●「TWILIGHT EXPRESS瑞風」と「WEST EXPRESS銀河」、何が違う

西日本旅客鉄道(以下、JR西日本)は1月25日、新列車「WEST EXPRESS銀河」の報道公開を実施した。車両の概要については発表がなされているし、車内設備についても多くのメディアが報じている。そこで、本稿は切り口を変え、事業の観点から「WEST EXPRESS銀河」に迫ってみたい。

報道公開された「WEST EXPRESS銀河」。手前の先頭車は6号車(東海道本線で京都方面)

○かつて、長距離夜行列車の上客は出張族だった

筆者ぐらいの年代だと、国鉄時代の、夜行列車が各方面にたくさん走っていた時代を実際に経験している。それと比べると、JRグループで定期運行している夜行列車が「サンライズ瀬戸・出雲」だけになってしまった現状には、「えらく変わってしまったものだな」という印象が強い。

もちろん、そうなったのには相応の理由がある。そもそも、長距離夜行列車の利点とは「寝ている間に移動できるので、時間を有効活用できる」点にあるが、それは昼行の移動に時間がかかるという前提があってのこと。

しかし現在では、新幹線や高速道路のネットワークが広がり、飛行機も運賃の価格弾力性が増したために、安価な運賃で利用できる機会が少なくない。そして各地の駅前には、廉価ながら快適なビジネスホテルが多数ある。すると、「前日に移動して前泊する」あるいは「当日に移動しても間に合う」という場面が多くなる。

そうなると、過去に夜行列車の上客だったビジネス利用、出張利用が激減するし、それが夜行列車の退潮につながる一因になったといえるのではないか。「もっと安価で快適な選択肢がある」となれば、そちらに利用が流れるのは当然である。利用が少なくなれば、投資してテコ入れするのも難しくなるので、結果として古い車両を使い続けることになる。それでは需要喚起もままならないし、車両が寿命を迎えれば終わりだ。

それどころか、昼行でも長距離列車は少なくなり、在来線は都市近郊輸送と短〜中距離の都市間輸送が主体という現状である。かかる状況下で、JR西日本が「WEST EXPRESS銀河」を送り出してきた背景には、どういう考えがあったのか。

○リスクを抑えつつ、新規需要の創出を

まず、「WEST EXPRESS銀河」には、利用者があまり目を向けなくなった「在来線での長距離移動」に、もう一度、目を向けてもらう狙いがある。

JR西日本では「WEST EXPRESS銀河」を「新たな長距離列車」と位置付けている(「新たな夜行列車」ではない点に注意)。そして、「幅広い層に鉄道の旅の楽しさを知ってもらい、繰り返し利用してほしい」との考えを示している。

しかし前述した事情からすれば、昼行・夜行を問わず、漫然と長距離列車を設定しても用務客や出張族はターゲットになり得ない。別の需要を掘り起こし、「在来線で長距離移動するのもいいな」と思ってもらわなければならない。

客室端の壁に掲出されている、この「遠くへ行きたい、を叶えてくれる電車」というメッセージが、「WEST EXPRESS銀河」の位置付けを表している

そういう観点から見ると、「TWILIGHT EXPRESS瑞風」と「WEST EXPRESS銀河」は、ハイ・ロー・ミックスの関係にあるのだとわかる。どちらも「鉄道旅行の楽しみ」を押し出しているが、「WEST EXPRESS銀河」は、それを手頃な価格にまとめている点が特徴だ。

しかし、安価に抑えるのであれば、過大な投資とリスクを避けて、事業として持続可能な形にしなければならない。では、どうやって?

まず、車両を新造するのではなく、既存の117系を転用することで、初期投資を抑えた。車両需給の関係で種車を捻出する余裕があったし、とうの昔に償却済みである。しかも、117系はまだ京都や岡山に現役車両の配置があるから、検修面での負担はあまり増えない。そして、1編成だけ改造して需要が見込める路線・期間に臨時列車として投入する。これなら投資は抑えられる。

●ユニークな設備で、現代の快適性も実現

○投資を有効に活用する

ただしそこで、単なる懐古に走ったり、既存の車両をそのまま使ったりするのでは、新たな需要の創出にならない。「鉄道による長距離旅行」に関心を持ってもらうには、現代的な要素も取り入れて、現代の水準に合った快適性を実現する必要がある。その具体的な現れが、以下のアイテムであろう。

USB電源ポート、車内Wi-FiといったIT関連設備

多言語による自動放送と車内案内表示

大型荷物置場

女性専用車

初期投資とリスクを抑えるのは、単なる節約ではなく、おカネをかけるべきところに回せるということでもある。

そして、「長距離列車」といっても夜行と決めているわけではないから、車内設備は昼夜双方に対応できる内容になっている。無理なく昼行列車としても使える車両なら、活用の幅が広がる。実際、当初は出雲市方面への夜行でスタートするが、2020年10月以降は山陽本線で昼行列車として運行する計画になっている。

しかも、接客設備には多様性を持たせて、個人客、グループ客、家族連れのいずれにも対応できる。個人的に注目したのが、ファミリーキャビンと女性専用車だ。

フルフラットのファミリーキャビンがあれば、自由度の高い過ごし方が可能になる。疲れたり眠くなったりしたら、ゴロ寝してしまえばよい。しかもその際に、周囲への気兼ねは要らない。子供が多少騒いでも問題にならない。

「WEST EXPRESS銀河」のファミリーキャビン。これは通常時

「WEST EXPRESS銀河」のファミリーキャビン。こちらは座椅子(?)を展開して寝られるようにした状態。1人ずつわかれているわけではないから、親子で川の字になって寝られる

では、女性専用車の何が注目に値するのか。「女性専用車」と称するものはすでにいろいろあるが、それは単に特定のハコ、あるいは区画について「ここには女性しか乗りませんから安心度が高いです」というものである。しかし「WEST EXPRESS銀河」のそれは、話が違う。

例えば、「女性用更衣室」といっている区画があるが、実際にはパウダールームといえる内容だ。なにしろ、スツールと大小の鏡まで用意してあるのだ(!) 着替えだけでなく化粧直しもすることまで視野に入れているのでなければ、こうはならない。

「WEST EXPRESS銀河」の女性用更衣室。大小の鏡とスツールが設けられており、単に着替えるためだけの場所ではないことがわかる

そして、これはすべてのハコに共通することだが、トイレ・洗面所はブラン・ニューである(もとが近郊型電車だから、そうせざるを得なかったのだが)。水回りが古めかしかったり、清潔感を欠いたりすれば、それだけで女性客はソッポを向いてしまう。大事な要素である。

ブラン・ニューの水回りでユニークなのが、洗面所に設けられた、この小さな棚。実はこれ、デザイナーさんのこだわりによって特注した「メガネ置き」だというので、実際に筆者のメガネを置かせてもらった

また、普通車指定席のうち2号車の女性専用車は、左右で腰掛の位置がずれた配置になっている。これはもちろん意図的なもので、「隣席に座っている人との視線の交錯」を避けるための配慮だという。ちなみに、女性専用車ではない5号車は、普通に左右の腰掛が同じ位置に並べられている。

「WEST EXPRESS銀河」2号車(女性専用車)の普通車指定席。腰掛の位置が左右でずれている

「WEST EXPRESS銀河」5号車の普通車指定席。腰掛の位置は左右でそろっている

●沿線地域の活性化もミッションの1つ

なお、どちらも腰掛は同じだが、モケットの柄は違えてある。シートピッチは1,200mmもあるが、窓と腰掛の位置が合わないところがあるのは、先に窓割が決まっている改造車ゆえの泣き所か。

そして、デザイン面のこだわりも随所に詰め込まれている。調光用のノブが星形になっていたり、壁に「鏡のように見えるけれど、実は通路の方向を示す矢印」なんてものがしつらえてあったりする。

クシェットの壁に設けられた調光用のノブは、デザイナーのこだわりにより、星形である

壁に取り付けられているのは、ブドウのレリーフではない。通路を示す矢印である

4号車のラウンジスペースには、昔の国鉄型車両を描いたパネルが登場する。いってみれば、昔の「国鉄長距離列車全盛期」のヘリテージだ。しかもそこには、「WEST EXPRESS銀河」の改造を担当した吹田総合車両所に保存されている、「流電」クモハ52まで出てくるのだ(!)。

100系新幹線X編成の食堂車に同じようなものがあったが、それを営業列車で体験した方は、もう多くないのではないだろうか? まあ、これは「リニア・鉄道館」に行けば見られるのだけど。

4号車・ラウンジスペースの壁。ちなみに、クモハ52はいちばん下である

○テストベッドでもあり、沿線を盛りたてるツールでもある

こうしたユニークな「器」を用意した上で、すでに直通する長距離列車が絶えて久しい「京阪神〜岡山〜山陰方面」あるいは「京阪神〜山陽方面」に運行することで、「急がずに在来線でノンビリ長距離移動するのもいいな」と思ってもらえれば大成功だ。

そして、前例のない接客設備をいろいろ用意しているのが「WEST EXPRESS銀河」の特徴だ。とはいえ、実際に営業運行に供してみないとわからない部分もある。「狙い通り」ということもあれば「思惑と違った」ということも出てくるかも知れない。

そこで、「WEST EXPRESS銀河」で用意したさまざまな接客設備についてフィードバックを得られれば、それが将来、新しい特急車両や観光列車などを生み出す際の土台になるかもしれない。実は、JR西日本はそこまで視野に入れているのである。

もう1つ。JR西日本では、「WEST EXPRESS銀河」について「地域との対話や連携を通じた活性化」を掲げている。これは既存の観光列車やクルーズトレイン、そして「ハローキティ新幹線」とも共通する要素。沿線の街、物産、観光地を売り出して盛りたてていくことも、「WEST EXPRESS銀河」に課せられたミッションの1つだ。

「WEST EXPRESS銀河」に車内販売の計画はないが、途中の要所要所で少し長めに停車時間をとることになっている。そこでホームに降りると地元の物販が用意されている、となれば、買物と気分転換を兼ねられて一挙両得。また、車内には物販に使えるカウンターやイベントに使えるスペースがあるから、沿線から要望があれば、それも活用できる。

そして、直流電化区間でATS-PかATS-SWが使われている路線なら(理論上は)どこでも行けるから、すでに発表されている「京都〜岡山〜出雲市方面」「京都〜岡山〜広島方面」以外への展開も、期待できるかもしれない。JR西日本エリアだけでも、東は敦賀、西は下関、南は新宮まで行ける。

要約すると、「WEST EXPRESS銀河」は投資とリスクを抑えつつも「在来線での長距離移動を楽しんでもらい、新規需要を喚起するための呼び水」「新たな接客設備を試す試金石」「JR西日本と沿線が一緒になって地域を盛りたてるためのきっかけ」といった、将来に向けた新たな取り組みを詰め込んだ車両なのだ。単なる観光列車でもジョイフルトレインでもないし、いわんや、「夜行列車のリバイバル」でもないのである。

著者プロフィール

○井上孝司

鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。

マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。