新型コロナウイルスの影響は、サッカー界にも甚大なダメージを与えている。

 今季のJリーグは2月下旬に開幕したものの、3月中の試合は開催延期に。先行きが不透明ななか、先日、村井満チェアマンは4月下旬から段階的にリーグ戦を再開していく意向を示した。


昨シーズンは2ゴールに終わった佐藤寿人

 中断期間は2カ月以上になる。Jリーグがない日常は、サッカーファンにとって耐え難い日々だろう。

 それは、選手にとっても同じかもしれない。試合が行なわれないなかで、いかにコンディションを整え、モチベーションを維持しているのか。選手の本音を探るべく、3月某日、ジェフユナイテッド市原・千葉の練習場に、佐藤寿人を訪ねた。

 今季でプロ21年目を迎える稀代の点取り屋は、3月に38歳となったばかり。見た目はとてもアラフォーとは思えない若々しさを保っているが、「身体的には38歳ですよ」と苦笑いを浮かべる。

 それでも、その表情は晴れやかだった。リーグ戦再開に向けてトレーニングを続けるなか、百戦錬磨のベテランらしく、着実にコンディションを高めているようだった。

「試合がない日常はなかなか経験がないですけど、僕らはこうやってサッカーができるという意味では、恵まれていると思います。ファン・サポーターの方々にとってはサッカーを見るという楽しみが失われていると思いますが、それが取り戻せた時に『サッカーってやっぱり楽しいな』と感じてもらえるように、僕らはしっかりと準備をしていきたいと思います」

 佐藤は昨季、ユース時代を過ごし、プロのキャリアをスタートさせたこのクラブに戻ってきた。すっかりJ2が住処となってしまった古巣をJ1に復帰させるために――。

しかし、その想いとは裏腹に、結果は芳しくなかった。自身は21試合に出場して2得点。チームも歴代ワーストとなる17位でシーズンを終えている。

「去年は久しぶりに兄(勇人)と一緒にプレーしたけど、昇格争いができず、悔しいシーズンになりました。その兄が引退して、自分は続ける。当然、チームがよくなるシーズンにしていかないといけないし、ただ単に21年目のシーズンを送るつもりはないです」

 今季、千葉の再建を託され就任したのがユン・ジョンファン監督だ。かつてサガン鳥栖をJ1に導き、2017年にはセレッソ大阪にルヴァンカップと天皇杯のふたつのタイトルをもたらした名将である。そんな監督の印象を、佐藤は次のように語る。

「とにかく勝つ、ということを考えている監督ですね。勝利への執着心は、昨季の自分たちに足りなかったところ。そこを一番求められていると思います。

 監督のスタイルはよく守備的と言われますけど、まずは守備をしっかり整えれば失点は減るはず。そこからいかにボールを保持して、チャンスを作れるか。そこを自分たちの課題と捉えてやっていければ、J1というものは見えてくると思います」

 ユン監督が求めるのは、なによりハードワークだ。相手より走り、球際で戦えるかどうか。そのためトレーニングは過酷で、プロでは珍しい三部練習もあるという。

「よく走るというのは間違いないですね。僕は今年、プロで21年目のシーズンになりますけど、これまでの20年間のトレーニングで走ったくらいの距離を、ここ数カ月で走っているので(笑)。

 ボールを使わない走りは精神的にしんどい部分もありますけど、そこがユンさんのサッカーではベースになる。この年齢になってもそういうトレーニングができるというのは、プラスになっていると思います」

 実は佐藤は、現役時代のユン監督とチームメイトだった時期がある。C大阪にレンタル移籍した2002年のことだ。当時はテクニシャンとならした選手だっただけに、監督として目指すスタイルと大きなギャップを感じているのではないか。

「そうですね。走ることは、どちらかというと嫌っていた選手でしたからね。技術で違い生み出すタイプだったので。ただ、監督となって勝つことにフォーカスしたなかで、相手より走るとか、守備の部分で相手のよさを消すとか、そういったところが重要だと感じていったんでしょう。

 でも、やっぱりユンさんの根本には、ボールを保持して、相手の逆を突くという考えがあると思うので、そうした攻撃の強みを早く習得していけるようにやっていきたいですね」

 2月23日に行なわれた今季開幕戦。ホームにFC琉球を迎えた千葉は、開始1分に生まれたゴールを最後は5バックにして守り抜く、”らしい”サッカーで勝利を収めた。もっとも佐藤自身は、スタメンどころか、ベンチにも入れなかった。

 さぞかし悔しい思いをしているのではなかろうか?

 エースとして君臨し続けたサンフレッチェ広島時代を知るだけに、勝手にそう思っていたのだが、大人になった佐藤は自身の置かれた立場を冷静に受け止めていた。

「このサッカーであれば、よりフィジカル的なものが前線には求められる。そういう意味では、フルで貢献するのはなかなか難しいんじゃないかなと。だけど、スポットスポットで、点を取らなければいけない場面では力になれると思っています。

 監督が変われば、求められることも変わる。監督が決めることに、ああだこうだいってもしょうがないというのは、いろいろ経験しているのでわかっていますから(笑)。もちろん、試合に出られなかった悔しさはありますけど、理解できる部分でもあるし、監督とも話をしているので問題ない。常にいい準備をしておきたいですね」

 今の佐藤には、ひとつのイメージがある。2012年、広島で初優勝を成し遂げた時のチームメイトである中島浩司の姿だ。

 当時すでに35歳となっていた中島は、その前年にレギュラーとして活躍していたが、千葉和彦の加入によってポジションを失った。それでも常にコンディションを保ち、緊急事態に備えると、第17節のジュビロ磐田戦で途中出場から決勝ゴールをマーク。上位対決を演じていたライバル撃破の立役者となったのだ。

「あのゴールがなければ、その試合の勝利もなかったし、初優勝もなかった。1年を通して準備をし続けて、大事な場面で結果を残す。あの年のナカジさんには、プロとしてあるべき姿を見せてもらったと思っています。

 ベテランがベテランとして、どうあるべきか。もちろん試合に出続けるベテランもいますけど、じゃあ、僕と同い年でそんな選手が何人いるかと。気づけば、めっちゃ減ったなと(笑)。

 だから、たとえ出続けることができなくても、常に準備をして、必要な時に貢献する。2012年のナカジさんのような存在になれれば。今はそういう想いでやっています」

 試合に出ることは大事だが、出られなくてもやるべきことはある。そしてチャンスを与えられれば、結果を出せる自信もある。なにより、今なおプレーができる喜びを噛みしめている。

 だから、佐藤は笑顔で言うのだ。

「38歳でケガなく、楽しくサッカーができている。それって、幸せじゃないですか!」