1試合に何度か訪れるテニスの「チャレンジ」は、とてもテレビ映えする。疑問が一瞬で解決する明快なビジュアルに、気がつけば目は吸い込まれる。使用される頻度、費やされる時間も適切だ。テニス観戦にもはや不可欠なツールとなっている。テニス人気の興隆にもひと役買っている「チャレンジ」に対し、サッカーのVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)はどうなのか。サッカーにとって有益なツールになり得るのか。

 欧州の主要国に遅れること1年半。日本にもその波は遅まきながら到達した。今季のJ1リーグ(2月21日開幕)ではVARが実施されるが、それに先立って行なわれたゼロックス・スーパー杯(横浜F・マリノス対ヴィッセル神戸)でも適用された。


横浜F・マリノス対ヴィッセル神戸戦でさっそく発動されたVAR

 さっそく前半、VARが2度、発動される機会が到来した。しかしいずれも、判定が覆る可能性を秘めた複雑なシーンとは言い難く、とりあえず確認したという程度のものだった。前半のロスタイムは5分。選手が倒れたシーンもあったので、2度のVARに費やした合計時間はざっと3〜4分間となる。試合がそれなりにレベルの高い好勝負だったこともあり、間延びした印象を与えたことも確かだった。

 テレビ放送もその間を持て余し気味だった。VARに入る前から白黒がほぼ決着していたこともあるが、緊張感を伝えられずにいた。

 サッカーは流れが途絶えない競技だと言われる。ケガや得点シーンを除けば、常にプレーオンの状態にあるところに、他の競技との違いがある。だが、この試合で最初に発生したVARのシーン(コーナーキックの流れから神戸のドウグラスがゴールを決めたが、副審がオフサイドの判定)も、これまでなら即、FKで再開されていた。そこに「待った」が入る可能性が生まれたわけだ。

 得点シーンで、少しでも微妙な箇所があれば、VARは必ずと言っていいほど入る。欧州サッカーを見ていて、そうしたシーンに直面すると、もはや選手も大喜びしなくなっている。ファンも同様だ。慣れてしまったのか、スタンドに即、歓喜が渦巻くシーンは減っている。サッカーの特性である流れを止めてしまうデメリットを、VARは抱えている。

 マリーシア。ホームタウンディシジョン。誤審も含め、これまで”必要悪”というか、肯定されてきた一種の曖昧さも、VARによって奪われようとしている。ただ、これらは試合の流れの寸断とは種類が違う。フェアプレーの精神が高まり、誤審が減ることは、あながち悪い話ではない。

 1試合に何度か訪れそうな、このサッカー的ではない間とどう向き合うかを考えた時、”頑張らなければならない”のは映像だ。判定の微妙さを映像でどのように可視化して伝えるか。

 欧州のチャンピオンズリーグなどでは、各プレーを3Dで立体的に解析している。360度、いろいろな角度から問題のシーンを検視するシステムが構築されている。一方、Jリーグがこれから導入しようとしているのは2Dだ。欧州サッカー観戦を通して3D映像を見慣れているファンには、かなり物足りないものとして映るはず。映像技術が発達した現在、訴求力は弱いものになる。

 なぜ3Dにできなかったのか。先日、日本サッカー協会で行なわれた審判説明会「JFA Media Conference on Refereeing 2020」でも話題になった。ザックリと言えば、そのシステムを構築する資金が足りないということだった。解析システムが精巧でなければ、つまり、見て面白いものでなければ、サッカー文化として浸透してきた”必要悪”に対しても申し訳がたたない。3D化は可能な限り迅速に導入すべきだと思う。

 一方、この説明会で一番盛り上がったのは、レフェリーとVAR室にいるスタッフとの交信の中身が、音声として紹介された時だった。詰めかけたメディア関係者の多くは、その慌ただしいやりとりを耳にして、衝撃を受けることになった。映像を眺めながら、多少乱暴な短い言葉で、「ああでもない、こうでもない」とやりあう会話が、実に興味深いのだ。

 テレビの警察や救急医療の現場に密着する番組にも通じる切迫感、緊張感に溢れていて、最前線で特別な任務に奮闘する人たちの言葉にならない言葉を聞かされている印象なのだ。複数カメラの映像をよくよくチェックすると、主審が最初に下したジャッジの方が正しい場合もあったりする。こちらが退屈しているその1?2分の間に、VARの現場では、こんな濃密な空気が流れているのかと、そのギャップにも驚かされることになった。

 映像と一緒に音声まで流せば、決定に至った背景はより鮮明になる。エンタメ性にも溢れていると感じたのだが、審判委員長の小川佳実氏は「家庭でかわされている夫婦の会話を公表するようで……」。「放送できない汚い言葉が出たりすると困るので……」。「スタッフにプレッシャーを掛けることになるので……」と消極的だった。

 ならば後日、可能なものだけ選んで、映像とともにYouTubeなどでアップしてみてはどうだろうか。可視化に加え「可聴化」が進み、決定に至る背景が明確になれば、審判へのリスペクトはもちろん、VARへの理解も深まる。ルールを正しく学ぶ機会になること間違いなしだと思うのだが。

 スタジアムに設置される映像設備の画質などを改善する必要性も感じる。お茶の間観戦者より、混乱しやすいのはスタンド観戦者だ。

 あの1〜2分間をどう楽しませるか。流れを切るというマイナス要素を、プラスに転じることができるか。その工夫こそ、VARの時代を迎えたサッカー界に問われている大きなテーマだと思う。