Why JAPAN? 私が日本でプレーする理由

ベガルタ仙台 シマオ・マテ(2)

Jリーグは現在、じつに多くの国から、さまざまな外国籍選手がやってきてプレーするようになった。彼らはなぜ日本でのプレーを選んだのか。日本でのサッカーや、日本での生活をどう感じているのか? この連載では、彼らの本音を聞いていく。

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「実際にプレーしてみると、Jリーグは想像以上にレベルが高かった。僕は世界でもトップレベルのラ・リーガやチャンピオンズリーグでもプレーしたことがある。だから本当の第一線がどういうものかはわかっているつもりだけど、Jリーグはそれらとまったく比較にならないわけではないと思う。正直、日本人選手のスキルとスピードには、ちょっと面食らったよ」


Jリーグでのプレーについて語ってくれたシマオ・マテ

 2019年シーズンに初挑戦したJリーグは、シマオ・マテの予想を超えるものだった。同僚、敵にかかわらず、日本人選手の能力にも驚かされたという。

「ポテンシャルのある日本人選手も多い。全般的にフィットネスのレベルはとても高く、シーズンを通してそれを維持している。すばらしいことだよ。スキルも総じて優れているし、プロフェッショナリズムもある。彼らは毎日、集中力を研ぎ澄ませて練習や試合に励んでいる。

 うちにはヨシキ(松下佳貴)、ヒラ(平岡康裕)を筆頭にいい選手がたくさんいる。相手はコオロキ(興梠慎三)、横浜の23番(仲川輝人)、神戸の16番(古橋亨梧)が厄介だったな」

 現在31歳の元モザンビーク代表は、引き続き笑顔を浮かべて喋るが、実際にシーズン序盤戦は適応に苦しんだ。アンカーとして先発した3月の3試合は全敗。以降は6月の先発復帰まで、雌伏の時を過ごした。

 メディアやファンはコンディション不良と見ていたし、実際に動きはやや重かったようにも感じられた──少なくとも、本領を発揮した中盤戦以降と比べると。しかし、本人の感触は違ったようだ。

「どうかな。(春頃の)自分の状態がそれほど悪かったとは思わないよ。試合に勝てなかったのは、相手が強かったからだ。たしかにその後は先発から外れたけれど、プロフェッショナルなら、機会を待たなければならない時もある。チームのメンバーを決めるのは監督だから、それに従うほかない」

 実戦のチャンスを待っている間、シマオは日本の生活に慣れていった。もとより日本食が好きな彼とその家族は、「刺身や寿司はもちろん、仙台の牛タンが大好物になった」という。6月に先発復帰してからの大活躍の要因には、生活への順応、そしてチームメイトの助けがあったはずだ。

「仲間には本当によくしてもらっている」とシマオは続ける。

「僕が6月の月間MVPを取れたのも、みんなのおかげだよ。チームメイトには心から感謝している。連敗から連勝に変わったタイミングが僕の先発復帰と重なっているから、6月の全勝の立役者みたいに言われたみたいだけど、それはたまたまだと思う。ちょうど、チームがまたハングリーになり始めたタイミングだった。なにも、僕がチームを蘇らせたわけじゃないよ」

 アフリカや欧州、アジアの数カ国を渡り歩いてきたシマオは、「フットボールはリスペクトのスポーツだ」と言い、常に周囲への敬意を忘れない。フットボールという職業、そしてツールを用いて世界を知り、各地で人々との友情を育んできた。

 そんなシマオはキャリアでもっとも長く生活したギリシャ(2007年から2012年までの5年間)に家を残しており、今でもたくさんの友だちに会うために、長い休暇になるたびに地中海へ赴いているという。

「僕がプレーしていた頃、経済危機はまだ起きていなかったから、ギリシャのリーグもスタンダードは高かった。とくに僕が所属していたパナシナイコスや、ライバルのオリンピアコス、PAOKといった上位陣は、チャンピオンズリーグでも健闘していた。対戦相手で、いちばんすごいと思ったのは、(当時)インテルのズラタン(・イブラヒモビッチ)だ。モンスターや、ビーストという形容がしっくりくる。僕はその後、スペインで(リオネル・)メッシやクリスティアーノ(・ロナウド)とも対戦したことがあるけど、もっとも衝撃的だったのはズラタンだ」

 ギリシャでは「ちょっとクレイジーな」熱いファンとの交流も楽しんだ。彼らは試合中、「熱狂的に叫び、歌い続け、よく笑う」。なかにはシマオに直接、言葉をかけ、親しい友だちになった人もいる。


スペイン・レバンテ時代のシマオ・マテ。クリスティアーノ・ロナウドとも対戦した photo by Getty Images

 一方、そのあとに渡った中国リーグでは、「ファンの数こそ多いけど、密接なつながりは感じられなかった」。また、日本に来る直前にプレーしていたカタールでは、「リーグ戦のスタジアムに来るお客さんはほとんどいない。15人くらいいたとしても、それは決まって選手の家族や代理人だったりする」そうだ。だから日本では、久しぶりにサポーターと心を通じ合わせていると感じられている。

「僕の経験では、日本のファンがベストだ」と話すシマオの顔に嘘はなさそうだ。「本当だよ。ずっと歌ってくれるし、チームを心から支えようとしてくれている。エネルギーと愛、リスペクトがあるよね。ピッチ上の選手たちもそれを強く感じるから、力を余すところなく出し尽くそうとするんだ」

(つづく)

シマオ・マテ
Simao Mate/1988年6月23日生まれ。モザンビーク・マプト出身。ベガルタ仙台所属のMF&DF。19歳の時にギリシャのパナシナイコスでキャリアをスタートさせ、ヨーロッパとアジアで活躍。2019年シーズンから仙台でプレーしている。パナシナイコス(ギリシャ)→山東魯能(中国)→レバンテ(スペイン)→アル・アハリ(カタール)