筑波大学で講義をする落合陽一(左)と伊藤智彦(右)

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筑波大学で講義をする落合陽一(左)と伊藤智彦(右)

『ソードアート・オンライン(以下、SAO)』、『僕だけがいない街』といった人気テレビアニメの監督を務め、劇場作品の監督デビュー作『劇場版ソードアート・オンライン −オーディナル・スケール−』(2017年)を大成功させ、そして昨秋には初のオリジナル長編映画『HELLO WORLD』でアニメファン層以外にも広く話題を呼んだ伊藤智彦(いとう・ともひこ)は、現代日本を代表する文化産業のひとつであるアニメーション業界で、いま最も注目される演出家のひとりだ。

SFを得意ジャンルとする伊藤監督が、自身の作品における「大きな嘘」の表現の仕方を語った前編記事に続いて、後編では日本が誇るアニメ映画監督たちについて落合陽一(おちあい・よういち)と語り合う。

* * *

落合 先ほど話に出た『エヴァンゲリオン』って、フィクションの「壮大な嘘」がいっぱいありますけど、あれはあれで臨場感が出てますよね。伊藤監督の作品は嘘っぽいものを少なくしている印象がありますが、どこまでの嘘ならSFとしてグッとくるんでしょう?

伊藤 大きな嘘は一作品にひとつにしておいて、あとはなるべく確からしいことを重ねていったほうがいいと俺は思っています。あくまで肌感覚ですが、あまり嘘を重ねると白けてしまうのではないかと。

落合 ただ、逆に考証を詰めすぎるとフィクション性が失われることもありますよね。

伊藤 そうですね。アニメということもあるし、ぶっちゃけていえば、設定などはイメージがぶっ飛んでいればいるほどフィクションとしては健全だと思いますよ。

『SAO』の原作者である川原 礫(かわはら・れき)さんだって、単純に自分がこういうのが欲しいと思って描いたら、後にVRを開発している人から「あれ読んでました」と言われるような存在になっていたりするわけで。既存の技術はもちろん知識としては知っておきたいけれど、そこに囚われすぎると技術紹介になってしまいますから。

落合 ちなみに僕の研究室に入りたがる学生の中には、よく「テレビアニメの『PSYCHO−PASS サイコパス』シリーズを観てました」みたいな人がいます。SFで描かれているようなことを実現したいというのが研究のモチベーションになるのでしょう。

ただ、特にテクノロジー関係の話題になると、このSNSの時代には、よくわからない専門家風の人が出てきてフィクション作品をディスり始めるじゃないですか。「おいおい、これ量子コンピュータを理解してないんじゃないかあ?」みたいな。

伊藤 そういう反応に対しては、「まあ映画なんで」「フィクションなんで」と。それだけですよ。


『HELLO WORLD』に登場する「量子記憶装置アルタラ」。この装置を中心とする巨大施設「アルタラセンター」描くに当たっては、NASAやロシアの宇宙センター、原子力施設などを参考にして考証が行なわれたという((C)2019「HELLO WORLD」制作委員会)

落合 なるほど。『HELLO WORLD』はポリゴンで描かれた3Dキャラクターが、量子記憶装置の作り出す世界観と合っていていいですね。あれ、モーションキャプチャーは使ったんですか?

伊藤 モーキャプはゼロです。アニメーターが自分で手で動きをつけています。たまに自分で動きを録画したものを参考にしながらやっていたようでしたが。なので、モーションキャプチャーではありがちな余分なキーフレームがなく、手書き感が出てると思います。

落合 そのままシナリオアドベンチャーゲームで出したら売れそうだなと思いながら観ていました。

伊藤 で、最後だけ作画になっているんです、実は。

落合 え? ......あ、そうか! 確かにそうだ、全然気がつかなかった。

伊藤 気づく人は気づく、メタフィクション的な部分です。

落合 あー、そういうことか! ようやく腑に落ちました、すみません、僕の観方が浅くて。......という感じで、メタフィクション系のSF作品では特に、ネタバレ問題もありますね。

以前、『攻殻機動隊』の神山健治監督と対談したとき、「今の時代、ネットでのネタバレなしでアニメは観られなくなったから、作り手もそこを考えなくちゃ」という話をされてました。

伊藤 完全にまっさらな状態で観たい方はネット断ちするしかないですよね。

落合 『HELLO WORLD』は、解釈議論好きのコアなアニメファンに大歓迎されていた気がします。

伊藤 どうなんでしょう。俺自身はそもそも、見終わった人が「結局、現実はどこにあったのか?」とか、いろいろしゃべり合いたくなる作品にしたかったんです。10代の頃にエヴァを観たとき、作品内にない回答を自分たちで探すような感覚があった。そういう作品をいま作りたいという思いがありました。

落合 それと、特にこの時代では、近未来を舞台にした映画を何年もかけて作っていたりすると、その間に現実に追いつかれてしまう危険性があると思うのですが、そこはどうお考えですか?

伊藤 それは超難しいところなんですが、俺は二手先じゃ危ない、三手ぐらい先を見ていればなんとか大丈夫かなと考えています。何かちょっと無茶ぶりするぐらいの設定でいけば、追い越されることはないかな、と。

落合 伊藤監督には伊藤監督にしか撮れないものがあると思いますが、5年後、10年後にはどんなことをしていたいですか?

伊藤 アニメ業界には......もしかしたら映画界全般かもしれませんが、いろいろな「椅子取りゲーム」があると思っているんですね。作風というか、観る人のゾーニングと言ったほうがいいかもしれませんが。

宮崎 駿さんがいた席のかなりの部分を、いま新海 誠さんが占めていて。かたや押井 守さんのいたSFゾーンは、神山さんが『ひるね姫』を作ったということもあって、今は若干空いているんじゃないかと思っています。俺はその席にいきたいなと。

落合 じゃあ、もっと小難しいものを作るとか?

伊藤 いやあ、あんまり難しくすると見放されるんじゃないかな。俺はもうちょっと、間口が狭くならないようにしてきたいです。

落合 なるほどなあ、椅子取りゲームか。面白いですね、この監督にはこういう持ち味があるとか、気にされます?

伊藤 すごく気にして、誰かが持っている得意ゾーンには寄らないようにしています。

落合 例えば、宮崎 駿監督は?

伊藤 宮崎さんの作品は、絵が動いてるだけで感動しちゃうじゃないですか。アニメーションとしての根源的な喜びと楽しみがフィルムに満ち溢れているので。

落合 僕は庵野監督もわりとそうだと思っているんですが。

伊藤 庵野さんには、実は割とロジカルなところがあって。きっと庵野さんなりに、宮崎さんに近づかないようにと考えているフシがあります。

落合 細田 守監督は?

伊藤 細田さんは、本当は超ロジカルな人で、ファミリーもの以外もそろそろやってくんないかなあ、と思って見てます(笑)。ほろ苦い青春ものとか観たいですよね。

落合 それはなんかわかる気がします。ちなみに、新海 誠監督は?

伊藤 あの人はもうしばらくこのゾーンを続けてくださいという感じです。

落合 あの、村上春樹の小説の「僕」のひとり語りを映画化したような......。

伊藤 永遠の童貞が見る夢のような(笑)。

落合 僕も昔から新海アニメの大ファンで、しばらく観ていないと背中がむずがゆくなってくるので、そういうときは新海作品を観に行くようにしてます(笑)。最後に、神山健治監督は?

伊藤 あの人はたぶん、押井 守直系の人ですよね。

落合 ああ、その神山監督が『ひるね姫』を作ったとなれば、確かに今の日本アニメ界、SFがすっぽり空いてるのかもなあ。

伊藤 おそらく本当はみんな、ジブリのゾーンを目指していて、だけどなかなかたどり着けないじゃないですか。それぞれ適正ポジションみたいなものがあって、俺の場合はSFが比較的向いてるのかな、と考えています。

落合 SFというジャンル自体は、この先どのように続いていくのでしょうか。

伊藤 SFの黎明期に描かれていたガジェットの中には、すでに実現したものも少なくありませんが、だからといってジャンルが衰退するようなことはなく、新たな領域を開拓し続けていますよね。その時代その時代で、テクノロジー的なものだけじゃなく、また別の鉱脈があるのでしょう。

僕としては、今後SFは哲学のほう、精神的なもののほうに近づくんじゃないかと思っています。

落合 いいですね。結局SFって、人間社会を別の視点から見るために何かツールを選択する、という方法論が根底にあると思うんです。そのツールがバイオだったり重力波だったり、おっしゃるように哲学的なものだったり、時代によって変わっていくわけで。

伊藤 はい、そのベースは変わらないと思いますよ。

■「コンテンツ応用論2019」とは? 
本連載は、昨秋開講された筑波大学の1・2年生向け超人気講義「コンテンツ応用論」を再構成してお送りしています。"現代の魔法使い"こと落合陽一准教授が毎回、コンテンツ産業に携わる多様なクリエイターをゲストに招いて白熱トークを展開します

●落合陽一(おちあい・よういち) 
1987年生まれ。筑波大学准教授。筑波大学でメディア芸術を学び、東京大学大学院で学際情報学の博士号取得(同学府初の早期修了者)。人間とコンピュータが自然に共存する未来観を提示し、筑波大学内に「デジタルネイチャー推進戦略研究基盤」を設立。最新刊は『2030年の世界地図帳 あたらしい経済とSDGs、未来への展望』(SBクリエイティブ)

●伊藤智彦(いとう・ともひこ) 
1978年生まれ。細田守監督作品『時をかける少女』(2006年)、『サマーウォーズ』(09年)で助監督を務め、『世紀末オカルト学院』(10年)で監督デビュー。監督第2作となるテレビアニメシリーズ『ソードアート・オンライン』が大ヒットし、劇場初監督作『劇場版ソードアート・オンライン オーディナル・スケール』が世界興収43億円の大ヒットに。昨秋、劇場2作目にして初のオリジナル長編『HELLO WORLD』が公開された

構成/前川仁之 撮影/五十嵐和博