株式会社FiNC Technologies 執行役員 VP of Engineering 技術開発部 部長  清水 隆之 氏


 国内の労働力人口が減少し、人材の奪い合いが激しさを増す昨今。優秀な人材を組織に定着させることが重要な経営課題になっている。そうした中、注目されているのが「eNPS(Employee Net Promoter Score)」だ。従業員エンゲージメントの数値化などに用いられるこの指標は、グローバルの有力テック企業でも採用されており、離職率低下との相関性が示されている。しかし、eNPSの計測はあくまでも手段であり、その指標を改善するための活動こそが成果創出の鍵を握るはず。では、日本の成長企業では、どのような取り組みが行われているのだろうか。ヘルステックベンチャーのFiNC Technologiesにおいて、組織改革をリードした同社執行役員 VPoEの清水隆之氏に話を聞いた。

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“組織の壁”によって生まれるようになった不満の声

――まず、FiNC TechnologiesとVPoE(VP of Engineering)としての清水さんのミッションについて教えてください。

清水隆之氏(以下、清水氏) ひと言でいうと、ヘルスケアとテクノロジーを扱う会社で、ヘルスケア/フィットネスアプリ「FiNC」を個人向けに提供しています。その他にも、アプリで獲得したポイントを使えるECサイトや、プラットフォーム上で企業様がお客様とコミュニケーションをとっていただく広告事業、HR分野のSaaSなど、ヘルスケアに関するさまざまなビジネスを展開しています。

 私の役割は開発部門のトップで、社内ではエンジニアをはじめ、クリエイティブ、プロジェクトマネージャー(PM)などが一丸となって、プロダクトやサービスを開発しています。その中で、高品質なものをいかにデリバリーしていくかという観点から、実行における責任者として組織の最適化、活性化を図っていくことが私のミッションです。

――急成長企業として注目を集める中、過去のインタビューなどでは組織の課題が顕在化したことが語られていました。具体的にどのような状況だったのでしょうか。

清水氏 いわゆる30人、50人、100人といった“組織の壁”によるものです。事業や組織がスケールすると中間層が生まれるため、トップと直接的なコミュニケーションを取りづらくなります。これまでは直接話を聞いていたようなことが聞けなくなったり、トップが何を考えているかわからなくなったりします。この時は、コミュニケーションが減ったがゆえに今後の戦略やプロダクトの方向性が見えにくくなった、という声がエンジニアたちからよく聞かれるようになりました。

 当社には、優秀なエンジニア、クリエイターが数多くいます。彼らは自分のつくるものに対して強いこだわりがあるし、強い想いを持ち、自分自身をドライブしています。しかし、人が増えてくると、理解度や浸透度といったものが人によって大きく違ってくるため、一生懸命な人ほどそこに引っ掛かりを持つようになります。

 エンジニアとしてキャリアアップを図りたい、技術的に成長したいのにそうなっていないとか、もっと情報共有をすべきなのにできていないとか、今のやり方では生産性が低いのではないか、といった不満の声も徐々に増えていきました。

――組織の課題が顕在化する中で、製品やサービスに対する影響はなかったのですか。

清水氏 組織のコミットメントはものづくりに直結するので、わかりやすいところでは、プロダクトやサービス品質が落ちてバグが出るようになったりします。さすがにそこまで直結したら大ごとですけれど、品質を維持しながらスケジュールをしっかり守りきれるか、細部に至るまでユーザーのこと考えてやっているか、という部分はエンジニアたちのコンディションによってだいぶ変わってくるかと思います。

メンバー全員がロジカルに納得いくまで徹底して議論

――組織課題の解決に向けて、どのような取り組みをしたのでしょうか。

清水氏 初回はリーダー層だけを集めて、「リファラル(知人紹介)」をできるかどうか、できなければその理由を書いてもらうというヒアリングを実施しました。2回目は、全メンバーを対象にして有志を募り、ミーティングを開きました。

 組織に問題があるときというのは、課題を聞いても、それに対して素直な答えは返ってきません。組織に協力するということ自体に前向きな状態ではありませんから、そこをどうやって解きほぐすかが非常に難しい。そこで、リーダーミーティングでは「何故、こういうことをやるのか」「これをやった後に何が起こるのか」をきちんと話し、エンジニア一人ひとりに対するメリットを重点的に説明しました。

 全メンバーでのミーティングでは、出てきた課題に対してどうなったのかを説明すると、参加者から「それは違うのではないか」といった声も上がってきます。それについても一つひとつクリアになるまで回答するということを行いました。当社には、ロジカルに納得いくまで議論するという文化があるので、それをしっかりやり切った形です。会議のやり方一つをとっても、「無駄じゃないのか」と言われそうな議論を納得してもらうまで延々とやったこともあります。

――組織としてオープンなコミュニケーションを進めていったわけですね。

清水氏 はい、当社のメンバーは、自分たちがつくるものや、社内での意思決定に対して、その背景に納得感を求める傾向にあります。そこがブラックボックスだったことで歪みが生まれてきたので、そこから組織改革に取り組んだ形です。

 エンジニア組織の細かな制度をつくったり、教育制度を整えたりしても、その前提が揃っていないと結局誰も動かない。そこで、「何故そのような決定になったのか」「何故これを選ばなかったのか」といったプロセスをすべてオープンにしました。

 情報を透明化することで、大前提となる社内のメンバー同士の信頼関係が構築できます。社員がモチベーションを高く保って働き、実績を出すことで、社外への「発信」につながり、それがブランディングとなって最終的には「採用」にも貢献すると考えました。

数値を測るだけでは組織は改善しない

――組織改革の進捗を測るために、「eNPS(Employee Net Promoter Score)」を採用したそうですね。その背景と具体的な活用法について教えてください。

清水氏 組織の課題解決に向けた取り組みは大切ですが、そもそも“見える化”しておかないと、よくなっているかどうかわかりません。また、メンバーに相当な時間を使ってもらうので、納得感を持ってもらうことも必要です。アンケートによる満足度調査でもよかったのですが、当社ではHR分野でエンゲージメントを可視化・向上させるサービスも提供していて、その一環で組織診断のサーベイなども行っていたので、客観的なデータのほうがいいと思い、eNPSを測ることにしました。

――eNPSを初めて計測する場合、どのような点を意識することが大切でしょうか

清水氏 単純に単発でやっても何もわからないため、継続的に変化を見ていくことが経営や組織のマネージャーにとって重要です。一度数値を取ったからといってよくなるわけではありませんし、それがいいか悪いかもわかりません。他社がマイナス30だから、うちは50でいいというわけにもいかないでしょう。時系列でデータを取ること、さらには期間をなるべく短くして施策を実施することが重要です。我々は3カ月、遅くとも半年に一度のスパンで、最もわかりやすい、信頼性が高い数値を取るためにeNPSを活用しました。

――NPSの手法として、推奨度合い(数値)を聞くと同時に、アンケート調査を行うケースもあると聞きます。

清水氏 当社の場合は、eNPSとは別で定期的に組織サーベイを行っています。どのような分析を行いたいか、それを組織改革にどう活かすかにもよりますが、基本的にeNPSのスコアだけだと何が悪いかわかりません。さらに細分化された定量データを取得したり、コメントを書いてもらったりして、定性データからマネージャーが課題を抽出する、といった取り組みが大切です。

――御社では、半年後にeNPSの数値が30ポイント改善したそうですが、それが実現できた要因は何ですか。

清水氏 組織改革を進めるうえで一番難しいことは、担当者の時間的な負荷が大きいことです。そして、影響力がある人が実施しないと十分な効果が得られません。当社の場合は、私が実行責任者となり、3カ月〜半年かけて集中的に取り組みました。また、課題に優先順位をつけて、改善のロードマップを用意することも重要です。

――従業員エンゲージメント、ロイヤルティ改善に取り組む企業に対して、御社の経験を踏まえてヒントや教訓があれば、最後にお願いします。

清水氏 社内にいるメンバーと直接向き合って、話し合うことが大事だと思います。結局、データを取っても、改善を進める人がちゃんと肌感覚で現場を理解していて、クリティカルなことをやっているかどうかが重要になってくるからです。システムの問題ではなく、組織の問題ですから、その人たちがどう思うか、どう捉えたかという問題が、eNPSの変化に関わってきます。だからこそ、結局はコミュニケーションが必要。何回その人と親身になって話ができたかが重要です。

 改善を進めるには、3カ月〜半年かかりますから、プロジェクト体制をきちんと整備しておくことも大事です。データを取っただけで終わらないためにも、チームをつくってプロジェクトを回していくことが肝心だと考えています。

筆者:JBpress