福島県楢葉町にある、サッカーのナショナル・トレーニング施設「Jヴィレッジ」(写真:共同通信)

東京電力が福島第一原子力発電所事故の収束作業の前線基地として使用していた、サッカーのナショナル・トレーニング施設「Jヴィレッジ」(福島県楢葉町)を、放射性物質で汚染された土壌の除染を国が定めたルールどおりに実施せずに持ち主の財団に返還していたことがわかった。東電が3月23日の記者会見で明らかにし、同日付けで共同通信が、「東電がJヴィレッジを除染せずに返還」などと報じて波紋が広がった。

国の除染に関する法律では、地上から1メートルの高さで毎時0.23マイクロシーベルト以上の空間線量がある場合に「汚染状況重点調査地域」に指定し、必要に応じて表土のはぎ取りなど除染作業を行うというルールになっている。

また、楢葉町など、福島第一原発との距離が近い特定の地域については、環境省が「除染特別地域」(国直轄地域)に定めたうえで、一定の低減目標値を設定して面的な除染を実施する計画を策定した。

東電が独自基準で判断していた

他方、Jヴィレッジについては、東電が事故収束作業に活用していたことから国による直轄除染の対象から外されたうえで、東電が施設の返還に際して責任を持って除染を行うとの取り決めになっていた。

ところが、東電は「毎時2.5マイクロシーベルト以下であれば除染の必要はない」と独自の考えに基づいて判断。芝生の張り替えなどの「原状復旧」をしたとして、2018年4月に建物を、そして同年6月にはサッカー場などを返還した。なお、原状復旧工事に着手する際に、東電はサッカー場などの空間線量を測定したものの、その記録を残していないなど、管理実態に問題があることも今回、判明した。

東電が除染の要否の目安とした毎時2.5マイクロシーベルトは、厚生労働省の規則で定められた「特定線量下業務」の基準に相当する。厚労省のガイドラインによれば、2.5マイクロシーベルトを超える場合、そのエリア内で作業をする労働者について、除染作業に携わる労働者と同様の被曝線量限度の厳格な管理や、個人線量計の装備などが義務づけられている。


東電の事故収束作業の拠点として使用されていた2013年当時のJヴィレッジ。地面に鉄板が敷かれている(撮影:梅谷秀司)

すなわち、特定線量下業務においては、労働者の健康を守るために特別な配慮が求められている。東電は、この「2.5マイクロシーベルト」という数値を、除染をする必要があるか否かの“独自基準”として用いたようだ。

一方、国のルールに基づいた除染の手続きはまったく異なる。例えば福島市や郡山市などの汚染状況重点調査地域では、国の放射性物質汚染対処特別措置法に基づき、毎時0.23マイクロシーベルト以上の放射線量が計測された学校のグラウンドや住宅などを対象に、大規模な表土の剥ぎ取りなどの除染が実施されてきた。

除染特別地域の楢葉町では、学校などについて、再開の前に校庭の空間線量を毎時1マイクロシーベルト未満とすることが、環境省による除染実施計画で明記されている。いずれも東電の“独自基準”よりはるかに厳格だ。

なお、Jヴィレッジについては、いずれの測定地点でも空間線量が毎時2.5マイクロシーベルトを下回っていたことを理由に、除染特措法に基づいた除染作業が行われないまま引き渡された。そして、現在は青少年によるサッカーの練習に活用されており、コロナウイルスの感染拡大に伴って延期となったものの、3月26日には東京オリンピックの聖火リレーのスタート地点に予定されていた。

グリーンピースの調査が発端

Jヴィレッジをめぐる一連の問題が判明する発端は、国際環境NGOグリーンピースによるJヴィレッジ周辺での放射線調査にさかのぼる。その後、東電の記者会見での質疑を通じて、Jヴィレッジ全体に関する問題が明らかになった。

グリーンピースは2019年10月26日にJヴィレッジに隣接した楢葉町の町営駐車場脇の空間線量を測定。地表1メートルの高さで毎時1.7マイクロシーベルトという高い放射線量を計測した。原発事故前の一般的な空間線量と比べると、40倍以上の高さだ。


グリーンピースによるJヴィレッジ近隣の駐車場脇でのホットスポット調査(写真:グリーンピース)

そのうえでグリーンピースは「深刻な公衆衛生上のリスクと考えられる高いレベルの汚染が検知された」と指摘し、Jヴィレッジ周辺エリアでの広範囲の放射線調査および除染の実施を求める緊急の要請書を小泉進次郎環境相に提出。それを受けて環境省が空間線量を測定した結果、毎時1.79マイクロシーベルトという「ホットスポット」(局所的な汚染箇所)の存在が裏付けられた。

駐車場を事故収束作業のために使用していた経緯があったことから、それを踏まえて東電が汚染土壌の除去や砕石を敷き詰めるなどの線量低減措置を実施した結果、空間線量は毎時0.39マイクロシーベルトに下がった。こうした線量低減のいきさつは、環境省のホームページで開示されている。

除去した土壌の汚染レベルは?

しかし、ホットスポットで採取された除去土壌の汚染レベル(放射性セシウム134および137の合計で1キログラム当たり103万ベクレル)は、当初明らかにされなかった。

東電はこの数値を、駐車場の所有者である楢葉町に2019年12月27日付のメールで知らせた一方、福島県には測定した箇所のうち最も高かった数値だけを今年1月27日に口頭で伝えた。環境省へのメールでの報告は、この問題を2カ月以上にわたって取材してきたフリージャーナリストのおしどりマコ氏への東電による回答から5日後の2月18日と、大幅に遅れた(おしどりポータルサイト第一報、続報)。

除去した土壌の汚染レベルについて東電は、自社内で汚染土を管理する目的で測定したことを理由にホームページ上での情報開示を拒んできたが、騒ぎが大きくなった後の3月26日にようやくホームページ上でデータを開示した。なお、東電は駐車場脇のエリアについて、楢葉町に引き渡す前に除染を実施していなかった事実も明らかにした。東電はグリーンピースの指摘後に初めて除染を実施した。

そして今回、東電の定例会見での質疑を通じ、Jヴィレッジ施設そのものでも、環境省のルールに従った除染が行われていなかった事実が判明した。

Jヴィレッジ返還に際して除染を実施することについては、「Jヴィレッジ復興プロジェクト委員会」がまとめた「『新生Jヴィレッジ』復興・再整備計画」で明記されている。同委員会には福島県や日本サッカー協会、地元の楢葉町、広野町などとともに、東電も委員を出していた。

にもかかわらず、なぜ、東電は国によって定められたルールどおりの除染を実施しなかったのか。東電のような日常的に放射性物質を取り扱っている専門家集団が、国の定めた除染のルールを知らなかったとは想像できない。

3月23日の定例会見で東電の八木秀樹広報担当は、Jヴィレッジに関して国のルールに基づいた除染が行われていなかった理由について、「すぐには答えられない」と述べた。

その後の3月26日、東電は東洋経済に下記のような回答をした。

「会見でご質問いただいた『2.5マイクロシーベルト』の位置づけですが、Jヴィレッジの営業再開のため、当社が『原状回復工事』を行うに当たり、作業員の被ばく管理の目的で、作業可能かどうかを確認するための基準として測定し、それ以下であることを確認したうえで、工事を実施したものです。そのため、原状回復工事の際は線量測定の結果の記録は実施していなかったものの、(編集部注:Jヴィレッジ隣接駐車場脇については)線量低減工事(昨年12〜今年1月実施)後の測定により、おおむね毎時0.23マイクロシーベルト以下となっていることを確認しております(開示資料P2、3参照)。また、Jヴィレッジ殿と相談のうえ、Jヴィレッジ全体をモニタリングし、線量が低いことも確認しました(開示資料P5)」

ここからはあくまでも推測の域を出ないが、資料P4で原状復旧工事について、「この工事は一般的な除染作業と同様の手順であり、除染と同等の線量低減効果がある」と記載されていることから、国のルールに基づかない方法により、除染作業の場合に必要となる労働者の放射線防護などのコストの削減を狙ったのかもしれない。

東電は納得いく説明を

こうした一連の経緯について、Jヴィレッジを所管する福島県エネルギー課の内田基博主幹は、「2.5マイクロシーベルトうんぬんという東電の線引きの事実はまったく知らなかった。Jヴィレッジについては表土の剥ぎ取りなど実質的な除染は実施されており、空間線量も十分に下がっている。全体の除染がまったく行われていないかのような報道は遺憾だ」と語った。

そのうえで、「中途半端な説明では、大変な風評被害につながりかねない。東電にはきちんと説明してくれと言いたい」と苦言を呈した。ただ、実質的な除染がされているというのであれば、除去した汚染土はどこに行ったのか。結果的に空間線量が下がっていれば、それでよしというものでもない。

Jヴィレッジは安倍晋三首相も、「福島復興のシンボル」に位置づけてきた。「2020年の聖火が走り出す、そのスタート地点は、福島のJヴィレッジです。かつて原発事故対応の拠点となったその場所は、今、わが国最大のサッカーの聖地に生まれ変わり、子どもたちの笑顔であふれています」(2020年1月20日の安倍晋三首相による施政方針演説)。

世界からも注目されている施設であるだけに、東電には納得のいく説明が求められている。