今年話題の人気漫画『100日後に死ぬワニ』と『鬼滅の刃』。両作には意外な共通点がある(画像:「100日後に死ぬワニ デジタルコンテンツ特設ページ」https://www.m-up.com/special/100wani/より)

大ブームを起こしたTwitter連載マンガ『100日後に死ぬワニ』が3月20日に100日目を迎え完結した。この原稿を書いている時点でRT数は76万オーバー、いいねは222万を記録している。Twitterでバズるマンガは多いが、この数字は桁違いといっていい。

最終回である「100日目」の発表と同時に展開された関連企画の告知によって、一転して多くの批判も噴出しているが、今回の原稿ではプロモーションまわりについてはひとまず置いておく。

ここでは完結後のあれこれに隠れて、すっかり語られることがなくなってしまったこの作品が「何が新しく、特別だったのか」を改めて考えておこうと思う。

『100日後に死ぬワニ』が超ヒットした理由

『100日後に死ぬワニ』は、「100日後に死ぬ」というフレームの面白さがあると同時に、Twitterというメディアと非常にうまくマッチする作品だった。

「100日後に死ぬ」という部分についてはすでに多くの人が指摘しているだろう。例えば伊集院光はラジオでこれを「発明」と表現している。「100日後に死ぬ」と書くことで、主人公のワニが体験するあらゆる「普通のこと」に意味が加わる。

言い換えれば、何気ない日常にドラマ性が付与されるということだ。『100日後に死ぬワニ』の1日1日には基本的に特別なドラマはない。だが、その特別なドラマのなさ自体が、作品のメッセージ性と直結している。

死にはドラマや脈絡はなく、自分たちにとっても今日が「あと100日」の日かもしれない。「ドラマ性のない今日を生きる」ということの意味を鮮明にする、発明的なタイトルだ。

そして、この「100日後に死ぬ」というつくりは連載形式としても画期的だった。「100日後に死ぬ」というフレームは、これまでの雑誌連載マンガからはなかなか生まれにくい。

日本のマンガは長らく「連載」という形式を主流としてきた。戦後しばらくまで、赤本漫画や貸本漫画といった描き下ろし単行本文化が存在しているものの、週刊少年誌の登場などにより、徐々に時代の主役は雑誌に移り、マンガの中心は連載になっていく。それは、おおよそ現在も変わっていないといっていい。

この連載という形式はなかなか特殊な創作様式だ。ひとつの物語が始まったとき、いつ終わるかがハッキリ決められていないことが多いのだ。つまり、人気や単行本売り上げが伸び悩めば終了になり、一定の支持を獲得できれば連載は続行となる。

週刊『少年ジャンプ』の人気アンケートによる「打ち切りシステム」があまりに浸透してしまったために、やや過剰にとらえられている側面はあるが、大ざっぱには現在も「連載」という形式はこの原理の上を進んでいるといっていい。

かつてほど「人気があるから無理矢理引き延ばそう」とする傾向はないように思えるが、それでも「人気と無関係にここからここまでで終わらせる」という形でスタートする連載は、今もそう多くないだろう。短期集中連載というような形でない限り、多くの連載は人気が出ればそれなりに長期化する。

「連載マンガ」は商業的にも正しい

これは商業的にも理がある。人気作なら単行本の巻数が多いほど利益が大きくなるということもあるが、それだけでなく現在のマンガのヒット方程式の話にもつながっている。

マンガでも初動(発売直後の売れ行き)が重要というのは、近年とくに話題に挙がることだが、一方でマンガの場合、ヒット作の売り上げピークは基本的に1巻の「初動」ではやってこない。

もちろん例外はあるが、マンガのヒットの黄金パターンは現在も、雑誌連載などで人気を獲得し、単行本がある程度売れ、メディアミックスや各種アワードなどで話題になるという形だ。売り上げのピークはこの最後のメディアミックスなどで迎えることが多い。作品発表や最初の単行本発売と、売り上げピークのタイミングに大きなラグがあるのがマンガというメディアなのだ。

だからこそ、現在の連載マンガの多くは極端な短期完結を前提としていない。ヒットを目指すならある程度長期化するのがほぼ前提であり、多くの場合「(少なくともある程度は)長く続けたい」というモチベーションとともにスタートしている。

この「いつ終わるかがスタート時点で明確になっていない」というのは、マンガという物語メディアにさまざまな形で影響している。人気があるうちは続けたいという原理のもと、「終盤はつまらなかった」と評される作品があるのも事実だ。

一方で連載という終わりの見えない形を取っていたことで、おそらくスタート時は作者も予想していなかったところに作品が到達する場合もある。数年、場合によっては10年単位で続く連載という形式だけが持つ魅力だ。

脱落者を生みづらい「100日後」という発明

『100日後に死ぬワニ』は、こうした連載の力学と切り離されたところで始まっている。Twitter「連載」という形ではあるが、ドラマや映画と同じようにいつ終わりを迎えるかが最初から宣言されている。100日後に向かって突き進む形になっているのだ。

連載というのはどうしても脱落者を生む。いつ終わるかわからない連載というのは、「そういえば今どうなってるの?」という読者を生みやすい形でもあるのだ。もちろん『100日後に死ぬワニ』でも、Twitterで見かけて興味を持ったものの脱落したという人はいるだろう。

だが、『100日後に死ぬワニ』は脱落しても「100日後」という戻るべき日が明確になっている。いったん離脱すると現在地を見失いやすい通常の連載作と違って、ワニは100日後というクライマックスが明確で、そこに合わせて戻ってきやすい形になっている。

さらにいえば、読者は100日目というゴールまでいつでも参加しやすい。もちろん初期から追いかけている読者とはまた思い入れや熱量も変わってくるだろうが、とにかくクライマックスは100日目であり、それをリアルタイムで体験できれば、ある程度この作品に参加したといえる。

とくにTwitter連載という形は後追いしやすい。1日目に知っても、30日目に知っても、99日目に知ったとしても、過去の連載を一気に読み、追いつくことができる。

この「追いつくことができる」というのは昨年から今年にかけて爆発的ヒットを記録している『鬼滅の刃』でも話題になったキーワードだ。


画像:「鬼滅の刃」ポータルサイトhttps://kimetsu.com/より

『鬼滅の刃』はアニメ放送スタート時点以上に、神回と評される第19話など放送中のエピソードで大きな盛り上がりがあった。従来のようにテレビ放送のみであれば、中盤で盛り上がったとしてもそれまで見ていなかった視聴者は、追いつくことが難しい。

しかし、NetflixやAmazonプライムなどのサブスクリプションが浸透し始めている現在、配信サービスに加入していれば、後追いで第1話から追いつくことも容易にできる。サブスクがあったことで、中盤の盛り上がりが新規視聴者を呼び、アニメでハマって原作単行本を購入する読者も増やしていったというわけだ。タイムラグがあっても、それを埋め合わせることができるというのは、これも従来の紙の雑誌などではなかなかできないことだった。

また、『100日後に死ぬワニ』はクライマックスのわかりやすさという点でもよくできている。

ワニのヒット以降、『100日後に○○する』という形はさまざまなフォロワーを生んでいる。目にしただけでも「付き合う」「結婚する」といった作品を確認している。


Twitter「100日後に結婚する二人 1日目」(画像:https://twitter.com/hatakenjiro/status/1241005504609976321より)

そうした作品は、当然ワニとは違うものなので、同じ評価軸でのみ考えるべきではないが、クライマックスに向かう力という点ではやはりワニの秀逸さが際立つ。

「付き合う」や「結婚する」という物語は、典型的な「物語」である。

つまり、始まりから終わりに向かって因果で結ばれている。

そして、交際や結婚は突然発生しないので、必然的にその途中にいくつかのクライマックスが現れることになる。

場合によっては、そうした中盤の展開が100日目以上に物語のピークになるかもしれない。

『100日後に死ぬワニ』が生んだ新潮流

一方『100日後に死ぬワニ』は、先に触れたようにドラマ性のない(あるいは低い)日常を描いており、それが作品の鮮烈さをつくっている。そんな物語で、唯一ハッキリわかっている、絶対のクライマックスが100日目なのだ。

極端な言い方をすれば、多少飛ばし読みしても、100日目という究極のクライマックスさえ読めば、それなりに乗ることができる。このありとあらゆることが「100日後」という日に集約されていく構造は、100日間という絶妙な期間設定と相まって極めて大きなライブ感と盛り上がりを醸成していった。物語の発想や内容が優れていたことはもちろんだが、Twitter連載という形だからこその構造が画期的だったことも、桁違いの話題を呼んだ理由といえるだろう。

完結後の騒動によってあまり語られることがなくなってしまったが、『100日後に死ぬワニ』がTwitter連載マンガという形式の新しいモデルケースを提示したのは間違いない。

従来の雑誌連載はもちろん、「○○が○○する話」といった連載作の紹介パターンや、短い読み切り的作品の発表といったこれまでのTwitterにおけるバズ作品とも違う、新たなTwitterマンガの潮流が生まれる契機になったのではないだろうか。