ひとり芸の日本一を決める大会『R-1ぐらんぷり2020』の決勝が3月8日に行われた。予選を勝ち抜いた11人に敗者復活戦の勝者1人を加えた12人が激しい戦いを繰り広げた。見事に優勝を果たしたのはマヂカルラブリー野田クリスタルだった。

【写真】野田クリスタルの1本目のネタ「太ももが鉄のように硬い男てつじ」

 野田はマヂカルラブリーというコンビとして漫才の大会『M-1グランプリ』とコントの大会『キングオブコント』でも決勝に進んだ経験がある。この3つの大会で決勝に行ったことのある「トリプルファイナリスト」はまだ彼1人しかいない。漫才もコントもこなす「万能の天才」がひとり芸で初の栄冠を手にした。


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3分間の“ゲーム実況”で優勝

 決勝で野田が披露したのは自作のゲームをプレイするネタだった。大きなモニターを舞台に持ち込み、PCとスマホのゲーム画面を映し出していた。

 1本目のネタでプレイしていたのは「太ももが鉄のように硬い男てつじ」というゲームだ。太ももが硬い主人公の男を操って、敵が次々に撃ってくる弾をよけていくという内容だ。

 2本目のネタでは「モンモンとするぜ!!ストッキング姉さん」をプレイしていた。プレイヤーはハサミをパチンコの要領で飛ばしてストッキングに穴を空けていく。だが、一定時間でストッキングは新しくなってしまうし、ストッキング姉さんからの反撃もある。

 どちらも絵柄は手作り感があふれる脱力系。ゲーム性はそれなりにあるのだが、理不尽なゲームシステムにプレイヤーはひたすら翻弄されることになる。野田は3分の持ち時間の間、基本的にはただゲームをプレイしていただけだった。

これはどんな「芸」だったのか?

 このネタで優勝したことについて「こんなの芸じゃないだろ」という批判の声もある。過去の『R-1ぐらんぷり』でも、お盆で股間を隠す裸芸を披露したアキラ100%が同じように批判されたことがあった。ただ、アキラ100%の場合、股間を見せないようにするという曲芸のような要素が含まれている分だけ「芸」として解釈しやすいかもしれない。

 野田のゲームネタは、もはやネタではなくゲームをプレイしている姿をただ見せているだけではないか、と考える人もいるようだ。

 だが、私の感覚では、これはやはりネタに分類されると思う。

陣内智則との違いはツッコミにあった

 ひとり芸では舞台に上がるのが1人しかいないため、2人以上の芸人が演じる漫才やコントと比べて展開が地味で単調になりやすい。しかも、『R-1ぐらんぷり』の決勝のネタ時間は3分しかないため、じっくり時間をかけて空気を作っていくということができない。

 そこで、出場する芸人はさまざまな工夫をすることになる。例えば、絵や文字が書かれたフリップを使ったり、音楽や映像を使ったりする。それらの要素を取り入れることで、ひとり芸でも幅広い表現が可能になる。

 野田のゲームネタでは、ゲームの様子を映し出すモニターとゲーム機が小道具として使われている。つまり、小道具が少し珍しいだけで、ひとり芸としてそれほど特別な形ではない。

 このネタではゲーム自体がボケになっている。それに対してプレイヤーの野田がツッコミを担当している。映像や音声のボケに芸人側がツッコむネタは、例えば陣内智則が得意とするものだ。野田のゲームネタがあまりネタっぽく見えないのは、野田が陣内ほどツッコミ気質の人間ではないため、ゲームと一緒にツッコミ側もふざけているように感じられるからだろう。演じる芸人によってネタの印象も変わるのだ。

芸人にとって“無観客”は意外と日常

 今回の『R-1ぐらんぷり』は、コロナウイルスの影響で無観客で行われることも話題になっていた。これに関して、世間ではどちらかと言うと出場する芸人を心配する声が多かった。

 もちろん、やりやすくはないだろうし、観客がいるに越したことはない。だが、一般の人にあまり知られていない事実として、芸人にとって観客がいない状況は決して珍しくはない、というのがある。

 普段からライブに出ている芸人の多くは、小さいライブハウスを主戦場にしている。ライブによっては観客が2〜3人ということもある。客がほとんどいなかったり、誰も立ち止まって見てくれないような過酷な営業も芸人なら一度や二度は経験している。テレビのオーディションなどでは、会議室のような場所で腕を組んで仏頂面で座っているテレビ制作者を前にしてネタを演じる「ネタ見せ」も行われる。

 それぞれ厳しい現場ではあるが、それが芸人の日常なのだ。テレビの生放送で観客がいない状況はやりづらくはあるだろうが、決して特殊な環境ではない。彼らはそれ以上の修羅場を何度もくぐっている。だから、出場する芸人にとってはそれほど影響がないのではないか、と思っていた。

 実際、テレビを見ていた印象では、観客がいないことの影響はそれほど大きくないように見えた。ただ、ドッと沸くような笑い声が起こらないので、普段の大会よりも地味で盛り上がりに欠けるように感じられた。これは仕方がないことだ。

「無観客」の影響を受けたのは審査員の方だった?

 どちらかと言うと、無観客であることが影響を与えたのは審査に関する部分である。今回の大会では、現場にいる審査員による審査と、視聴者の「お茶の間投票」と「Twitter投票」の審査が併用されていた。6人いる審査員がそれぞれ3ポイントずつ持ち、「お茶の間投票」と「Twitter投票」からは順位によってそれぞれ3ポイント、2ポイント、1ポイントが与えられる。


 これまでの『R-1ぐらんぷり』では、審査員の評価と視聴者の評価は大筋では似ていることが多かった。だが、今回は、大きく食い違う場面も見られた。なぜなら、視聴者と似たような価値観を持つような一般の観客が現場にいなかったため、審査員がそのウケ具合を自分の評価に組み入れることができなかったからだ。

 原則として、審査員はそれぞれ自分の価値観に基づいて審査を行っており、観客がウケたかどうかを考慮する必要はない。それでも、実際に現場でどのくらいウケていたのかということは、多かれ少なかれ審査に影響を及ぼしていたはずだ。

双方の支持を獲得できた野田クリスタル

 今回はそれが一切なく、審査員票と視聴者票が完全に切り離されていた。そのため、評価が分かれることが多く、どちらか一方でしか支持されなかった芸人は勝ち上がることができなかった。

 そんな中で、野田だけが審査員と視聴者の両方から高得点を獲得していた。「自作ゲームの実況」という分かりやすい設定のネタで、双方からの支持を得ることに成功したのだ。テレビのモニター越しに見ると、ゲーム画面が大きく映し出される野田のネタは違和感なく楽しめる。たまたまテレビ向きのネタを選んだことが彼の勝因だったのだろう。

 

(ラリー遠田)