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 現在、街中には突然の心停止を起こして倒れた人を救護できる医療機器のAEDが設置されている。我々の体に血液を送っている心臓に異常が起き、血液を流すポンプ機能を失った際に電気ショックを与えることで、心臓の活動を正常に戻すための医療機器だ。
 電気ショックで心臓を再び動かす、という事は現代の我々ならば得ている知識だが、そのような医学知識もましてやAEDのような医療機器もなかった江戸時代に、実践してしまった人物が存在している。

 その人物の名は弥五郎と言い、武州川越(現在埼玉県川越市)の城主・酒井讃岐守忠勝家中の人間であったという。彼は手や体から電気を出すことができたそうで、「鯉の弥五郎」「鯉抱き弥五郎」とも呼ばれていた。彼の電気を帯びた手にかかれば、水中の鯉は逃げることが出来ないとされ、弥五郎が水中で抱き取った鯉は釣ったり、網で捕獲した鯉とは違って美味しく、三代将軍家光に献上されたほどだったという。

 せっかくほかの人にはない能力を持っているのに、将軍に認められたのが「鯉を美味しく捕まえる」ことだったのは笑えるが、死んだ自分の母親も体内に蓄積した電気を与え蘇生させたと伝えられており、きちんと人命も救っている。話によると、弥次郎は自分の母だけではなく、難病を抱えた人も抱きつくことにより病気を治すとされており、江戸で非常に人気のあった人物なのである。
 今で言うところの電気治療と言うわけであろうか、この人物は何らかの理由で電気を蓄積したり、体内で発電することが可能だったのかもしれない。

 実際、電気人間=帯電人間は実在しており、「スライダー体質」と呼ばれる。スライダー体質は、体から電気を発し電球やテレビなど自由に操作できる能力のことである。
 この弥五郎の元ネタは、明治末期から大正にかけて活躍した小説家・江見水蔭(1869〜1934)の短編小説『鯉を抱く男』(『現代大衆文学全集・江見水蔭集』平凡社)であるようだ。もっとも、電気人間はまったくの創作ではなく、江戸時代の随筆『責而者草(せめてはぐさ)』に記載された記事がベースになっている。

 江見水蔭の小説では、晩年の弥五郎は、相撲の丸山仁太夫の後見役になったり、酒井の指令を受けて“抱きつき魔の狂人”に扮して、江戸市中の情報収集をしたという。電気人間が狂人に扮し密偵として江戸を駆け巡るとは、まるで現代でも通ずる設定だ。弥五郎が酒井の密偵だったという可能性がまったくないわけでもないし、ストーリーを考えるだけでもワクワクしてしまう話である。