記者会見場に約100席用意された席は、主にフランス、レバノン、アメリカメディアで埋まっていた(写真:Mohamed Azaki/ロイター)

約2時間半に及んだショーで彼は、4カ国語を巧みに操りながら、嬉々として会場を仕切り、時折会場からは拍手すら起こった――。1月8日、レバノンの首都ベイルートで開かれたカルロス・ゴーン日産自動車元会長の記者会見。世界中からメディアが詰めかけた会見では何が起こっていたのか。

会見を仕切った辣腕フランス人女性

会場となったベイルート・プレス・シンジケートは、ベイルート中心部から車で約20分、市内西部に位置する。市内に滞在していた海外メディアの記者たちは、中心部から右手に美しい地中海、左手に荒廃したビルと新しいビルが混じった町並みを眺めながら会場へやってきた。もともとベイルートの交通事情は最悪だが、この日は波乱の展開を予想するかのように大雨で道路はさらにカオス状態だった。

会見が始まる午後3時(日本時間8日午後10時)前には、会場前は多くの人でごった返していた。今回、ゴーン氏に選ばれ、会見に出席できた100人に及ぶジャーナリストのほとんどはフランス人、レバノン人、そしてアメリカ人で、日本のメディアはほぼ参加が許されなかった。そのせいか、会場前ではイライラした様子の日本の記者団の姿が見受けられた。


記者会見場となったプレス・シンジケートの前は、各国のメディアでごった返していた(筆者撮影)

民間警備員や広報関係者が駐車場へ車を入れようとする中、建物の前は混乱状態となっていた。これまでのフランスの著名人に注目が集まった時と同様、今回のショーを仕切っていたのは、危機に陥ったフランスの著名人や大企業が頼りにする広報会社「イマージュ7」だ。

同社を率いるのは、ビジネスマン、ジャーナリスト、政治家の間に極めて大きなネットワークを持つアン・モーというブロンドヘアのフランス人女性である。この日もモー氏は会場に訪れ、会見では質問の際にマイクを回す役割まで務めていた。

2018年11月18日に逮捕されて以来、ゴーンはアメリカや日本向けの広報担当企業を何度か替えているが、グローバル向け戦略については逮捕直後からずっとイマージュ7及びモー氏に任せている。今回、会見に入れる人選をしたのもゴーン氏の指示を受けたモー氏である。

本当は会場の「真ん中」で話したかった

会見には、CNNやニューヨーク・タイムズ、ウォールストリートジャーナルなど、多くのアメリカメディアも訪れていたが、奇しくもこの日、関係が悪化するイランが、イラクにある米軍基地に弾道ミサイルを発射。アメリカメディアはゴーン会見どころではなかったかもしれない。

他国のジャーナリストからも「自らがイランの支援を受けたヒズボラの誘拐ターゲットになるかもしれないから大変だ。必ずセキュリティガードと行動しないと危ない」と危惧する声が聞かれた。実際、ヒズボラの支配下にあるベイルートの空港には、殺害されたイランのソレイマニ司令官のポスターがそこら中に掲げられている。

会場はとても暑く、参加者は窓を開けてほしいと頼んだ。緊張感に包まれた会場では、カメラマン同士や記者がもめているのも見受けられた。ゴーン氏が妻のキャロル氏と会場に着いたのは、現地時間の2時55分(日本時間21時55分)。会見が始まる5分前だ。会場に入る時も多くの報道陣に取り囲まれた。

会場に入るとゴーン氏は前方に用意されたステージまで進み、そこで話をしたが、実は会見前は報道陣の「真ん中」に立って話すことを希望していた。ドナルド・トランプ大統領や、エマニュエル・マクロン大統領がそうするように、多くの人々に取り囲まれている姿をテレビに映したかったのだ。アリーナの真ん中に立っているボクサーやミュージシャンのイメージだ。


会見に臨むゴーン氏(写真:Mohamed Azakir/ロイター)

さらに今回、ゴーン氏は会見をできるだけグローバルなものにしたいと考えていた。1時間以上に及んだスピーチ後、質疑応答までの休憩時間にゴーン氏は、報道陣の中に分け入って彼らと言葉を交わした。そして「アメリカ人はいませんか? フランス人? 日本? イギリス? ああ、イタリアの人ね」と聞きまわり、どの国の報道陣にも1つは質問を出して欲しいと頼んでいた。

そうして集めた質問に対し、ゴーン氏は英語、フランス語、アラビア語、ポルトガル語という4つの言語で対応。会場には、ゴーン氏の家族や友人のためにも2列の「関係者席」が用意されていた。妻のキャロル氏はもちろん、彼のレバノンの弁護士であるカルロス・アブ・ジャウデ氏、フランスの弁護士の1人であるフランソワ・ジムレ氏、そして時には、彼のレバノンの友人が、彼の回答に拍手しており、まるで政治集会のような雰囲気に包まれていた。

会見後、ゴーン氏は主にテレビメディアの単独インタビューを受けた。フランスはTF1、M6、France24、そしてCNNフランスの4媒体だ。France24は多言語放送をしており、ゴーン氏はアラビア語と英語を含めた3つの言語でインタビューを行ったという。

目新しいことは語られなかった

フランスメディアの反応はおおよそ肯定的だ。筆者が話した記者のほとんどが、ゴーン氏のショーマンとしてのパフォーマンスに感心していた。しかし、当初からこの事件を追っているジャーナリストたちは不満げだった。結局、何一つ目新しいことが語られなかったからだ。「レバノン政府に迷惑はかけられない」として、陰謀を企てた日本の政府関係者の名前を挙げることもなかった。

また、今回、日本のメディアの参加が限られていたことについて、「締め出したつもりはない」「中立的なメディアを選んだ」としたゴーン氏だが、2時間以上にわたって日本の司法制度を批判するのであれば、もっと日本のメディアの参加を許すべきだっただろう。この日、日本メディアから受けた質問はわずか2問だった。

一方、この日、世界で最もゴーンに関心を寄せなかったのはレバノン人かもしれない。深刻な経済危機に陥っているレバノンでは、「貧困だけでなく、国の一部では飢餓問題も出てきており、ゴーンを気にしている余裕がない」と、弁護士でエコノミストのカリム・ダハール氏は言う。

今回のショーが外国メディアに残したもの。それは、日本の刑事司法制度とゴーン、両方に対する不信感かもしれない。