イラスト:曽根愛

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親の介護をめぐってあらわになる、きょうだいそれぞれの考え方や事情。“助け合って支える”なんて、理想かおとぎ話なのでしょうか。老いた親を前に、きょうだいの本性を見てしまったら、あぜんとするばかりです。高田明子さん(仮名)の場合は──(「読者体験手記」より)

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気づけばネグレクト状態になっていて

夫は、弟の信也と二人兄弟。山梨の田舎町でのんびりと育った。大学卒業後、夫は東京で就職したが、弟は故郷に戻って公務員に。「兄貴はいいよね。たまに来て優しいことだけ言ってりゃ、ばあちゃんはご機嫌になるんだから」と事あるごとに言う。

その生き方を選んだのは、義弟自身なのだから気にすることはないのに、夫にはどこかうしろめたさがあるらしい。何かにつけ弟一家を立てるようなところがある。そしてその気づかいが、いまだに事の解決を阻害しているのだ。

夫の生家には代々受け継いだ広大な土地があり、アパート2棟に月極駐車場20台分を持っていた。義弟は結婚して敷地内に別棟を建てて暮らし、2人の孫は、仕事を持つ嫁に代わり、姑が育てた。

義妹は家事が苦手で家の中も荒れ放題。金銭的にもだらしなく、ブランド大好き。あの家に姑がいたからこそ、どうにか人並みの日常生活が保たれてきたのである。

15年前に舅が亡くなったとき、義弟は夫に対して全面的な遺産放棄を要求してきた。もめ事が嫌いな夫は何も言わずに印鑑を押した。私としては、義弟だけがお金を生む土地を相続することに不満はあったが、これで義弟一家が姑の面倒を全面的にみてくれることがはっきりしたのだから、とあきらめた。こちらは私の親の介護を引き受けていて、手いっぱいでもあった。

ところが義弟の思惑より相続した現金は少なかったようだ。相続税のために、土地の一部を手放すことになったらしい。舅の一周忌のときに、広い庭の手入れなど、自宅の維持にも思ったよりお金がかかって大変だとくどくど嘆き、夫は言いくるめられて、なぜかお寺に支払うお布施10万円を払わされることになった。香典として、すでに10万円を包んでいるのに……。

姑の米寿のお祝いに温泉旅行を計画したときには、「兄貴たちだけじゃ、ばあちゃんの世話も大変だから、俺たちも行くよ」と言ってついてきた。が、もちろん宿泊費はすべてこちら持ちだった。

そのころ、姑からの電話が増えてきた。聞けば「晩ご飯はパックのおかずひとつだけ」「老眼鏡が壊れたのに買えない」「何日も風呂に入っていない」と首をかしげるようなことばかり訴える。義弟に確認すると、「ばあちゃんはボケてきたらしく、ありもしないことばかり言う。話半分で聞いといてよ」と言う。

しかし、実際に3ヵ月ぶりに会った姑はげっそりとやつれていた。そして、年金をはじめ、お金はすべて管理され、財布も取り上げられて、自由になるお金がまったくないと言うのだ。それに対して、義弟は「ボケて同じものばかり買うから、お金は持たせられない」と繰り返した。

そのころ、義弟の長男が投資に失敗。穴埋めをするため、義弟はアパートと駐車場の土地を手放していた。義妹はすでに退職していたが、同じ敷地に住んでいながら姑と接触を持とうとしない。

散歩もさせてもらえず、家に一人でポツンと置かれる姑は、まるで「早くボケてくれ」と言われているようなものである。まさにネグレクト状態であることが、次第に明らかになってきた。

外ヅラのよさに隠された金への執着

それまでは、年に3回ぐらいしか帰省していなかった私たちだが、夫の意向で、月に一度は田舎に行き、姑の話し相手になろうと努めた。面倒ではあったが、引き取るよりは、と思うしかなかった。

近所を散歩すると、姑はとてもうれしそうに昔のことをいろいろと話してくれる。食欲も旺盛で、ときにはアルコールにも口をつける。元来、社交的な人なのだ。毎日の生活のことに話が及ぶと、「しゃべると信也に怒られるから」と萎縮する姑が、まだボケきっているとは思えなかった。

姑は、町の福祉サービスも一切利用したことがないと言う。公務員である義弟がそれを知らないわけがないのに、なぜ、姑に対してそれらのサービスを受けさせようとしないのだろう。

近所では人あたりのいいハンサムな中年を演じているからだろうか、自分たち夫婦が親をネグレクトしていることを、姑の口から世間に知られるのを恐れているのだ。そして、余計なお金を使いたくないと考えているらしかった。

近所に住むいとこから、私たちが帰省するたび姑に渡すお小遣いばかりか、お年玉まで義弟が取り上げていると聞いたときには、彼のお金に対する執着心にあきれるしかなかった。

「ばあちゃんは施設に入ったほうが幸せなのではないか」と夫が考えたのは当然だと思う。そして、夫がその提案をしたところ、「兄貴がそうしたいなら勝手にしろ。反対はしない。ただし、ばあちゃんの金はすでにない。年金は月に8万円だからな。それだけだぞ」と強調した。

つまり、姑を施設に入れる費用は一切負担する気がない、と言うのだ。遺産を全面的に相続し、現金を生み出す土地を何年も所有してきたのに、今さらその言い草はないだろう。

この30年間、両親のために求められるたび、毎年100万円近くは援助してきた。合計すれば3000万円近くにもなる。そのうえ施設に入れる費用を夫が負担するなんて、私はどうしても納得できない。いや、納得したくない。かくして、姑の行く末はいまだに宙ぶらりん。姑は毎日電話で「早く死にたい」と泣いている。

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