コロナ対策に夢中で…安倍政府「原発コスト削減案」ガン無視のナゾ 40兆円も削減できるのに、なぜ?

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教訓がまったく活かされない現実

先週水曜日(3月11日)、東日本大震災から9年の節目を迎えた。関連死を含めた死者が2万人に迫り、行方不明者が2500人を超え、4万7000人以上が住み慣れた故郷を離れて今なお避難生活を強いられている。

生かされた我々は、残された教訓をきちんと把握して実践したうえで、後世にも伝えていく義務があるだろう。

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ところが、東日本大震災の最中に起きた東電・福島第一原発事故の処理や各地の原発再稼働問題には、一向にそうした教訓が活かされず、事態が停滞し、海外の日本不信を高めかねないケースが存在する。

今回取り上げるIAEA(国際原子力機関)の提案は、そうした教訓が活かされないケースの典型だ。コストが膨らみ続けている福島第一原発事故の「処理済み汚染水」問題を打開して、国民負担を40兆円近くも節約できる可能性を秘めた提案にもかかわらず、不思議なことに、政府・経済産業省は素知らぬ顔を決め込んでいる。

人類史上最悪の原発事故となった福島第一原発事故から9年という節目でもあるので、今週は、IAEAの提案をなぜ活かすべきなのかを考えてみたい。

まず、IAEAの提案の背景を説明しよう。

この提案は2月末に来日して福島第一原発を視察したIAEAのグロッシ事務局長が、安倍総理や政府高官と行った会談や記者会見で、福島第一原発の「汚染水」処理に関連して言及したものだ。この「汚染水」という言葉はメディアで何気なく使われることが多いが、筆者は、後述するように、「処理済み汚染水」とするなど、呼称を明確に区別すべきと考える。

「処理済み汚染水」2年後には満杯に

話を戻すと、汚染水の発生は、原発事故が起きた当初から厄介な問題だった。

というのは、福島第一原発が、周囲の阿武隈山系から大量の地下水が流れ込む場所に立地しているからである。放置すれば、原発の地下を通過した水が膨大な汚染水となって海を放射性物質で汚染することが確実だったのだ。

そこで、原発の敷地の手前で地下水を汲み上げて他に逃がしたり、周囲の土を凍らせる凍土壁を作り流入を阻んだりして汚染水の発生を減らす一方、ALPS(多核種除去設備)でストロンチウムやセシウムといった放射性物質を除去した「処理済み汚染水」を原発の敷地内に設置した貯水タンクに保管する措置をとってきた。

ところが、「処理済み汚染水」は猛烈な勢いで増えており、原発敷地内の保管タンクは2022年ごろに満杯になるという。新たなタンクの設置用地の確保やタンクの設置・管理費用には大変おカネがかかる。

日本経済研究センターが去年3月に出したレポートは、福島第一原発の事故処理の費用は総額で最大81兆円と、その3年前の経済産業省の試算の3.7倍に膨らむ恐れがあると試算したが、実に、このうちの約40兆円が「処理済み汚染水」を保管するコストとなっている。一方、海洋放出が実現すれば、その大半を節約できるという。

そこで、早くから、「処理済み汚染水」を海に放出しようという案があり、原子力規制委員会も問題はないとお墨付きを与えてきた。というのは、放出するのが、ストロンチウムやセシウムを含んだ「汚染水」ではなく、ストロンチウムやセシウムを取り除いた後の「処理済み汚染水」だからである。

東電の姿勢はもはや理解不能だ

ちなみに、「処理済み汚染水」に含まれている放射性物質はトリチウム(3重水素)だけであり、トリチウムは少量だが人間の体の中にも存在する。通常の原発の排水にも含まれており、十分に薄めれば海に放出しても影響がないとされている。

こうしたことから、一般の誤解を避けるためにも、マスメディアは「汚染水」と「処理済み汚染水」を明確に分けて報じる必要があるというのが筆者の持論なのだ。

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マスメディアの報道も災いしたのだろう。「処理済み汚染水」の海洋放出はあの事故から9年の歳月を経ても実現していない。今なお日本からの食品輸入を制限している韓国や、風評被害の発生を懸念する地元漁民の根強い反対が実現の障害になっているのだ。

筆者は、事故を引き起こした東京電力を、事故処理の主体としてきたことがそもそも問題を複雑にした原点と考えている。同社は事故発生直後にメルトダウンの情報を伏せるなど再三深刻な隠蔽体質を露呈し、社会的信用が現在も回復していないからだ。

しかも、東電は、「処理済み汚染水」を海洋放出した場合、万が一にでも風評被害が起きれば、きちんと補償すると確約すべきなのに、それをしないという常人には理解不能な姿勢を採ってきた。

仮に、風評被害が起きて保障するとなっても、その補償額は3000億円程度と試算されている。「処理済み汚染水」の海洋放出で節約できる事故処理コストの1%以下という水準だ。

それにもかかわらず、補償を拒む頑なな姿勢は、株主利益を尊重すべき経営の判断としても理解されないだろう。事故処理コストを電気料金や税金として国民に転嫁できる仕組みに、東電の経営者たちが胡坐をかいている格好なのである。

IAEAの「渡りに船」な提案

あの事故から9年近くが経って、政府・経済産業省がようやく重い腰を少し上げたと言えるのは、今年1月、処理水の処分方法などを協議する小委員会に報告書案修正版を提示させて、「処理済み汚染水」の海洋放出と大気中への水蒸気放出の2つの選択肢を示したうえで、特に海洋放出について「より確実に処分できる」と言い出したことだ。

技術的にできるとお墨付きを与えることによって、東電に決断を迫ったものと言えなくもない。しかし、まだ風評被害が発生する可能性は残っている。

そんなこう着状態を打破できる可能性が高い、「渡りに船」の提案がIAEAのグロッシ事務局長の提案だ。事務局長が日本滞在中に何回かに分けて行った発言をまとめると、

(1)「処理済み汚染水」の処分方法は、日本政府が責任をもって決定すべきである
(2)海洋放出も、水蒸気放出も、「技術的に実行可能な処分方法であり、国際的慣例にも沿っている」、「放射性物質の濃度を国際基準以下に薄めた処理水を放出することは、環境にニュートラル(中立)」なので、IAEAとしてそれらの手法を採用することを支持する
(3)「仮に海洋放出する場合は、IAEAが希釈後の処理水に含まれる放射性物質の濃度をモニタリング(監視)することも可能だ」である

――というものだ。(3)は、風評被害の防止に役立つモニタリングをIAEAが積極的に引き受ける用意があることを表明したものである。

懸念すべきは新型コロナだけじゃない

福島第一原発事故は、国際原子力事象評価尺度でみてレベル7(深刻な事故)に相当し、旧ソ連で1986年に起きたチェルノブイリ原発事故と並ぶ人類史上最悪の原子力事故に分類された事故である。

これほど深刻な事故を起こした以上、自国の技術力に拘泥せず、世界の知見を活かして、事故処理を完遂するべきだ。そのことは、あの事故の知見として示されてきた。

国際原子力機関(IAEA)のラファエル・グロッシ事務局長(Photo by GettyImages)

にもかかわらず、現状は、国民の信用を失った東電に事故処理を押し付けて、国は前面に立って「処理済み汚染水」の海洋放出を行うことから逃げ続けている。一部かもしれないが、有権者の支持を失いかねない施策を自ら行うことを嫌っているのは明らかだ。

その結果、自国だけでできる対応に拘りながら、自国でできることのすべてをやる覚悟もなく、事態を打開する目処が立たない状況にあるのだ。

繰り返すが、風評被害の懸念を払しょくするという観点に立てば、IAEAのグロッシ事務局長の提案は、まさに「渡りに船」だ。政府や東電としては、即座に提案に歓迎の意を表明して、核の番人たるIAEAに厳格なモニタリングの実施を要請すべきである。

逆に言えば、モニタリングを受け入れなかったことは、政府が東電にやらせようとしている海洋放出への不安を掻き立てる。ALPSがきちんと機能しておらず、ストロンチウムやセシウムを除去し切れないまま、流してはいけない「汚染水」を海洋に放出しようとしているため、IAEAのモニタリングを受けられないのではないかとの不信を招くからである。

原発事故処理を円滑に進めて国民負担を減らすだけでなく、国際社会から疑念を持たれないために、ここは直ちにIAEAの提案を受け入れるべきだろう。安倍総理には、懸案は新型コロナウイルス感染症だけではないことを肝に銘じていただきたい。