“霜田塾”からの卒業生の増加が止まらない。J2のレノファ山口から、J1クラブへ巣立っていく選手が年々増えているのだ。

 ざっと名前を挙げるだけでも、小野瀬康介、高木大輔(以上ガンバ大阪)、オナイウ阿道(横浜F・マリノス)、菊池流帆(ヴィッセル神戸)、前貴之(コンサドーレ札幌)、三幸秀稔(湘南ベルマーレ)など、新加入(期限付き移籍も含む)で山口に来た選手が成長し、J1のビッグクラブへ引き抜かれていく現状がある。


レノファ山口を率いる、霜田正浩監督

 上位カテゴリーを目指すチームから、活躍した個人が引き抜かれることを「個人昇格」と言うが、レノファ山口からの個人昇格数は、J2を見渡してもトップクラスだろう。

 そもそも、レノファ山口は資金が豊富なクラブではない。2018年にJリーグが開示した資料によると、チーム人件費はJ2の22チーム中14位。年俸は高くないが、ポテンシャルを秘めた選手を獲得し、戦力へ育てていく。そうしてチームを強化していく中で、評価された選手が個人昇格していくという流れがある。

 その中心を担うのが、選手の目利きと育成力に長けた、霜田正浩監督だ。現役時代はプロサッカー選手を目指して、三浦知良(カズ)らと共に18歳でブラジルに渡り、帰国後はフジタ工業(現・湘南ベルマーレ)や横河電機でプレー。

 引退後はヴォルティス徳島(現・徳島ヴォルティス)や京都サンガのアカデミーで指導し、FC東京やジェフ千葉でヘッドコーチを務めたあと、日本サッカー協会の技術委員(のちに技術委員長)として、原博実氏とともにアルベルト・ザッケローニ、ハビエル・アギーレ、ヴァイッド・ハリルホジッチの招聘を担った。

 選手と指導者としての仕事だけでなく、FC東京時代には強化担当として選手獲得に奔走。日本サッカー協会入局当初は、日本代表チームのマネージャーとして、遠征時のホテルや飛行機の手配、グラウンドの確保など、裏方の仕事も経験。さまざまな立場からサッカーに関わってきたことが、現在の”監督・霜田正浩”の礎になっている。

 若手選手を獲得し、成長させる手腕は、強化担当を務めたFC東京時代から発揮していた。01年当時のFC東京はJ2から昇格してきたばかりで、いまのようなビッグクラブの面影はなかった。当時は鹿島アントラーズとジュビロ磐田の2強時代。両者を倒すために、「現役の日本代表選手の獲得は難しいが、いずれスターになるであろう、年代別日本代表の選手を獲得して鍛えよう」と考え、選手の獲得、交渉に乗り出していった。

 国見高校の主力として高校時代に3冠を獲得した徳永悠平とは、早稲田大学進学後もコミュニケーションを取り続け「ずっと僕を追いかけてくれた、FC東京に行きます」という言葉とともに加入が決まった。他クラブと競合した市立船橋高の増嶋竜也には、FC東京に来ると、将来どうなるかをプレゼンして射止めた。

 ほかにも石川直宏、今野泰幸、茂庭照幸といった、04年アテネ五輪世代を次々に獲得し、FC東京がクラブとしてスケールアップしていくベースを担う選手を加入させるなど、若手選手にビジョンを提示し、ステップアップさせることを当時から実行していた。

 レノファ山口の監督になってからも、そのスタンスは変わらない。高木大輔には「レノファで活躍したら、さらなるステップアップが望めるかもしれない。選手はいつブレイクするかわからない。できればうちでブレイクしてほしい」と口説くと、その言葉どおり、18年の初年度は38試合8得点とキャリアハイの活躍を見せ、加入から1シーズン半でガンバ大阪へと旅立って行った。

 18年、19年シーズンにキャプテンを務めた三幸秀稔は”霜田塾卒業生筆頭”と言っていいだろう。中盤の底を起点にする”和製ピルロ”で、豊富な運動量と両足の正確なキックでゲームメイクができる稀有なタレントだ。

 三幸は18年の霜田監督就任と同時に、24歳でキャプテンに抜擢された。当時、霜田監督に「なぜ、三幸をキャプテンにしたのですか?」と尋ねると「彼は理解力と発言力があり、周りに影響を与えられる選手だから」と即答されたことを覚えている。


2018年のレノファ山口。三幸秀稔、前貴之(写真前列左から1番目と2番目)、小野瀬康介、オナイウ阿道(同後列2番目と3番目)、高木大輔(同後列右端)ら、多くの選手がJ1のクラブへ移籍した

 霜田監督、三幸キャプテン体制初年度は8位と躍進。19年シーズンは15位と苦しい結果となったが、三幸はリーグ戦全試合に出場するなど、ピッチ内外で中心選手として活躍した。霜田体制の2年間でほぼ全試合に出場した三幸は、19年シーズン終了後に湘南ベルマーレへの移籍を発表する。プレスリリースには、三幸らしい感性でこう書かれていた。

「霜田監督をはじめとするスタッフのみなさん、こんな生意気で未熟な僕を信じ、支えてもらい、ここまで育てていただき本当にありがとうございました。(中略)ここで学んだことを生かし必死に頑張っていきます。本当にお世話になりました。しもさん! ありがとうございました! 行ってきます!」

 リリースにある「しもさん」とは、霜田監督のことである。

 筆者は以前、霜田監督に何度かロングインタビューをさせてもらったことがある。その際、こう話していた。

「選手を獲得するときに伝えるのは『レノファに来れば、サッカーがうまくなるぞ』ということです。サッカー選手であれば、何歳になってももっとうまくなりたいという気持ちを持っています。うまくなるためには日々のトレーニングの質が重要で、私はそこに自信を持っています。シーズンが終わった時に、選手自身に『サッカー選手として、充実した1年を送ることができた』と言ってもらえるような努力を最大限すると約束しています」

 選手を成長させるためにビジョンを提示し、トレーニングを通じて成長させることができるのが、霜田監督の力である。日本代表の技術委員長時代には3人の名将に学び、ベルギーのシント・トロイデンでは外国人選手と接することで、コミュニケーションの重要性を再確認するとともに、戦術的で情熱的、攻撃的な、フットボールの醍醐味を濃縮したスタイルを追求してきた。

 世界のサッカーから常に学ぶ指揮官のもと、サッカーの原理原則を身につけた選手たちが、能力を少しずつ伸ばしていく。その成果が、類を見ない個人昇格の多さなのだろう。

 とはいえ、チームの目標はJ1昇格であることに変わりはない。三幸、前といった主力が抜けた穴は大きいが、霜田体制3年目となる今季はどのようなチームがつくられるのか。そして、新たな選手の台頭はあるのか。楽しみは尽きない。