「相手に利益を与える」交渉と、「合法的な脅し」を使う交渉の違いとは(写真:的野弘路)

ビジネスでもプライベートでも、人と「交渉」する場面は意外と少なくない。自分の目的を達成する交渉力をつけるにはどうしたらいいのか。弁護士、そして政治家として、さまざまな交渉にあたってきた橋下徹氏の新著『交渉力 結果が変わる伝え方・考え方』から一部抜粋してお伝えする。

「相手の利益」を考える

交渉は、「相手に何をどれだけ与えるか、何をどれだけ譲るか」で決まる。相手に多額のお金を与えたり、現実的な多くの利益を与えたりすれば話は早くまとまる。逆に、相手に与えるものがなければ交渉は成立しない。

とはいえ、相手にとって利益になるものを与え続ければ、普通はこちら側の持ち出しがどんどん増えて、マイナスになってしまう。そこで交渉を成功させるには、こちら側がマイナスにならずに、相手には利益になるものを見つけ出す作業が大切になる。

まず、こちら側にとってはたいした負担ではないもの、ただし相手にとってはかなりの利益になるもの、それを見つけることだ。僕が経験した例では、大阪府知事時代に予算削減案をまとめる際に、大阪府内の43市町村詣でをしたことが挙げられる。

僕は大阪府知事に就任してすぐ、大阪の赤字財政の見直しに着手した。その際、大阪府から府内市町村への補助金もカットした。大阪府と府内43市町村は、国と都道府県の関係のようなものだ。

国は都道府県に交付金・補助金を出しているが、その予算をカットすると言えば、全都道府県が反対の声を上げて、知事たちは政府与党に対して猛抗議し、霞が関の省庁に乗り込んでいくだろう。それと同じく、大阪府が府内市町村への補助金をカットするという方針を出した途端、府内43市町村の市町村長たちが血相を変えて猛反発した。

僕は「市町村長のみなさんと直接、一対一で意見交換をしたい」と言って、43市町村に自ら出向くことにした。43市町村役場回りである。府知事が、43市町村役場を回るということは、大阪府政始まって以来、初めてのことだったそうだ。

府庁職員から、「知事が市町村役場に出向くと市町村長たちは喜びます」と聞いていたので、とにかく全部回ろうと考えた。その際、各市町村が府の支援を必要としている課題がある現場にも足を運んだ。そして1カ月ほどの間に集中して、43市町村長をすべて訪ねた。府庁職員の言うとおり、各市町村長の多くは「知事がうちの役所に来てくれたのは初めてだ」と好意的な反応を示してくれた。

これは、交渉の中身そのものではなく周辺部分の話ではあるけれども、こちら側の姿勢の示し方次第で交渉がまとまるかどうかに影響してくる場合があるという一例だ。市町村長たちを府庁に呼びつけて、補助金カットの話をしても、それに従ってくれるわけがない。

相手方のところに出向くことは、こちら側にとって、少々の時間と労力をかけることはあってもそれほどの負担になることではない。基本的には持ち出しはない。しかし、相手方である市町村長たちの側は「大阪府知事がわざわざ自分の役所に来てくれた」ということをかなりの利益として感じてくれる。

このような状況を作り出すことは、交渉を始めるにあたって、こちら側にとって非常にいい環境となる。こちら側はマイナスにならず、相手にとってプラスになるものの好例だ。

重要なのは「仮装の利益」というノウハウ

また、相手が困るような環境をあえて作り出し、それを取り除くことが相手にとって利益になるように見せる方法もある。これは、先ほどの例と異なり、こちら側がわざと相手には利益のように見える環境を作り出すもので、僕が「仮装の利益」と呼んでいるものである。

この「仮装の利益」もこちら側には持ち出しはなく、交渉においては、まさにこの「仮装の利益」を作り出すノウハウこそが最も重要であると言っても過言ではない。

ビジネスの世界では、期限の設定などが「仮装の利益」としてよく使われる例だ。初めに厳しい期限を言っておいて、交渉過程で期限を延期する。相手が「とてもこの期限では無理だ。期限を延ばしてほしい」と言ってくると、こちら側が期限を延ばすことは相手に利益を与えたように見える。

こちら側は、わざと厳しい期限を当初に設定しただけで、期限を延ばすことは当然の腹づもりなので、とくに何の持ち出しはない。しかし、相手は期限の延期を利益と感じてくれる。まさにこちら側が「仮装の利益」を作り出したのだ。

もちろん、相手が期限の延期を利益だと感じてくれなければ利益を与えたことにならないので、相手が「何を利益と考えているのか」を探ることが、「仮装の利益」を作り出す決め手となる。

一方、「合法的に脅す」という手法は、敵対的交渉のときに役に立つものだ。他方、協調的交渉のときに使うと、逆効果にしかならない。その点は気をつけなければならない。Win-Winを目指した協調的な交渉のときには、たとえ合法的なものであっても脅してはダメ。相手にいかに利益を渡すか、譲歩するかが決め手となる。

しかし、敵対的交渉の場合は、こちら側の力を見せつけて「相手を脅す」ことが必要になることがある。「脅す」といっても、あくまでも「合法的な」ものでなければならないことは当然である。

例えば、相手に対して「それならば、訴訟をします」と言うのは、合法的な脅しになる。僕ら弁護士が交渉を動かす際によく使う手だ。これももちろん限度を越えれば、恐喝罪になりかねないので注意が必要だ。

政治の世界での「合法的な脅し」とは

政治の世界では、「選挙において対立候補を立てますよ」というのも、合法的な脅しになる。拙著『交渉力 結果が変わる伝え方・考え方』で詳述しているが、僕は大阪都構想の住民投票実施の合意を取り付ける際に、公明党に対してこの「脅し」を使った。

当時大阪では維新の会の勢いがあったので、公明党が衆議院議員の議席を持つ関西6選挙区に維新の候補者が立候補するというのは、公明党にとっては脅威だった。公明党が住民投票の実施に同意してくれなかったので、僕と松井一郎氏(現・大阪市長。当時・大阪府知事)は「市長と知事を辞職し、さらに維新の若手エースも加えて立候補し、公明党の議員をすべて落としに行く」と宣言した。

選挙で対立候補を立てることは、合法的な脅しになる。この結果、公明党は住民投票の実施に同意してくれた。

相手と対決する「敵対的な交渉」の場合には、このように「力を見せつける、圧をかける」といった脅しを使うことも必要になる。僕が交渉の名手と目しているアメリカのトランプ大統領を例に出そう。彼がよくやるパターンは、最初に超強硬な球を投げるというものだ。かなり厳しい条件を突きつけて、その後、条件を引き下げる。それは脅しでもあり、「仮装の利益」を与えることにもなっている。

例えば、中国に対して関税を25%引き上げると言っておいて、引き上げ措置を見送ったりしている。関税の25%アップは中国の輸出に大打撃を与えることになり、脅しだ。

そして引き上げの見送りや、アップ率を25%よりも低くすることは、アメリカ側に持ち出しはないけれども、中国にとっては利益に見える。トランプ大統領は、アメリカが中国に利益を与えたように見せかけて、中国から譲歩を引き出そうとしているのだ。

また、相手に「交渉を決裂させたら大変なことになる」と思わせることも必要だ。それには、圧をかけなければいけない。交渉当日に圧をかけようとしても、相手はあまり圧を感じてくれない。交渉の場で圧をかけるのではなく、交渉に臨む前の段階で圧をかけておいたほうが効果的だ。

トランプ大統領は、敵対的交渉のときには必ず事前にガンガンと圧をかける。「俺の言うことを聞かなかったら大変なことになるぞ」と。北朝鮮に対しては交渉前に、北朝鮮近海に米海軍空母を出して軍事力をちらつかせた。イランに対しては、核合意から離脱して制裁をちらつかせた。

同盟国との貿易交渉でも、「この交渉がうまくいかなければ関税を引き上げるぞ」「駐留米軍の駐留経費の追加負担を求めるぞ」と事前に圧をかける。

圧をかける手法の効力

ただし、相手がその圧に屈するかどうかは相手の力次第のところもある。日本を含む同盟国は最後のところではアメリカに頭が上がらないので、決裂を避けようと必死になる。しかし、中国やロシアは簡単には屈しない。北朝鮮やイランも、中国やロシアの力を借りながら対抗している。


このように圧をかける手法は、力と力のぶつかり合いになるが、それでも相手も圧から解放されたい気持ちはあるはずで、膠着した事態から小さな譲歩の糸口を見いだすきっかけになる可能性がある。

僕が公明党と大阪都構想の住民投票の実施について交渉したときには、「決裂した場合には、公明党の国会議員を選挙で落としにいく」と公に何度も宣言しておいてから、交渉の場に臨んだ。

橋下はケンカばかりだと批判されたが、公明党との話し合いはそれまでの数年間、何百回とやってきた。それでも事態が動かないときには、法律の範囲内でできることは何でもやる覚悟が必要で、法律の範囲内でのケンカも辞さない迫力も必要になる。