は絶えませんでしたが、まさかここまでやるとは。それに法治国家の日本で本当にこんな拉致・監禁がまかり通っている現実にもショックを受けました」(Bさん)。

DV夫の格好の「武器」に

DV被害者支援と加害者更生に取り組む、一般社団法人エープラスの吉祥眞佐緒代表理事によれば、離婚を有利に進め子供の親権を得るために、この医療保護入院が悪用される事例の相談は、ほぼ切れ間なくコンスタントに寄せられるという。

いま吉祥代表が支援しているのは下記のようなケースだ。首都圏在住の30代派遣社員の女性Cさんは、夫からの数年にわたるDVで不安定となり、精神科クリニックに通院していた。ある時言い争いの末のショックで、精神安定剤などをオーバードーズ(大量服薬)したことで、夫の同意で精神科病院に医療保護入院となった。

入院から3カ月経って、ようやく一時帰宅が許され自宅に戻ると、すでに自宅はもぬけの殻で、夫と子供の行方がわからなくなってしまった。住民票にも閲覧制限がかけられ探す手段がなく、途方に暮れているという。「数日間で出られれば子供を奪われずに済んだはず。医師はその時々の症状をちゃんと診断し、社会での生活能力があれば退院させるべきです。家族の意見ばかり聞くのではなく、本人の意見もしっかり聞いてほしい」(Cさん)。

「DV加害者の夫はたいてい外づらが非常によく、病院関係者だけでなく、行政職員や警察も女性を虐待加害者だと欺く話術を持っている。ヒステリックな妻と穏やかな夫というイメージの演出に長けている」と吉祥代表は実情を語る。

医療保護入院制度は、そんな彼らには格好の「武器」となっている。(第4回に続く)

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