2月20日、浙江省杭州市のある工場の入り口。中に入る際は体温検査を受ける(写真:財新)

新型コロナウイルスの蔓延に伴って操業停止していた多くの中国メーカーが、工場を再稼働しつつある。ただ、人手の確保や感染対策など課題は山積。iPhoneの供給にも影響が出ている。独立系メディア「財新」の記者が、操業再開の最前線を追った。

鴻海(ホンハイ)グループの深圳工場で品質検査員を務める姚同(ヤオトン)が春節(旧正月)前に湖南省株洲の実家に帰ったとき、本来10日間の休暇が44日間に及ぶ長い休暇になるとは思いもしなかった。

(台湾の)ホンハイは世界最大のEMS(電子機器の受託製造サービス)企業だ。生産能力がピーク時の従業員は100万人を超え、広東省深圳、河南省鄭州などに拠点を持つ。春節前夜、新型コロナウイルスの襲来により、中国に無数にある他の工場と同じく、ホンハイも操業を停止した。

世界のスマホの70%が中国で生産

中国は全世界のスマートフォンの70%を生産している。ホンハイの鄭州工場だけでも、世界中のiPhoneの少なくとも4割を供給する。サプライチェーンの停滞は連鎖的な反応を引き起こした。

(アメリカの)アップルは2月中旬、「サプライヤーの工場の操業再開プロセスが予想よりも遅い」ため、世界のスマホ供給に影響し、さらに中国エリアでの需要も影響を受けるため、1〜3月期の売り上げ目標を達成できないだろうと発表した。


本記事は「財新」の提供記事です

ホンハイは操業を停止したままではいられない。中国の工場もすべて止まってしまうわけにはいかない。工場は経済と社会生活をつなぐ原動力であるだけでなく、感染を防ぐ設備や物資の供給者でもある。基本的な装置から医療用酸素や救急車まで、機械を長時間停止させることの後遺症は計り知れない。

しかし、操業再開そのものが一連の複雑な出来事である。製造工程の改変、宿舎の改造、感染予防の保障、従業員の職場復帰、オーダーの延期など、多くのプロセスが錯綜しており、1つの企業だけで決めることはできない。

2月6日から(日本の内閣に相当する)国務院は、秩序ある生産の正常化を進めることを強調しはじめた。(武漢のある)湖北省以外の感染者数が徐々に減少するにつれて、各地の地方政府も凍結政策を調整しはじめ、工場の歯車が少しずつ回り出した。


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ホンハイは元々、中国大陸のすべての工場で2月10日に操業再開することを計画していた。だが、2月9日の夜になっても、ほとんどの従業員は操業再開の明確な通知を受け取っていなかった。

深圳市疾病予防管理センターは2月6日にホンハイを視察し、「今のところ大規模な操業開始の条件を備えていない」との結論を出した。原因は、同社の従業員宿舎のほとんどが8人部屋で風通しが悪いことと、食堂の食事環境が密集していることだ。同センターはホンハイに「秩序ある操業開始」を求めた。

2月15日、同社の深圳工場は地方から来た湖北省戸籍以外の従業員に対して、職場への復帰をようやく通知し、2月19日までに工場に戻るよう要求した。

鄭州工場は2月17日に省内での従業員募集を始めたが、翌日には鄭州出身者以外のすべての従業員募集と職場復帰を休止した。原因は、隔離用の宿舎の不足だ。

深圳に戻っても14日間の隔離が必須

姚は、通知を受け取った3日後に湖南省株洲の実家から深圳に戻り、ホンハイの「楽富勤」宿舎で14日間の隔離生活を始めた。改造後の宿舎は1人1部屋で、会社が寝具を提供し、食事は3食ともドアまで持ってきてくれる。

「食事はまあまあよい。牛乳とリンゴがついている」。姚は、同社の職場復帰に向けたサービスにとても満足している。

彼と同じ宿舎には、他にも1320人の男性従業員が隔離されており、深圳工場エリアには多くの同じような隔離用宿舎がある。

ホンハイの操業再開は例年よりも遅くなることを避けられない。2月6日、同社の衛生担当責任者は、深圳市疾病予防管理センターの監督検査グループに対して次のようなデータを報告した。

「2月10日に5.7万人が深圳工場に到着する。(深圳に)とどまっていた2万人の従業員を合わせると、約7.7万人になる。この数字を基に計算すると、従業員の復帰率は約43%だ」

ホンハイの操業再開の旅は、さまざまな鏡面を持つプリズムのようだ。1つひとつの鏡面には、中国が「世界の工場」として、感染が拡大するなか再び立ち上がろうとする切迫感や努力、慎重さややるせなさが映し出されている。

これからの数週間で製造業が正常化するかどうかはまだ不確定だ。財新記者は多くのアナリストを取材した。そのうち楽観派は、湖北省以外の地域では、2月末に操業再開率は8割以上に達するだろうと予測している。悲観派は、3月末になってやっと8割以上に達し、フル稼働は4月か5月ごろだろうと見る。

操業再開にまず必要なのは人だ。各地に分散している従業員をもう一度集めなければならない。復帰を促すため、ホンハイの鄭州工場は予定通りに復帰した従業員に3000元(5万円弱)の手当を出すことにした。

復帰ボーナスの金額で競い合う大手2社

だが、この施策も特別な魅力があるとはいえない。

仁宝電脳(コンパル・エレクトロニクス)の重慶工場が打ち出した施策は、段階的に約4500元(7万円強)のボーナスを出すというものだ。さらに、春節前に離職した従業員が復帰した場合、勤続年数を離職前から継続して計算するという。

そこでホンハイの鄭州工場はすぐに、職場復帰のボーナスを5250元(8万円強)に増額した。


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「どちらも世界的なEMS工場だ。品質の差も大きくない。すばやく人手を集め、オーダーをよりうまくさばける企業が、顧客から引き続き注文を勝ち取ることができる」。あるEMS工場の関係者はそう語る。

人を奪い合って操業再開することは、このフェーズにおいてまた別の意義を持つのだ。


※敬称略、『財新週刊』2020年2月24日発売号より抄訳

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