大阪メトロの顔認証改札機は4タイプあり、大国町駅の実験機は高見沢サイバネティクス製。オフィスビルの入出場ゲートをベースにしたスタイリッシュデザインだ(筆者撮影)

大阪市高速電気軌道(大阪メトロ)は、2018年に大阪市営地下鉄の民営化で誕生して以来、矢継ぎ早に新しい施策を打ち出している。

今、注目されているのが、顔認証でゲートを開閉する次世代改札機(顔認証改札機)である。生体認証システムの1つで、事前に顔写真を登録していれば「顔パス」で改札機を通過できる。2019年12月から実証実験を始め、2024年度までに全駅で導入して2025年4月からの大阪万博に備える計画だ。

顔認証改札機は4社の競演

日常的になじみ深い顔認証はスマートフォンの生体認証だろう。この2年で搭載機が増え、顔認証によるロック解除や決済認証も可能になった。

成田空港は2018年から顔認証による出入国手続きを開始。また、国交省は、チェックイン時に顔写真を撮影することで保安検査場や搭乗ゲートも通過できるシステムを導入すると発表している。

大阪だと、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンが2007年から年間パス所有者向けに顔認証入場を始め、東京ディズニーリゾートも昨年から導入した。ほかにも、コンサートなどのチケットの転売抑止策、パチンコ店のトラブル防止のための導入も進んでいる。

既存の顔認証システムはセキュリティーと個人特定を重視して導入されたのだが、大阪メトロは、どのような狙いで改札機に搭載しようと考えたのだろうか。

大阪メトロは、今回、以下の鉄道機器メーカー4社に顔認証システムの実験を委託し、4駅に試作機を置いた。

▽長堀鶴見緑地線ドーム前千代崎駅(東芝インフラシステムズ)

▽御堂筋線大国町駅(高見沢サイバネティックス)

▽堺筋線動物園前駅(日本信号)

▽中央線森ノ宮駅(オムロン)

大阪メトロの社員約2200人が対象となり、地下鉄で行き来する中で課題を抽出している段階だ。

顔認証改札機を使う場合、利用者は事前に顔写真をサーバーに登録する必要がある。そのうえで、

1.利用者が改札機に近づく

2.改札機にある感知カメラが利用者の顔をとらえる

3.特徴点のデータを本社のサーバーに送信

4.サーバーが登録済みの画像などと照合

して、判定の結果「OK」と承認されれば、改札機の扉が開く。その間、約1秒だ。実用時には、利用者がスマートフォンで自分撮りした画像を専用アプリ経由で登録する仕組みを考えている。

今回、筆者は2カ所の実験機を案内してもらった。大阪メトロの担当者が試しに何度か歩いてくれたが、ゲート前で立ち止まることなく、改札を通過していく。思っていたより、動きはスムーズだ。


ドーム前千代崎駅の実験機で「非認証」となった大阪メトロ社員。マスクのように顔を半分隠していると認証カメラは反応できない(筆者撮影)

取材中、マスクをつけた大阪メトロ社員が何人か通過したが、改札機はきちんと反応していた。一方、ヘルメットを被った社員を識別できない場面もあった。顔の一部が感知カメラの死角に入ってしまうためである。つばの角度を微調整して入り直すと、正確に反応をした。

では、顔を下向きに歩いたらどうなるか。スマートフォンをいじるマネをして通過してもらったら、きちんと反応していた。下側のカメラが顔を認識したようだ。ただ、別の駅では、微妙に顔を傾けるだけで認証できなくなった。

実験機によってレベルはまちまち

大阪メトロ鉄道事業本部電気部の前田隆さんによると、今回は各社にシステムの設定を委ねたので、実験機によって処理速度や認証精度、要求レベル、カメラの位置や数、デザインはまちまちだという。マスクを付けている場合でも、鼻が見えていたら認証できる改札機もあれば、まったく反応しないタイプもある。今後、9月30日までの実験で課題を抽出し、実用化に向けた検討へとつなげていく考えである。

同社は中期経営計画で、「顔認証によるチケットレス」を実現するとうたている。利用者の改札でのストレスフリーな移動を実現し、車イスの方や高齢者、乳幼児を抱える家族でも手間をかけずに行き来できることを目指している。実験に参加している社員、とくに荷物を抱えて移動することの多い技術スタッフからは、手を動かさずに通過できる点を評価する声が出ているようだ。

また、2025年の大阪万博と連携することも想定しており、あわせて駅ナカや地下街の商業施設での導入が計画されている。顔認証を生かして、万博入場券と乗車券がセットになった商品、あるいは優先的に改札口や入園ゲートを通過できる特典……と多様な商品展開も可能となるのだろう。

鉄道事業者として、コストダウンにつなげたいという考えも大きい。

自動改札機の磁気券・ICカード併用タイプは1台当たり約1千万円する。精密機械であるため部品や機器のメンテナンスコストがかさむし、切符の券詰まりなどのトラブルも頻繁に発生する。

一方、ICカード専用機だと、切符の磁気データを読み取る機器が不要なため、導入費用は3分の1程度で、ランニングコストも大幅に抑えられる。

ゆえに、鉄道各社はIC化を進めて磁気対応の改札機を減らしてきたが、大阪メトロのICカード利用率は約7割と伸び悩んでいる。磁気カードの「回数カード」(3000円で3300円分の利用が可能)と「1日乗車券」の人気が高いのも一因だ。

今回、大阪メトロは、顔認証タイプと同時に、QRコード改札機の実証実験も行っている。利用者が改札機の読み取り装置に切符のQRコードをあてると、サーバーがIDと乗車区間などの情報を照合して判定し、改札ゲートが入出場の可否を判断する仕組みになっている。改札機とサーバーでデータをやりとりするため処理スピードがやや遅めなのが難点だが、すでに沖縄都市モノレールなどで実用化されている。


森ノ宮駅の実験機はオムロン製で、同社が大阪メトロに納入している自動改札機と似たシンプルなデザインである(筆者撮影)

近い将来、改札機をICカード・顔認証・QRコードの3タイプに集約して、磁気券対応の改札機をすべて置き換えることを考えている。そのためには、直通運転をしている阪急と近鉄、北大阪急行電鉄と連携を深めるとともに、ほかの在阪各社ともメリットを共有することが大切になる。

顔認証改札機、確かに便利なシステムであるが、大きな課題が2つ残されている。まずは「早さ」だ。

大阪メトロによると、ICカード改札機の設計上の通過時間は1分あたり40人とのこと。顔認証改札機の動きを見ている限り、ワンテンポ遅く感じた。今後の技術開発で、どこまでICカードの反応速度に肉薄できるかが焦点となる。

もう1つは、「精度」だ。

NECの顔認証システムは2億人のデータから顔を識別でき、静止画の認証エラー率は0.5%だという。ただ、先述のように、マスクやヘルメットの付け方1つで、誤作動が起きている。海外では、黒人やアジア系、女性、子どもは誤認されやすい傾向があるとの報告もある。

空港のセキュリティーのように「早さ」を求めないのなら「精度」は上がるが、都市部の鉄道駅では両立できなければ使えない。

梅田駅の朝ラッシュに対応できる?

大阪メトロで最も混雑する駅は、御堂筋線梅田駅である。大阪の中心地で、JRや阪神、阪急、地下鉄谷町線・四つ橋線の乗換駅であるため、1日の乗降客数は44万人と極端に利用が多い。朝の混雑時に入場規制がかかることも珍しくない。

認証できなかった利用者が1人でもいれば列が動かなくなる。 列が混乱すると、カメラが認証した人と、改札機を通過した人の順番が互い違いになることもありうる。

そんな梅田駅の朝ラッシュに対応できるのか。前田さんは「現状ではまだ難しい」と感じているが、1つの対応策として、顔認証改札機のゲートを長くすることを検討しているという。乗客が改札機までまっすぐ歩くよう誘導することで、割り込みなどのトラブルを防止するためのアイデアである。

実験で、意外な盲点もわかった。社員がQRコード切符でゲートを通ろうとすると誤作動が多発した。彼らが顔写真を登録済みだったため、実験機はQRコードだけでなく顔認証にも反応してしまうのだ。同じ改札機に顔認証システムとほかのシステムを併用できるのか、問題点を整理する必要がある。


動物園前駅は日本信号製で、QRコード認証との併用タイプ。2019年の鉄道技術展で顔認証改札機を展示するなど意欲的だ(筆者撮影)

気になるのは、顔認証システムで運賃決済を行うことが可能かどうかだ。現状、誤認証の可能性を完全に排除するのが難しいため、慎重な考え方もある。運用開始時には、購入時に運賃が確定している定期券や1日乗車券などに利用を限定するプランも検討しているようだ。

個人情報の問題はクリアできるか

顔認証システムについては、個人情報の問題もある。

本人同意のないまま個人の動きをリアルタイムで識別することはプライバシーの侵害につながる。欧米では、監視カメラで不特定多数を対象に情報を集めることへの批判が高まっており、サンフランシスコ市のように、公的機関における顔認証技術の使用を条例で禁止している自治体もある。

一方、中国では、昨年以降、広州市や西安市などの地下鉄で顔認証改札機が導入され、決済手段とのひも付けも行われている。中国の地下鉄の場合、駅改札口に金属探知機が設置され、乗客は入場と同時にセキュリティーチェックも受けねばならない。当局は監視カメラで得た顔認証技術で乗客を選別し、保安検査の強化、犯罪防止も目指している。

大阪でも、顔認証が問題となったことがある。情報通信研究機構は2013年、JR大阪駅と駅ビルに92台の監視カメラを設置することを発表した。歩行者の顔を抽出し、人の動きを追跡して動線を把握することで「災害時の避難誘導などの安全対策に役立てる」と説明していたが、当初の計画を撤回せざるをえなかった。通行する人たちが実証実験への参加を拒否できないことに批判が集まったからだ。

大阪メトロは、利用者が顔認証システムを利用する際、事前の本人同意を必須とする方針である。実証実験でも、同意書を提出しなかった社員については顔情報を登録しなかった。不安を覚える利用者のためにQRコード切符やICカードなど異なる選択肢も準備する予定にしている。

次の実験段階では、顔認証データの使用範囲も課題となろう。中期経営計画に「顔認証によるセキュリティー強化」との文言もある。利用制限や保存期間、廃棄方法はどうするのか。データ活用と利用者保護を両立するために、大阪メトロと大阪市役所、そして専門家を交えた丁寧な議論を期待したい。