変わらぬ思いを……

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 あらたまの年を寿(ことほ)ぐ宮中の「歌会始の儀」が、今月16日に皇居で催された。御代替わり後、初めてとなった今回は17年ぶりに雅子皇后もご出席。華やかな雰囲気のうちに進んだのだが、ひときわ注目を集めたのは、秋篠宮家の長女・眞子さまの詠まれた歌であった。

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 新年の皇室は宮中行事が目白押し。その掉尾(ちょうび)を飾ったのが「歌会始の儀」である。16日午前、両陛下や皇族方、一般入選者らの詠まれた歌が、皇居・宮殿「松の間」に響き渡った。

「今年のお題は『望(のぞみ)』。17年ぶりにお出ましになった雅子さまは、サーモンピンクのドレスをお召しで、終始笑みをたたえておられました。ご自身は今回、被災地で復興作業に汗を流す若者を頼もしく思う気持ちを表す歌を作られており、入選者らの歌が朗詠されると、じっくり聞き入っておられました」(宮内庁担当記者)

 会の終了後は、入選者や歌を詠み上げた「披講(ひこう)」に一人ずつお声をかけ、労(ねぎら)われていたという。

変わらぬ思いを……

「雅子さまは昨年、一連の即位の儀式を無事にこなされ、また『全国植樹祭』『国体』『全国豊かな海づくり大会』『国民文化祭』という四大行幸啓にもすべてお出ましになりました。ですが、平成最後となった昨年の歌会始は、ご出席の予定だったところ風邪を召され、やむなくご欠席。今年は是が非でもという、新皇后としてのご決意がおありだったのだと思います」(同)

 実は今回、雅子皇后のお出ましとともにもう一つ、大いに注目を集めた事柄があった。

「眞子さまの詠まれた歌です。多くの和歌が披露された中で、最も解釈に悩む一首でした」(同)

 それは、以下のようなものであった。

〈望月に月の兎が棲まふかと思ふ心を持ちつぎゆかな〉

“満月に兎が棲む”という言い伝えを信じていた頃の純粋な気持ちを、いまも持ち続けたいものだ――このようなお心持ちを詠まれたわけである。

 今年のお題について、さる歌人は、

「『望』というのは、歌を作りにくいお題です。もともとポジティブな印象を帯びている文字なので、大勢で詠まれても“願う”や“眺める”としての『望む』など、どうしても使い方が限定されてしまう。“望月”もその一つで、歌の世界では伝統的に用いられており、テーマとしては珍しい選択ではありません」

 そう解説するのだが、前出の記者は、

「例えば両陛下は、それぞれ“希望”の意でお題を用いられ、また高円宮家の承子さまは“展望台”として詠まれていました。そんな中で眞子さまはあえて“月”をモチーフになさったわけです。誰もが2017年9月に開かれた小室圭さんとの婚約内定会見を思い浮かべたのは、言うまでもありません」

皇族方の評判は…

 件の会見は当初、同年7月に行なわれる予定だった。が、九州北部を襲った豪雨の被害に配慮し、一旦延期となる。それゆえ、お二人にとって待ちに待った“お披露目”となったわけなのだが、

「その席で、記者から小室さんの印象を尋ねられた眞子さまは『太陽のような明るい笑顔』と讃えられました。これに呼応して小室さんも『宮様は、私のことを月のように静かに見守ってくださる存在』だと評し、普段はお互いにファーストネームで呼んでいるなどと明かしたのです」(同)

 あわせて小室さんは、眞子さまと交際を始めたのち、夜空に綺麗な月を見つけるたび、眞子さまを思い出して電話をかけているといった“秘話”まで披露してくれたのだった。

 もっとも、さる宮内庁関係者によれば、

「会見でのやり取りは、大いに波紋を呼びました。そもそも、眞子さまが小室さんとの馴れ初めを尋ねられ『2012年……』と元号を用いず、躊躇なく西暦でお話しなさっていたことに、皇族では驚かれる方もいらっしゃいました。さらに小室さんが、自らが太陽で眞子さまを月に喩えられた箇所は『皇族を月に喩えるとは、いかがなものでしょうか』といった声が、もっぱら女性の皇族方から上がっていたのです」

 ちなみに、これに先立つこと数カ月前、

「小室さんの存在が初めて知られたのは17年5月、夕方のNHKニュースによってでしたが、彼はその翌日、固く口止めされていたにもかかわらず、眞子さまとの電話でのやり取りを臆面もなく報道陣に喋ってしまった。この一件をお知りになった美智子さまは『あのような方で眞子は大丈夫なのでしょうか』と、しきりに漏らされていました」

 そのご慧眼には感服するほかないが、縁談はとんとん拍子に進み、婚約内定の運びとなってしまう。先の関係者が続けて、

「会見の内容は事前に、秋篠宮ご夫妻のお耳にも入っていました。すなわち“太陽と月”のくだりも、あらかじめ承知なさっていたわけです。皇族方の中には『(秋篠宮)両殿下がついておられながら、どうしてあのようなことに……』と、首を傾げられる方もいらっしゃったほどです」

 お身内からの懸念をよそに、お二人の挙式は18年11月4日、帝国ホテルと決まった。が、これが幻となったのはご存じの通りである。

離れていても「月」は

「仮にも“月”について詠まれれば、さまざまな憶測を招くことは、眞子さまも十分にお分かりのはずです」

 とは、歌会始の儀に携わった関係者である。

「陛下や皇族方の詠まれる歌は、ご自身で作られたのち、宮内庁で和歌の指導にあたる御用掛がアドバイスし、当日の発表へと至ります。そこでは、言葉の置き方やリズムなどを指導することはあっても、お題の用い方、今回でいえば“希望”で詠むか“眺望”にするかといったモチーフの部分まで手直しすることはありません。したがって、月をテーマに詠まれたのは、あくまで眞子さまご自身の意思であると言えます」

 さらに続けて、

「ただでさえ注目を浴びる令和初の歌会始で、あえて月を用いて詠んだのは、眞子さまなりの“挑戦”ではないかと拝察いたします。なぜなら、歌の趣旨は表向き“小さい頃の純粋な心は大事にしたい”というものですが、ここから転じて“小室さんへの気持ちや結婚への思いを初志貫徹したい”といった解釈も成り立つからです」

 さきの歌人も、こう推し量るのだ。

「短歌とは、何を題材にしたところで、心に秘めた思いが匂い立ってしまうものです。どの言葉を選び、どのように組み立てるかという点に、詠み手の思いが滲み出るわけです。ですから“眞子さまは、物事がうまく運ばないご自身の状況と重ね合わせて詠んでおられるのでは”との解釈も、決して的外れではありません。まして小室さんが眞子さまを『月』に喩えたという経緯を考えれば、あの歌を聞いた人が小室さんを連想するのは、ごく自然なことでしょう」

 それこそが短歌であるといい、

「古来、歌において“月”とは、思いを通じ合った二人が離れていても同じように眺めることができるものとして詠まれてきました。そうした想いが眞子さまにあったのだとすれば、実にロマンチックだなと思いますね」

 眞子さまは「月の歌」に小室さんへの想いを秘めた。いや、むしろそう取られるのを承知であえて胸の内を滲ませたということか。

 皇室ジャーナリストの神田秀一氏が言う。

「歌会始の儀で詠まれるからには、国民は当然、その歌に注目します。例年通り宮内庁は、皇族方の歌については何も説明していません。つまり解釈は自由であり、小室さんとの関係に絡めて受け取られる可能性については、御用掛の指導が入っている以上、重々承知していたはずです」

「週刊新潮」2020年1月30日号 掲載