元巨人のスコット・マシソン【写真:Getty Images】

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父から英才教育もMLBでは実らず…異国の地日本で活躍した理由は「広い心を持って…」

 昨シーズン限りでプロ野球界を引退した元巨人のスコット・マシソン投手。日本では8年間で通算421試合に登板し、54セーブ174ホールド、防御率2.46の成績を残した右腕は地元メディアの取材に応じ、日本での思い出を語った。その中ではある試合を「忘れられない」と振り返っている。

 カナダ野球専門メディア「カナディアンベースボール・ネットワーク」は、「日本に“グッドバイ”を告げるのはマシソンにとって簡単なことではない」とのタイトルで、巨人で8年間プレーしたマシソンを特集。「マシソンの忠誠心とマウンド上での素晴らしさは、彼を日本でプレーしたカナダ人史上最も成功した投手にしただけでなく、NPB史上最高の救援投手の一人にした」とその功績を称えた。

 マシソンの父親はカナダで最高の「野球プログラム(育成機関)」で尊敬されるGMだったといい、マシソンは少年時代に良い指導を受けたことでカナダのジュニア代表にも選ばれ、スカウトたちの関心を集めたと記事は伝える。しかしその後、MLB時代には3度の手術を経験し、15試合で1勝4敗、防御率6.75と結果を残すことが出来ず、「白紙の状態で」2012年に巨人入りを決めた。

 日本で最も印象深い瞬間についてマシソンは、「ジャイアンツの選手としての東京ドームでの初登板だった」と語る。マシソンは4月18日の中日戦で来日初登板、8回から2イニングを投げて1安打無失点とした。

「僕の東京ドームでのデビュー戦で、5万人のファンがドームを包んでいた。ファンはとても楽しかったよ。その試合を、僕はこの先忘れることはないね」

 来日1年目に40試合に登板し、2勝0敗、10セーブ8ホールド、防御率1.71の好成績で一気にブレーク。翌年2013年にも63試合で40ホールドを挙げ、防御率1.07と驚異的な活躍をみせた。「日本での最初の2年間はただ単にアンビリーバブルだった。全てが僕にとって順調に進んでくれた。キャリアを通じてやってきたことが、ようやくうまくいったんだ」と感慨深げ。今なお忘れられない記憶となっているようだ。

 MLBで苦しんだにも関わらず、異国でこれだけの成功を果たした要因を「僕はそこ(日本)に行ってプレーする際に(偏見を持たずに)広い心を持っていたし、文化や人々の中でとても楽しい時間を過ごした。それが功を奏したんだ」と語る。日本に順応し、日本を愛したマシソンだからこそ、これだけファンにも愛され続けたのだろう。

 マシソンは2012年に巨人に加入。13、16年に最優秀中継ぎ投手に輝き、同タイトルを複数回受賞した初めての外国人投手となった。8年間プレーした中でメジャー数球団からオファーがあったが全て断り、“巨人愛”を貫いた。NPBからは引退するが、カナダ代表として東京五輪を目指してプレーを続けることになる。(Full-Count編集部)