前回は、フライト・シミュレータの話題を取り上げた。「飛行機のシミュレータ」というと真っ先に連想されるものだから、「つかみ」の話題としてはちょうどいい。しかし、それ以外にもさまざまな「○○シミュレータ」が存在する業界である。

○動かないコックピット・シミュレータもある

モーション機能とビジュアル装置を備えたFFS(Full Flight Simulator)。これは当然ながら、複雑で高価なものになる。操縦訓練の際に、いきなりそんな値の張る機材は使えない。なぜなら、数をそろえるのは難しいから。

そもそも、モーション機能がなくても用が足りる場面も少なくない。まず、基本的な操縦操作や機体の操作に習熟するという段階なら、モーション機能はなくても用が足りる。

また、「FLIGHT OF DREAMS」のものみたいに、一般人が操縦体験をする場面で使うものは、モーション機能まで付けたらオーバースペックである。そのほか、新型機の売り込みを図るのにシミュレータがあるとリアリティが増すが、そういう場面で使うシミュレータは可搬性がないと困るから、モーション機能なんて付けていられない。

実のところ、モーション機能がなくても、ビジュアル装置の映像が実機と同様に動いていくだけで、けっこう「飛んでいる気」になるものだ。動きの内容によっては、実機に乗っているときと同様に、一種の「酔い」みたいな状況になることすらある。

そこで、いわゆるコックピット・シミュレータが登場する。これは筆者も何回かやってみた経験がある。実機と同じように作られており、実機と同じように動作するコックピット、それと前方のビジュアル装置を備えたものだ。ただしモーション機能はなく、コックピットは床に据え付けてある。

下の写真は、米海兵隊のF-35Bが岩国基地に到着したときに、セレモニー会場に持ち込まれたコックピット・シミュレータだ。たぶんロッキード・マーティン社が保有しているもので、こういうイベントの席、あるいは展示会を “巡業” しているのだろう。

F-35のコックピット・シミュレータ。モーション機能はないし、ビジュアル装置も簡略化されている。しかし模擬コックピットの造りは実機と同じ

この、F-35のコックピット・シミュレータには面白い特徴がある。F-35には基本型のF-35A、短距離離陸や垂直離着陸が可能なF-35B、空母から発着艦できるようにしたF-35Cの3モデルがあるが、1つのコックピット・シミュレータで全モデルに対応している。

コックピットの共通性が高いから、ソフトウェアの設定を変えるだけで切り替えが可能。もちろん、F-35Cのモードにすればビジュアル装置には空母の飛行甲板が出てくる。

筆者が某所でF-35のコックピット・シミュレータを試させてもらった時は、ビジュアル装置に映し出された映像の端に、見覚えのある格納庫が出てきたので「ネリス空軍基地ですね?」と口走ってしまったことがある。

○一部の機能だけを切り出す

多数の訓練生が一斉に機体の操縦に関わる操作手順をいろいろ覚えて、練習するとなると、コックピット・シミュレータでも高価に過ぎて数を揃えられない。そこで、もっと簡易なシミュレーション訓練機材がいろいろ出てくる。

たとえば、パソコンで専用ソフトウェアを走らせて、画面に計器盤や前方の映像を出す手が使える。パソコンに接続するジョイスティックやスラストレバーやラダーペダルがあるのだから、それも活用できる。

この手の、一部の機能だけを切り出して、それに特化した模擬訓練を行えるようにした機材のことを、PTT{Part Task Trainer)という。

T-1ジェイホーク練習機用のPTT。市販のパソコンで済ませている 写真 : USAF

もうちょっと本格的なPTT。こちらはマッコネル空軍基地に設置されているKC-46A給油機のもの 写真 : USAF

また、飛行機を操縦する際、「これこれの操作を行う時は、こういう順番でスイッチやレバーやノブを操作する」という手順が大量にあるが、これも1つずつ実際に試して、覚えていかなければならない。そこで、CPT(Cockpit Procedure Trainer)という訓練機材が出てくることもある。こちらは実機のコックピットと同じ作りになっていて、スイッチ、ノブ、計器の類も実機と同じようについている。

以前に、JALが整備士の訓練に仮想現実(VR : Virtual Reality)を活用する取り組みをしている、という記事を載せたことがあった。取材時に用いられていた事例は、エンジン始動などの手順を演練するためのものだった。これもCPTの一種といえる。ただし、物理的な模擬コックピットの代わりにVRを使うのだが。

○コックピット以外のシミュレータ

軍用輸送機だと、ロードマスターという肩書を持つ人が乗っていて、貨物の搭載や卸下に関わる一切合切を取り仕切っている。当然、そのロードマスターは、しかるべき訓練を実施しなければ養成できない。そこで、ロードマスター訓練用として実機の貨物室と同じものを地上に再現したシミュレーション訓練機材が登場する。

また、戦闘機や爆撃機では、主翼や胴体の下面、あるいは機内兵器倉に設けられた兵装パイロンに、爆弾、ミサイル、燃料タンクなど、さまざまな「吊るしもの」を搭載する作業が発生する。これもやはり担当者の訓練が必要だから、実機と同じ形状、同じ寸法を持った模擬兵装架を用意して、武器搭載訓練を実施している事例がある。

エグリン空軍基地にある、F-35の兵装搭載訓練機材。機内兵器倉とその周辺だけ、実機と同じように造られている 写真 : USAF

似たようなところで、実機の模造品を用意して整備員の訓練を行う事例もあるという。

この辺になると「実機と同じ形や寸法をしていて、実機と同じように動く」というところが大事なので、シミュレータというよりもモックアップに近いといえるかもしれない。民航機の客室乗務員が機内サービスや非常時訓練の際に使用するものは、実際、シミュレータではなくてモックアップと呼ばれている。

このほか、以前に本連載で言及したことがある「空中給油機のブーム・オペレーター訓練用シミュレータ」なんていうものもある。

著者プロフィール

○井上孝司

鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。

マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。