飛沫感染予防具=接触感染源!

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前回のコラム記事から2週間が過ぎたが、新型コロナウイルス感染は残念ながらその後も拡大の一途。報道も相変わらず過熱状態が続いている。

政府チャーター機で武漢から帰国してそのまま経過観察のため千葉のホテルや税関施設に滞在していた人たちはようやく帰宅できたようだ。その一方で、帰国者のうち10数名は当初から施設滞在を免除されて帰宅したものの、数名は帰宅後10日ほど経ってから感染が判明したという。なぜこのようなチグハグな措置になったのか理解に苦しむ。政府や対策関係者はここまで感染拡大する可能性は低いと、たかをくくっていたのではないだろうか。

一方、横浜に停泊中のダイヤモンド・プリンセス号からはようやく、陰性が確認された80歳以上の希望者10数名がこの週末前に下船した。寄港から10日あまり、さぞ不安な毎日を過ごしたことだろう。僕は医師とはいえ88歳。同じ状況に置かれたらそれだけで抵抗力も気力もかなり落ち、感染リスクは相当高まっていたはずだ。

今やキャッチフレーズのように使われているが、「正しく恐れる」ことはとても重要だ。

「正しく恐れる」べき人は...

厚労省が発信する一般向けの注意喚起情報では、感染リスクや対策に関して今現在も、「インフルエンザと同等」や「インフルエンザと同様」という表現が使われている。それが正しいとすれば、自分が感染した場合の重症化や生命の危機というレベルでまず恐れるべき人はインフルエンザの場合と同様、乳幼児、妊婦、いわゆる基礎疾患を持つ人、そして高齢者だ。

また、仮に恐れる対象を発症や重症化ではなく単に感染することとするのであれば、老若男女問わず恐れるべきものは飛沫感染と接触感染。新型コロナウイルスやインフルエンザウイルスでも空気感染する可能性があるという専門家もいるようだが、重要なのは可能性やリスクの高低に応じて「正しく恐れる」対象や対策の優先度を調節することだ。

そう考えるとどうしても違和感を感じるのは、厚労省が相変わらず積極的に宣伝している「咳エチケット」と、相変わらず品不足で大騒ぎになっているマスク信奉。神話と呼んでも良いだろう。

「咳エチケット」とマスク神話

今回の新型コロナウイルス対策に限らず、厚労省は毎年、インフルエンザに対する日常的な感染予防策として、手洗いに加え、咳やくしゃみをする際にマスク、あるいはティッシュ、ハンカチ、袖などを使って口や鼻をおさえる「咳エチケット」への取り組みが重要だと呼び掛けている。

「エチケット」という言葉は礼儀作法を意味する。咳をする人は周囲の人に対するエチケットをという意図は分かるが、感染症を感染させるリスクはエチケットの話とは次元が違う。「エチケット」という表現を使うことで、「正しく恐れる」べき新型コロナウイルスやインフルエンザに対する認識を曖昧なものにしてしまってはいないだろうか。

また、インフルエンザ対策としてのマスク使用に関して、欧米の多くの政府機関は、特に症状のない人が自身の予防のために医療施設内以外の外出先でマスクを着用することは特に推奨していない。マスクの種類や使用方法にもよるだろうが、基本的には感染予防の効果があるのは咳やくしゃみをする側が着用する場合。もちろん飛沫の直撃を防ぐ効果は受け手の側にもあるため、対策として無意味ではないとしても、一般的なリスク対策としては念入りの手洗いや手の消毒の優先度の方が高い。厚労省が発信する情報も注意して読むと同様なのだが、それを明確に伝えているとは言い難い。

マスク=飛沫感染予防具=接触感染源

僕は外科医なので現役当時はマスクは制服のようなものだった。手術用のガウンと帽子、そして手袋も含め、外科医の「標準服」は基本的にすべて1回限りの使い捨て。手袋をはめた手で自分の汗を拭ったり帽子の上から頭をかいたりすることもご法度だ。手袋の使用前後には念入りに手を洗う。いずれも飛沫感染と接触感染の予防目的だ。

市販されているマスクの多くは医療現場で使用されるサージカルマスクと呼ばれるマスクの一種だが性能としては同等かそれ以下のものがほとんどだろう。そもそもサージカルマスクは、着用者である医師が唾液などの飛沫を撒き散らすことを防ぐことと、逆に患者の血液などの飛沫の直撃を防ぐことを目的としている。呼吸をすればフィルターだけでなく周囲の隙間からも当然のごとく空気が出入りする。市販品の中には密着タイプのものもあるが、それにしても飲食などのための着脱時に素手で普通に触っていれば接触感染リスクは高い。飛沫感染予防の効果を発揮する状況にあればあるほど、マスク自体は接触感染源になるはずだ。

感染を恐れるべき人や、「正しく恐れる」べき対象、そしてそれらに対する対策。政府機関・医療機関やメディアはこれらの優先度をより明確に伝えていくことが感染拡大の抑制にもつながるのではないだろうか。

[執筆/編集長 塩谷信幸 北里大学名誉教授、DAA(アンチエイジング医師団)代表]

医師・専門家が監修「Aging Style」