激しいアクションで見せる漢の顔から、ナイーブな表情での呼吸、ときに人間ではない存在としても息づく、変幻自在な俳優・窪田正孝。バリエーションに富む彼のフィルモグラフィーからは、俳優としての着実な歩みがうかがえる。2020年、窪田のリストに新たに加わる主演映画『初恋』は、三池崇史監督が奏でる純愛物語だ。先んじて公開された海外では、三池流の恋愛模様に、敬意とたっぷりの愛情を込めて“Miike meet-cute”とも称された。

天涯孤独なプロボクサー・葛城レオ(窪田)は、負けるはずのない格下相手との試合でKO負けとなり、さらには試合後、医師から余命いくばくもない病に冒されていると告げられる。呆然と夜の歌舞伎町を彷徨うレオだったが、何者かに追われているらしい少女モニカを衝動的に助けたことから、黒社会の抗争に巻き込まれることに。ヤクザ同士の熾烈な駆け引き、中国マフィアとの攻防、アンダーグラウンドな悪徳刑事の欲まで蔓延り、血なまぐさい夜が更け行く。

窪田が、まだ19歳のときに主演したドラマ『ケータイ捜査官7』でシリーズの監督を務めた三池崇史とは、実に10年ぶりの本格タッグとなった。「たまたまという言葉では片づけられない」と熱心に語り「運命」という2文字を強く胸に抱いたという窪田は、本作を機に思いを新たにするところがあったと、“欲”をロングインタビューで明かした。

――『初恋』で、また新たな代表作が窪田さんのキャリアに加わったように思います。レオを演じるにあたり、軸とした部分はどのあたりでしたか?

窪田:基本的に、ストーリーにどんどん巻き込まれていくほうなので、あまり自分から発信していかない感じの人間だと思っていました。すがるものが自分の体というか、拳でしかないから、人を信用しない感覚というのは意識としてずっと持っていました。口を開いたことがないような感じ、とでも言うんですかね。動物で言うとライオンみたいな猛獣のような感覚で、狩りのときだけは牙を出すけれど、それ以外ではずっとしまっておくようなイメージ。そんなレオがどんどん変わっていくんですよね。その変化を出すためにも、基盤を極力アウトローに置いていました。人っぽくない人をちょっとやってみたかったな、と思って作っていました。

――ボクシングのシーンもさることながら、観ていて滾る感覚は、ホームセンターでレオがヤクザの権堂(内野聖陽)や、チアチー(藤岡麻美)と対峙するシーンで強くありました。演じていても、気持ちいい感じでしたか?

窪田:そうですね。ホームセンターで血を吹き出したりとかの場面は……ああいう瞬間って、「本当に生きている」っていう心地がしますよね。もちろんお芝居の世界なんだけど、死が感じられるほど燃えるものというか、「ここで負けたらもう終わり」という感じは、ゲームみたいにまたコンティニューして戻れないから、そのときにすごく生きている心地がするし、血走ってくるものがやっぱりあるんです。

ああやって(ほかの役者と)対峙したときに、その人が生きてきたものがすごく出てくるんです。例えば、内野さんのすごく大きい体と、ズタズタになって、会ったときに錯覚を起こします。内野さんは昔気質の武闘派ヤクザを演じているんですが、それだけじゃない、その奥に感じられる生きざまが、スーツの隙間からにじみ出てくる感じがありました。そういう瞬間はやっぱりすごいゾクゾクしますし、「隙があったら食べられちゃうんじゃないか」、「ガブッとやられちゃうんじゃないか」という危機感さえも覚えたりして。肌から感じるものが、やっぱりありましたね。

――そして、『初恋』は三池監督との久々のタッグでも話題を集めています。ご指名を受けたとき、どんな気持ちでしたか?

窪田:今回、10年ぶりなんです。10年前の仕事から今に至って、そのタイミングでいろいろなものが重なって、三池さんからお話をいただくのは、すごく縁がある出来事というか……「たまたま」という言葉では片付けられない何かがあって。だから、すごく受け止めるものが強かったですし、勝手に「運命なのかな」と思ったりしていましたし、すごいうれしい反面、怖さもちょっとありました。どこまでできるかはわからないですけど、できる限り自分のできることをやってみたいと思い、オファーを受けさせてもらいました。

――「運命」という言葉もありましたが、今このレオという役、『初恋』という作品に関わったことに、めぐりあわせも感じていらっしゃるんですね。

窪田:本当に、いろいろなご縁があったからとも思っています。もともとは、ジェイク・ギレンホールの『サウスポー』(※元世界チャンピオンのボクサーが、どん底から再びリングを目指す物語)を観たとき、ボクサーの役に魅せられたんです。マネージャーに「ボクサー役、やりたいです」と言っていたら、ほどなくして「ボクサー役の話、いただいたよ」と。それが三池さんだったんです。だから、シンクロした感じもありました。

――普段から、三池監督とはやり取りを?

窪田:全然、連絡先も知らないです。何ていうか……ラブコールみたいなものは、こういう取材のときとかに結構言ってはいたんですけど(笑)。三池さんとは、「10年間何してた」、「こうしてた」みたいな話はしなかったんですが、いろいろな現場で、いろいろな仕組みを知っていたりすると、必然的に三池さんとお話する内容も10年前と変わってきたりするんですよね。いかに自分が子どもだったかを実感しました。

今回、『初恋』では、すごくいろいろな映画祭にも行かせていただいたんです。その際、「この作品がなぜ映画祭に行けたのか」とか、「どうやって作ってきたのか」とか、そうした過程を三池さんのほうからフランクに話してくれました。…これまで、僕はたぶん「三池監督」というブランドを意識しすぎていたんだと思います。自分から知らない間に、ついバリアを張ってしまったりしていたような若い感覚があったんですけど、ご一緒している間に知らぬ間に解けてきて、いろいろお話できました。それがすごくうれしい部分でもありましたし、対等な人間として話せるようになったのが、10年前の自分と一番違うところかもしれません。

――撮影に入られてからも、10年分の成長を見せたいような意気込みもありましたか?

窪田:意識はすごくあったんですけど……その意識を出そうという時点で、もう敵わないところなんですよね。なので、ちょっと澄ましている自分もいたんですよ(笑)。ただ、今回すごくよかったのが、相手役の小西桜子ちゃんが、まさに10年前の自分とまったく同じ立ち位置だったんです。三池監督が彼女に言っていること、演出していることが、本当にそのまま自分にオーバーラップしている部分がすごくありました。当時の自分は、自分のことでいっぱいいっぱいだったんだけど、今はそれじゃいられなくなっていて。これからの人たちがどれだけ気持ちよくというか、自分を出していく環境を作れるかは、一緒に芝居をする自分が、今回は彼女が一番よく見えるふうに誘導していくところもあると思っていました。なので、その作業は結構していました。

――お話にあったように、各国の映画祭でも上映されましたし、先行公開された全米でも非常に評判が高かったと伺っています。海外の映画祭に赴いて、新たに芽生えた感情はありましたか?

窪田:三池さんは映画祭には何度も行かれているから、現地でも三池さんへの質問がすごく集中したんです。初めて「世界の三池」と言われているところを目の当たりにして、本当に視野が全然違う、相手にしているマーケティングが全然違うのかなと思いました。僕が何かできているとは思っていないんですけど、『初恋』に携わることによって、海を越えたところで日本で作られたものを、自分を知らなかった人たちが観てくれているのはとても光栄なことだと思います。上映が終わった後には、すごいスタンディングオベーションがあったりもしましたし、本当に、すごく気持ちいいことなんだなって喜びを感じました。

同時に、少し欲も出てきたんです。今回は三池さんに連れてきてもらいましたけど、次の目標は「今度は、自分がいつか三池さんを連れてきたいな」とか、勝手に思ったりしましたね。…何年先になるかはわからないですけど(照)。

――現地に行かれて、自然と湧き上がってきた思いなんですね。

窪田:そうですね。海外とか、自分にはほど遠いものだと思っていました。賞を頂いたり、何かで招待されたりとリアルタイムで起こると、それだけの価値があるんだと実感したから沸き上がったことだと思います。だからと言って海外の映画に出たいとかではなくて、日本映画の良さが伝わるものを作っていきたいなと思いました。今、映画を作るにあたってどんどん難しくなっていたり、出来ることも狭くなっている気がしますし、映画館で映画を観てもらうことにも難しい部分があるけど、「難しいから」という言葉で片付けたくない。微力でも、できることをやっていきたいんです。面白いと思える人たちとやっていく中で、世界に認められたりする形が、本当に一番理想だなと思います。そうした欲は今回の体験でこみ上げてきましたね。

――タイトルについても聞かせてください。『初恋』とは意表を突いた、それでいて「ああ、『初恋』だ!」と最終的に思わせる絶妙なタイトルに思います。窪田さんご自身は、どう感じました?

窪田:例えば、男女を描くところからの「人を好きになる」とか「愛している」、「キスをする」といったようなラブシーンというものを描いていないので、そうした台本の構成の中に自分の身を投じたときに、すごくしっくりくるものがありました。イチャイチャとかではない表現のところで、一見、全然『初恋』というものとはほど遠いくらいの、日本の古き良きヤクザの人たちの運命から、ひとつ花が咲いた感じが、僕はすごく好きでした。いろいろな物事が起こって、いろいろな人が目の前で命を燃やしていき、そして、最後の“あのシーン”のワンカットにすべてを託していくというか。あの想いが、この『初恋』という作品の象徴にもなっているんですよね。皆さんが気持ちを、命をつないでくれたこと、作品を観ても実感できました。携われてよかったと思いましたね。

――ところで、窪田さんは、オフのときに映画館に行って映画を観たりなども結構されるほうですか?

窪田:はい。奥さんもすごく映画が好きなので、一緒に映画館に観に行ったりして、結構リフレッシュしています。僕、予告から観るのが楽しみなんです。始まる前にちゃんと入って、ポップコーンを食べながら予告を観て「あ、次はこの作品を観ようかな〜!」とか考えるのが楽しいですね(笑)。

――ちなみに、今年もしくは2019年に観た中で、窪田さん的ヒット作はありますか?(※取材は2020年入ってすぐ)

窪田:ちょっと待ってくださいね(スマホのメモアプリのようなものを開く)。

――観た作品を全部メモ書きしているんでしょうか?

窪田:そうです、いつも全部メモってます。

――手前味噌ですが、「Filmarks」も忘備録的なご使用、おすすめです……。

窪田:Filmarks、確かに(笑)。奥さんがFilmarks派なんですけど、僕はメモ派なんです。いや、しっかりアプリは持っていますよ!

――すみません、ありがとうございます。メモから印象的な作品を抜粋していただけますか?

窪田:最近のものだと、やっぱり『パラサイト 半地下の家族』ですかね!おこがましいかもしれないですけど、賞を獲る理由が本当にわかるというか、すごく面白かったです!!僕はああいうテイストが好きかな、すごいスッキリする部分があるんですよね。とても好きでした。

もう1本、僕がゾクゾクしたのは『ドクター・スリープ』。観た時間が遅かったのもあって、なおさら説得力があるように感じました。もしかしたら昼間に観ちゃうと、ちょっと違うものだったのかなと思うんです。幽体離脱したりと絶妙に怖い雰囲気が合っていて、夜観てよかったなと思う瞬間がありました。

――映画館で観る体験自体もですし、観に行く時間帯、帰り道も作品の盛り上げに加担しますよね。

窪田:そうですね。それで言うと、『初恋』もやっぱり夜のいい時間に観るのが、なんかいいと思いますね。マカオ(国際映画祭)で観たときも、ちょうど夜だったんですよ。三池さんも、「今の時間から観るにはちょうどいいですね」とおっしゃっていたので、その通りだなと思いました。ぜひ夜に……もちろん、昼から観るのもさっぱりしていいかもしれないですけどね!!(取材・文=赤山恭子、ヘアメイク=及川美紀、スタイリスト=菊池陽之介)

映画『初恋』は、2020年2月28日(金)より全国ロードショー。



出演:窪田正孝 大森南朋 染谷将太 小西桜子・内野聖陽、ほか
監督:三池崇史 
脚本 : 中村 雅 音楽 : 遠藤浩二 配給 : 東映
上映時間:115分
公式HP:https://hatsukoi-movie.jp/
(C)2020「初恋」製作委員会