武漢市内をバイクで走る京東集団の配送員(写真提供:京東集団)

新型コロナウイルスによる肺炎が全土を覆い、厳戒態勢が続く中国。人々の往来を抑えるために春節休暇が2月2日まで延長され、その後も多くの都市が企業の業務再開に待ったをかけてきた。だが、いつまでも先延ばしすると今度は経済が危うくなる。武漢市のある湖北省以外の大半のエリアでは、2月10日に企業活動が一応再開された。

「一応」という前置きがあるのは、地域によっては外出を厳しく制限されたり、新型肺炎の抑止に貢献する事業と国民のライフラインを守る事業以外は、業務再開に何重ものハードルが課されたりしているためだ。通常体制に戻ったとはとても言えない。

在宅勤務でも会社のシステムに入れない

東海地方に本社を置くある部品メーカーは、大連市で運営する工場を2月10日に再開すべく、新型肺炎感染防止対策を策定し当局に提出したが、3回却下され、4度目の正直で承認された。経営者の男性は「『100%感染を防げます』と言い切れるくらい対策が徹底されていないと受理されないようです。ただ、却下の理由は示されないので、先に承認された企業の申請書を見ながら、試行錯誤でした」とほっとした表情で話した。

製造ライン以外の職種では在宅勤務を導入する企業も多いが、準備が間に合わないケースも散見される。大連市の日系企業に勤める李勝男さん(仮名、24歳)は、帰省先から1月末に戻ってきた。だが、同市が「市外から大連に来た人は2週間、自宅にとどまること」を要求しているため、2月10日の業務再開後も数日は自宅で仕事をすることになった。

営業職の李さんは2019年12月に入社したばかり。研修中とあって、単独で顧客とやりとりできない立場にある。さらに勤務先がこれまでリモートワークを認めていなかったため、在宅勤務になって初めて、自宅のパソコンから会社のシステムにログインできないことが判明した。出勤扱いにもかかわらずスマホから先輩とメールでやりとりをするぐらいしかできない。

当初は、「給料が出るし、休みが延びてラッキー」と思っていたが、「そのうち、もう来なくていいよと言われるのではないかと心配です」と不安を募らせている。

また北京の欧米系IT企業に勤める陳慧さん(28歳)は、2月7日に河北省の実家から北京に戻ったが、翌8日、会社は休暇をさらに1週間延期し、2月17日に業務を再開することに決めた。取引先との契約やセキュリティーの問題で、オフィスの外では仕事ができないからだ。

することがなくなった陳さんは、8日から「封鎖日記」と題する日記をつけ始めた。そこに記されたある日の記録はこうなっている。

9時:起床
9時〜10時:ご飯
10時〜11時:パソコンの中身の整理やネットサーフィン
11時〜12時:求人情報を見る
12時〜14時:部屋で運動
14時〜15時:掃除
15時〜16時:昼寝
16時〜18時:炊事と晩ご飯
18時〜20時:お風呂
20時〜22時:資料などの整理、ネットサーフィン

新型肺炎の発生前は北京市内のジムに通っていましたが、ジムのあるエリアで感染者が出て、一帯が閉鎖されてしまいました。今はダンス動画を見ながら、ズンバのリズムに合わせて40分ワンセットで体を動かしています」

そう話す陳さんは、たっぷり運動をして、入浴にも2時間かけている。友人たちの間で、食事は「出前派」と「自炊派」に分かれているが、陳さんは後者。自宅に戻る日の7日、当面外出できないと覚悟して食材をまとめ買いした。

普段作らないような手の込んだ料理を作って楽しんでいるが、省力化とダイエットのため、食事は1日2回。「私はもともと1人が好きで、日頃できないことを存分にやっていますが、ストレスをためている友達も多いです」と言う。

急速に普及する無接触サービス

陳さんは先週インターネットで注文した3000円の電子マスクが手に入るまでは、とことん籠城するつもりでいるという。だが、自宅周辺のエリアでは外出制限はそれほど厳しくなく、散歩を始める友人も出てきた。とは言え、散歩に出ている人たちも「マスクをして、人のいない場所を歩く」ことは守っているという。


2月12日の北京市内の光景。買い物で並ぶときにも前後の人と距離を置くことが求められている(筆者友人提供)

先に紹介した大連の工場では当初、「昼食時には人と向かい合わずに座り、私語厳禁」というルールを策定したが、従業員のストレスと感染リスクの両方を軽減するため、昼食を取らずに退社するか、昼食を家で食べてから出社する時短勤務を導入するように改めた。

感染リスクを極力減らしながらストレスの少ない生活を送る方法に皆が知恵をめぐらす中、バズワード(流行語)になっているのが「無接触サービス」と「無人化」だ。


無接触サービスを説明するビザ宅配店の広告(筆者友人提供)

市民生活のためにサービスの維持を求められる一方で、従業員の健康も守らないといけない「食」に関わる企業の間で、無接触配送サービスは新たなスタンダードになりつつある。

例えば出前アプリ大手の美団(メイトゥアン)や餓了麼(ウーラマ)、中国EC最大手のアリババが運営するネットスーパー盒馬鮮生(フーマーシャンシェン)は、配送員とユーザーが商品の受け渡し場所を決め、配送員が指定位置に置いてその場を離れた後、ユーザーに取りに来てもらう方式を取っている。

ケンタッキーフライドチキンが1月末に始めた無接触配送サービスは、配送員がマスクやヘルメットで全身を覆い、さらに消毒したうえで、商品を指定の場所まで運ぶ。注文した客が近づくと、配送員は手で制止し、飛沫が飛んでこない場所まで後退する。異様さとコミカルさが漂う、商品の受け渡しシーンは、メディアやSNSで大きな話題になっている。

中国の店舗の半数を休業しているバーガーキングも、2月8日に運営している店舗で無接触配達サービスを始めた。ほかにも、スターバックスコーヒーが店内に設置した無人の商品受け取りスペースや、生鮮野菜EC企業による宅配ロッカーに商品を届ける取り組みも人気を集めている。

無接触サービスは市民生活だけでなく、より感染リスクの高い病院でも積極的に導入されている。広東省の病院では人間の代わりに、2体のロボットが医療廃棄物や衣類の回収、薬と食事の配達を担う。10日弱の超突貫工事を経て2月2日に完成した武漢市の火神山医院には、客が自分で決済する「無人スーパー」がオープンした。


画像をクリックするとコロナウイルスに関連する記事の一覧にジャンプします

実は無人店舗は、中国ではかつて失敗の烙印を押されたビジネスモデルでもある。アリババのジャック・マー前会長が2016年10月、オンラインとオフラインを融合させて小売業にイノベーションを起こす「新小売り(ニューリテール)」というコンセプトを提唱すると、翌2017年には「新小売り」を体現するモデルとして中国各地に無人コンビニがオープン、大ブームとなった。

アリババは顔認証で入店から決済まで完了できる無人コンビニのコンセプト店舗を発表し、中国EC2位の京東集団(JD.com)はロボットが料理を作る無人レストランをオープンした。

だが、客から見える場所は無人でも、商品の補充やシステムの保守に人手がいり、出店コストも低くないなど、コスト面でさほど優位性がないことが次第に露呈。無人バブルは2019年に崩壊。店舗のほとんどが撤退した。

安全性の担保で、再び注目を集めている

ところが新型肺炎の流行で、無接触や無人サービスは「安全性を担保する」という新しい役割を与えられ、再評価されているというわけだ。陳さんは、春節から15日目にあたる元宵節(2月8日)に、毎年の習慣である湯元(もち米の団子)をどうしても食べたくなり、スーパーから宅配を頼んだ。


宅配された料理には調理や配送に関わったスタッフの体温が記載されている(筆者友人提供)

配送員は敷地の入り口で商品を置いて立ち去り、陳さんは受け取ると急いで自宅に戻った。商品には配送者が発熱していないことを証明する体温カードも添えられていた。

陳さんは「17日から仕事が再開すると、今のように部屋にこもって自炊でしのぐことも難しい。無接触配送はいい考えだけど、まだ改善の余地があります」とやや不安げだ。

人間と会うことがリスクという前代未聞の事態に直面する中国。国民や経済にとって巨大な試練であるのは間違いないが、消えるかのように見えた無人サービスが、真の需要によって復活の機会を与えられ、さらなる進化を遂げるかもしれない。