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単なる悪ガキではない

2017年1月20日、大統領就任式でトランプ氏が世間の注目を集める中、陰でひっそりと泣きぬれている人物がいた。それは「ドナルドダック」である。

ディズニーの発表では、彼の誕生日は1934年6月9日(初登場作品の公開日)であるから、半世紀以上にわたって「ドナルドといえばダック」であったのだが、一夜にして「ドナルドといえばトランプ」となり、「ドナルド界ナンバーワン」の地位を奪われてしまったのである。

それほど、トランプ大統領誕生のインパクトは大きいが、米国では不動産王、リアリティーショーのホスト、さらにはミス・ユニバースへの出資者として、それ以前から庶民を中心とした層での知名度は高かった。ただし、気取った自称インテリ層には嫌われていたというより、知られていなかったといえるが……。

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日本でも4度の破産から復活した話は有名で、たたき上げのイメージが強いが、実は大富豪の家に生まれたボンボンで、幼少期は「宮殿のような」家に住んでいた。

しかし、手の付けられない悪ガキであったために、13歳の時に、飛び出しナイフを持ち歩いているところを見つけた父親にミリタリー・スクールに放り込まれた。そのおかげで方向転換を図り、優等生で卒業する。

トランプ大統領就任時の、「ドナルド」以外のもう1つの話題は、マイケル・J・フォックスが主演した映画「バック・トゥー・ザ・フューチャー」の予言が当たったということである。

マイケル・J・フォックス演じる主人公へのいじめを繰り返す悪役ビフ・ タネンの悪ガキ・キャラクターがトランプ氏のイメージとぴったり重なったのだ。

しかし、トランプ氏を単なる悪ガキ・悪役キャラクターであるとみなすと、現在彼を軸に動いている世界情勢を見誤ることになる。

単なる悪役ではなく、修羅場を何回もくぐり抜けることによって人間心理を深く理解した「メンタリスト」(相手の心を操れる人、サイモン・ベイカー主演の米国人気ドラマ「メンタリスト」を見るとよくわかる)だと考えると、世界情勢が一気に理解できる。

豊臣秀吉とは違った意味での、逆説的「人たらし」とも言える。秀吉は味方の心をがっちりとつかんで成功したが、トランプ大統領は、逆に敵の心理を操り、結果的に自分の思う方向に動かしているのである。

1月10日の記事「米国の核心的利益はイランではなくイラクである『これだけの理由』」で述べたように、時には第3次世界大戦や核戦争の危機をあおりながらも、判断は冷静で「最大限の利益を得ようとする計算高い男」ととらえるべきだ。

過激な発言・行動は、交渉の手段の1つにしか過ぎないから、その言動に慌てふためかずに、彼の「真の目的」を理解すれば、世界情勢がすっきりとわかる。

金鉱ではスコップを売るべし

米国におけるトランプ家の開祖とも言える、トランプ大統領の祖父フレデリック・トランプ(生名フリードリヒ・トルンプ、以下初代トランプ)は、1869年にバイエルン王国のカルシュタット(現在のドイツ南西部)に生まれた。

ケチャップなどで有名で、現在、バフェット率いるバークシャーハサウェイなどが保有しているH・J・ハインツ社の創業者ヘンリー・ジョン・ハインツの祖母は、初代トランプの叔母にあたる。

1877年に初代トランプの父が、肺気腫を10年あまりも患った後に48歳で亡くなる。家族には医療費が借金となって残った。

1883年、14歳になった初代トランプは、フランケンタール近郊で理容師の見習いと商売の勉強をすることになる。

そして、わずか16歳の初代トランプは、母親に1冊のノートを残しただけで、家を飛び出し蒸気船アイダー号でアメリカを目指した。

米国に到着後、理容師として働いて資金をため、ワシントン州シアトルで、1891年に「酪農レストラン」(the Dairy Restaurant)という名前の飲食店を始める。この店は、いわゆる「赤線地帯」のど真ん中に立地し、彼の店も「女性用の部屋」(売春の婉曲的表現) などの広告を出していた。

1894年に、「酪農レストラン」を売却し、ワシントン州モンテ・クリストに移っている。1889年に、鉱物が埋まっている証拠が発見され、億万長者のジョン・ロックフェラーが大枚をはたいて周辺エリアに投資するという噂も手伝い、一攫千金を求める人々が集まっていたためだ。

初代トランプの才覚は、採掘など目もくれずに、一攫千金を目指してくる人々への商売に徹して儲けたこことにある。「客家大富豪18の教え」(甘粕正著、PHP研究所)第11の金言「金鉱ではスコップを売るべし」のまさに教科書的なお手本である。

「強引さの」のDNA

しかも、もっとすごいのは、商売用の土地を「ただ」で手に入れたことである。当時の米国では、「金を見つけた」と宣言すれば、周辺の土地を手に入れることができた。

もちろん、採掘権だけで店舗を立てて商売をすることなどできないはずであった。しかし、初代トランプは、見つけてもいないのに「金の発見」を高らかに宣言して土地を独占したうえで、勝手に店の営業を始めてしまった。

当時の米国がいくら無法時代とは言え、ここまで強引な手法を取る人間は珍しく、初代トランプに現在のトランプ大統領の姿を重ね合わせる人は多いであろう。

また、「デッドホース・トレイル」という場所があった。馬が道を踏み外して落下することが多いことから名付けられたのだが、初代トランプは、1898年にこの近くにテント張りの店を出した。人気料理は「馬肉料理」であったそうだが、馬肉をどのように調達したのかは、読者の想像通りかもしれない……。

1900年に新しい鉄道(駅)が開通するのに間に合わせるように、ホワイトホースに店を出したのだが、その手法は大胆不敵であった。それまで別の場所で営業していた既存の店を丸ごとはしけに乗せて、川を移動させたのである。

父の苦難とドナルドの人格形成

このような、強引な手法で快進撃を続けてきた初代トランプだが、49歳という若さで亡くなっている。当時猛威を振るっていたスペインかぜ(インフルエンザ)の最初期の患者とみられる。

2代目のフレッド・トランプ(以下2代目トランプ)は1905年生まれであるから、初代が亡くなった1918年にはまだ少年であったが、母親と2人で不動産事業を引き継いだ。

少年時代から苦労して家業を引き継いで発展させた2代目トランプは、子供たちにも自分と同じように、克己心の強い事業化になるよう厳しい教育を行った。

長兄のフレッド・トランプ・ジュニア(以下ジュニア)は、映画スター並みのルックスと、社交的な性格で、早くからトランプ一家3代目の跡取りと目されていた。

それに対して、ドナルド・トランプ(以下ドナルド)は手の付けられない悪ガキで、13歳の時に飛び出しナイフを隠し持っているのを見つけた父親によって、ミリタリー・スクールに放り込まれた。

ミリタリー・スクールとは、軍人の育成が目的というよりも、軍隊式教育で子供を鍛え上げるところである。比喩が適当かどうかはわからないが、戸塚ヨットスクールのように「心身共に鍛える」場所なのだ。

金持ちのボンボンで、ギリシャ建築のような大列柱が玄関前に立ち並ぶ家に住み、運転手付き高級車で学校に送り迎えされる生活が激変した。

かつての薩摩藩の上士と下士のように、先輩が廊下を通る時には、新入りは壁に背中を張り付けて通行の邪魔をしないようにしなければならない世界である。

しかし、ドナルドは「今は奴隷の身分だが、少し待てばあちら側に行ける」と割り切って耐え抜き、優等生として卒業した。

その後、2代目トランプの横暴な要求にうまく応じられなくなった長兄のジュニアに対して、ドナルドは強引な手法を駆使して父親に気にいられ、事実上のトランプ家3代目の地位を手に入れる。

居場所がなくなったジュニアは、かつての夢であったパイロットになったものの、酒の問題で事実上解雇され、酒浸りの中アルコール中毒の合併症で、43歳の若さで亡くなっている。

ジュニアとドナルドは幼いころから仲が良かったが、その兄によって「敗者の運命」を教えられることになる。

多分、この経験によって「勝利への異常なこだわり」がドナルドの中に生まれたのだと思う。

リアリティーショーで人間の本質を理解した

リアリティーショーというのは、日本ではあまりなじみがないが、米国では一時期かなりポピュラー(ただし、自称インテリが嫌う低俗番組である)であった。

例えば、夫の不倫で離婚の危機となった夫婦が司会者を挟んで話し合いを行っているところへ、夫の愛人が乱入してくる。ののしり合いが始まり、プロレスの場外乱闘のようになるという内容は、確かに低俗である。

トランプ大統領がホストを務めた「アプレンティス」(見習いという意味)という番組は、司会を務める実業家が経営する会社で右腕として働く人材が決まる過程を追う、という内容だ。

男女の痴話げんかよりはやや高級な感じがするが、敗者の中から脱落者を選び、ドナルド・トランプ氏が「君はクビだ! (You're Fired!) 」と宣告するスタイルは、お上品とは言えないだろう。

実は、国際政治の世界も「お上品な見かけ」とは裏腹に、実態は「グローバルなリアリティショー」なのである。各国の存亡をかけた、本音と人間の本能がぶつかり合う「修羅場」である。

外交の決め手は「本音」であって、決して「建て前」ではない。これまで述べた生まれ育ちとリアリティショーで、「本音教育」を十分にうけてきたトランプ氏が、各国の首脳を手玉に取って、有利に交渉を進めることができるのは当然かもしれない。

普通は、このような人材は、「勝負に負けたら後がない小国」から生まれてくるものだが、米国という超大国で、このような人物が大統領として選ばれたことは特筆に値する。

2020年の世界情勢を読み解くには、この「特筆に値する」トランプ大統領の思考回路をきちんと分析することから始めなければならない。既存常識の範囲内で眺めているだけでは、世界情勢について何も理解できない。

もちろんトランプ大統領は、今年行われる大統領選挙で勝つことに異常なこだわりを見せるはずだ。