2019年の年末、高収入を得ている人が持つ“高収入遺伝子”が発見されたことが科学誌に発表され、話題になりました。収入は努力次第ではないのでしょうか。
※写真はイメージです(写真=iStock.com/hyejin kang)

■“高収入遺伝子”の発見

「先天的なブ男でも後天的な努力で勝ち取れるのがお金もち。だとしたら、私の選び方(お金持ちを選ぶ)が、より公平な評価だと思わない?」昔流行ったドラマの主人公が言ったセリフです。

この内容への感想はさておき、収入は努力次第、というのは果たして真実でしょうか?

実際、多くの人は、“収入は、遺伝子が関わっているわけではなくその人の努力によるもの(資産家など特殊な場合を除く)”と思っているはずです。ところが、遺伝的要因と収入の関連性については多くの研究がなされており、その関連性が示唆されています。

そして、ごく最近、Nature CommunicationsというNature Publishing Groupが出している影響力のある科学誌に、“約29万人のゲノムを探索し、高収入に寄与する149個の遺伝子座を発見した”ことが発表されました。つまり高収入を得る人は、高収入遺伝子を持っていたというのです。

■年齢が上がるほどに遺伝の影響を強く受ける

能力、性格といった様々な形質は、親から受け継いだ「遺伝要因」と、生活や教育といった「環境要因」の両方の影響で決まります。重要になってくるのは、遺伝と環境がどのぐらいの比率で影響するのか、というところです。

双生児などを用いたこれまでの研究では、音楽の才能は約90%、スポーツの才能は約80%が遺伝の影響と報告しているものもあります。気になる頭の良さ、については、児童期が約40%遺伝の影響を受けるのに対し、成人期初期には約70%の影響を受けるという指摘があります。つまり年齢が上がるにつれ、遺伝的要因は強く現れやすくなるということです。

これは、子供のころのほうが、親の与える環境による影響を強く受ける一方、大人になるにつれて自分自身の遺伝的な素養にあった環境を自分で選んでいき、遺伝的な素質がより表に出やすい状況になるため、と解釈されています。

■収入における遺伝の影響も年とともに強くなる

日本人の双生児約1000人を対象に、20〜60歳の男性について、収入に対する遺伝の影響が年齢でどう変化するかを調べた研究があります。その中で、収入に対する遺伝の影響は20歳で22.7%。その後、30歳で38.2%、40歳で56.5%とどんどん上がり、43歳で58.7%とピークを迎えます。その後は、50歳で52.3%と下がっていきます。

普通に考えれば、双子といっても大人になるにつれ取り巻く環境は変わってくるので、収入も年齢に応じて遺伝の影響は少なくなる、と思いがちですが、現実は大きく異なるのです。つまり、新入社員にくらべ、30代、40代と年齢が上がるほどに、「仕事ができる・できない」が分かれてきて、そこには、遺伝的影響が現れている可能性が高いということなのでしょう。しかし、この研究結果は、男性に限るというのです。

■“女性は収入への遺伝的影響がほぼゼロ”の意味

上記同様の研究において、女性の場合には、生涯にわたって収入における遺伝的影響はほぼない、という結論がでています。原因は、就労している女性と就労していない女性を区別せずに研究対象としているためです。

さらに、遺伝的に高い収入をえられる可能性がある人も、なんらかの理由(おそらくは、就労していないか、パートタイム)で、収入が少ない、という人を多く含んでいると考えられます。つまり、生物的な性差で収入への遺伝的影響が少ないということではなく、女性の社会進出の在り方を反映した結果なのです。

今後の研究では、男性よりもバラエティにとむ女性の生き方について検討した上での研究(正規雇用の女性労働者や専業主婦等を分けるなど)が必要になってくるでしょう。一方、そのような研究上の配慮をする必要がないくらいに、高い収入を得られる可能性を秘めた女性が、家庭との両立等に縛られることなく男性と同様に社会進出し、その能力を発揮できるような社会システムを構築することも急務だと思います。

■大事なのは遺伝子が開花する環境を持てるかどうか

遺伝要因が同じ一卵性双生児で、育った環境も同じ場合に、教育歴が違うと収入がどの程度異なるかを調査した研究があります。その結果、複数の研究から、「教育的投資を行った場合、収入に対する影響は10%程度」という結論が出ています。10%と聞くと、少ないという印象を受ける人も多いかもしれませんが、より良い教育環境を与えることが、10%も収入に与える影響があるというのは、非常に大きな影響といえます。

もう一つの重要なことは、どんなに遺伝的に有能なものがあったとしても、努力無しには発揮されない、ということです。実際、貧困層に生まれ教育環境が良くない場合には、どれだけ優秀な遺伝子をもっていても、能力が発揮されないということも示されています。

一連の研究からいえることは、少なくともこれらの研究がなされていたそれほど昔ではない社会においては、遺伝的に知能レベルが高くなる傾向の人が、収入も高くなるような社会であるということです。社会の体制、社会の評価基準が変わってくれば、これらの研究結果は異なるものとなってくるかもしれませんが、いずれにしても自分の持って生まれた素質が花開くように自分自身をスキルアップさせる意志を持ち、そのような環境に身を置くことが大事です。大人になるにつれ「経験値や専門性がついてきた」「忙しい」「もう先が見えている」などと言い訳をして手抜きをしがちですが、それではいけないのです。

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<参考文献>
‐W. David Hill et al,“Genome-wide analysis identifies molecular systems and 149 genetic loci associated with income”, Nature Communications volume 10, Article number:5741(2019)
‐Ando J,et al. “Two cohort and three independent anonymous twin projects at the Keio Twin Research Center(KoTReC)”. Twin Res Hum Genet, 16:202-216, 2013
‐Davis OSP, Haworth CMA, Plomin R. “Learning abilities and disabilities:Generalist genes in early adolescence. “Cogn Neuropsychiatry, 14:312-331, 2009
‐Tucker-Drob EM, Briley DA. “Continuity of genetic and environmental influences on cognition across the life span:a meta-analysis of longitudinal twin and adoption studies.” Psychol Bull, 140(4):949-979, 2014
‐Yamagata S, Nakamuro M, Inui T. Inequality of opportunity in Japan:A behavioral genetic approach. RIETI Discussion Paper Series, 13-R-097, 2013

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細田 千尋(ほそだ・ちひろ)
博士(医学)
東京大学大学院総合文化研究科研究員/科学技術振興機構さきがけ研究員/帝京大学医学部生理学講座助教。東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科認知行動医学卒業後、英語学習による脳の可塑性研究を実施し、研究成果が多数のメディアに紹介。その研究をきっかけに、「目標達成できる人か?」を脳構造から判別するAIを作成し特許取得。現在は、プログラミング能力獲得と脳の関連性、 Virtual Realityを利用した学習法、恋愛と脳についても研究をしている。
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(博士(医学) 細田 千尋 写真=iStock.com)